第12話 取材……前。
零に追いついて、フードコートへ到着。しばらく周囲を見回していると弌と笑の二人の方が喩と零を見つけたらしく、二人揃って喩と零の方に手を振って来た。
「はぁ……、零、お願いだから上手くサポートしてよ」
「はいはい。それなりに上手くまとめておいてあげる」
念の為にと、知らず知らずの間に喩はそうお願いしていた。信頼も信用もしないはずの喩が零にそんなお願いをしていた。あくまで零は特例的存在で現在は特例的状況だから、という精神的な言い訳を喩は内心でしているが、しかしお願いをしたという事実は変わらない。
零にこの後の展開の誘導を頼んだ、零がどうにかしてくれると信じた。
「お待たせ。先にちょっとお昼ごはん買ってきていいかな?」
先に弌と笑の下へと向かい、そんな問いかけをする。買ってから取材を受けたい。つまり遠回しに、逃げも隠れもしないという宣言だ。
「どうぞどうぞ。何なら奢ろうか?」
「ううん、いいよ。喩が奢ってくれるから」
そう言って零は喩の腕に甘えるように絡みつき、えへへと笑う。分かりやすく、言い換えれば露骨に、零は喩に対して愛情表現を見せていた。当然のように弌と笑はへぇと喩の方へ視線を移し、喩はそれに合わせて顔ごと目線を逸らす。偽の恋人関係とはいえ、弌と笑が向ける生暖かい視線に喩は耐性がなく、どうにも照れてしまうのだ。
とりあえず店を見て周り、二人は大手チェーンのハンバーガーショップで、シンプルなハンバーガーとポテトとコーラのセットを揃って頼んだ。
「あそこまで、分かりやすくする必要あるの?」
不必要なまでに露骨にする必要があるのかと、喩は聞いて当然の問いをする。
「嘘を吐くときはわざとらしいくらいにオーバーに。詐欺の基本よ」
「詐欺って」
「どちらかと言うと詐称かな」
「そういうことじゃないでしょ」
「あ、それと」
言って零は喩の耳元で小さく囁く。急に耳元で囁かれたせいでこそばゆい感覚を首の後ろ辺りに感じ、小さく首を仰け反らせてしまう。同時に、囁かれた内容に戸惑う。一言二言更に会話をして――丁度、そのタイミングで頼んだ商品が揃った。それを持って弌と笑の下へと戻る。
「お待たせ」
「いえいえ。しかし、意外だなぁ、喩にこんなに綺麗な彼女さんがいたなんて」
「確かに。人と関わりたくないって言ってた癖に、ちゃっかりしてんだな」
「っ、あはは……、隠しててごめんね。ほら、同じ学校じゃなかったから、ちょっと言いにくかったんだ」
弌の前に零、笑の前に喩が座る中での雑談のような会話。実に和やかに自然に四人は会話を始めていた。少なくとも、表面上は。
「――ってことは本当に恋人同士ってことか。んー、何かの事情があって、そういう振りをしているのかと思ったんだけど、肯定されるとその可能性は消えるしなぁ」
「おっと、それは心外だなぁ、私と喩はれっきとした彼氏彼女なのに。ね、喩」
「え、あ、うん。そ、そうだよ。僕と零は、恋人同士だよ」
「……そっか、じゃあ、疑うようなことを言ってごめんなさい。正直、ちょっと私には信じられなかったの、何ていうか喩はそういうの興味がなさそうだったからさ」
「あはは……」
再び苦笑いをして、内心で溜息を吐く。よく動揺を表に出さなかった方だと、喩は自画自賛する。
ジャーナリストの勘、或いはもっと一般的な女の勘というものなのだろうか。弌は直感的に喩と零の偽の恋人関係を見抜いていた。そして、その為に喩に引っ掛けクイズのようなものを仕掛けた。喩があまり会話をせず、嘘を吐くことになれていないことを知っているが故の引っ掛けクイズを。
しかし、それを零が見抜いていた。だから零は喩に耳打ちをしたのだ。「多分、私と喩の関係を冷やかされるだろうから、誤魔化さずにちゃんと肯定して」と。喩はそれに対して「どうして?」と問い、零は「いいから」と言った。それが商品を受け取るまでの間に小声で行われたやり取りだった。
弌の本当に恋人同士か、という独り言に近い呟きを聞いて、喩は恋仲を冷やかした後の受け答えによって、喩と零の関係を見出そうとしていたことを理解し、慄いた。
つまり、喩が曖昧に誤魔化していたならば弌の推測通りとなる。もし零に言われなければ喩は普通に誤魔化して、恋人関係が嘘だとバレてしまっていた。バレてしまえその事情を話さなければならず、つまり喩が異能の力を持っていることが弌と笑に話すはめになっていたかもしれない。何気ない会話のせいで、それがバレてしまっていた可能性がある。喩にとってその事実は純粋な恐怖だった。
戦慄したのは、弌の勘の鋭さであり、それを想定している零の頭脳だった。今、喩が叫ぶとするならば、「女子って怖いッ!」という悲鳴である。
「それじゃあ、改めて。私は神戸弌といいます。こっちは涼基笑。私が取材担当で、笑は記事を書いたり録音したり、その他諸々の担当」
「まぁ、気張らずに楽に取材を受けてください。俺は黙ってますから」
あはは、といつも通りの敵意のないような笑みを見せる弌と笑だが、喩の知る弌と笑ではなかった。ただのクラスメイトの二人ではなく、相手から情報を一つでも得ようとする二人の、悪く言えば敵だった。
多量に分泌された唾液を飲み込み、それで自分が緊張していることに喩は気付いた。目の前の相手から真実を見抜かれてしまってはならない。情報戦であり、心理戦だった。
「喩、あんまり緊張するなよ」
「あはは、なんか。変に緊張するね、取材って」
しかも、どうやら相手の観察眼は結構鋭いらしい。
「それじゃ、私も自己紹介を。私は桃洞零、年齢はシークレットってことでお願い。誕生日は三月五日で、スリーサイズは上から」
「そこまでは言わなくていいんじゃないかな!?」
突っ込んだのは喩だけではなく、弌も笑もだった。
「まぁ、上は全然ないんだけどね」
「大丈夫、私もないし」
零の呟きに弌も同調する。しかし、同時にどちらの方が上かと、何故かお互いに胸部の睨み合いが始まった。
その間に笑が喩の方へと顔を近づけ、手の平で弌と零から口を隠して小声で質問。
「お前も貧乳派だったのか?」
笑が言い終わると同時に弌の掌底が笑の顔に、零の手刀が喩の頭部に直撃した。直撃した箇所を抑えながら笑と喩は蹲ってそれぞれ一言。
「くそっ、もうちょっと距離を取るべきだったか……」
「理不尽だ……」
笑は更にもう一撃食らっていた。
「お互い、頑張ろうね」
「そうだね」
「いいじゃねぇか、別に胸くらい……。俺はそっちの方が好、ストップストップ、トレイの角は止めてくれ。謝るから! 悪かった! 俺が悪い!」
「いつも笑のどこかしらに靴やら手の跡がある理由がやっと分かった。そして分かりたくなかった」
少女同士の仲が深まり、少年同士の仲に軽い溝が生まれたのはさておき、取材が再開する。
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