第9話 お披露目(下)
「それより、到着しました、六階ゲームセンター!」
「騒音発生空間……」
うげぇ、と露骨に嫌な顔をして喩は回れ右をする。そのまま右手と右足、左手と左足を一緒に出して三歩ゲームセンターから遠ざかった所で零に服の後ろ襟を掴まれ、ゲームセンターに引き摺り込まれる。
「何帰ろうとしてんの。ほらほらー、プリクラとかしようよ、彼氏彼女っぽいじゃん!」
「いーやーだーぁ! 何の利益もない無駄でくだらないことに金を費やして、その癖に何かよく分からない充実感に包まれてるクソ馬鹿と同じ人間にはなりたくないーっ! 」
「喩って実は捻くれた振りして単純に性格が悪いだけだよね。よし、決めた、今から二時間遊びまくるからね!」
「そんなのシュールストレミングを開封した五畳くらいの密室に二時間いるのと同じだ!」
「どれだけ嫌なのよ!? お金の浪費と世界一臭い缶詰の開いた密室にいるのとが同じな訳ないでしょ! つべこべ言わないでさっさと遊ぶ! ほら、まずはプリクラ、次はバスケのアレ!」
「絶対に嫌だぁっ!」
引き摺られながら、そして嫌々、喩は零と共に様々なゲームをしていく。プリクラ、フリースローゲーム、エアホッケーにその他諸々。途中からは二人でできるゲームもなくなり、同じゲームを隣同士でやってスコアを競ったり、クレーンゲームでどちらがより引き寄せることができるかを交代で争い合ったりと、いつの間にか喩も普通に楽しんでいた。
「ね、楽しいでしょ」
ゲームセンターに隣接した休憩室でぐったりとテーブルに額を着け疲れ果てている喩の頭を小突きながら、零はそんなことを尋ねる。
「……楽しいけど、財布がすっからかん」
「私もそうだよ」
お互いに長財布の端を摘んでぷらぷらと薄さを自慢し合って苦笑い。思わず笑う零に釣られて喩も笑っていた。沢山あったお金を使い果たして得たのはどっとした疲労と無意味な満足感。
なるほど、と喩は思う。これが非効率性で非合理性を楽しむということか、と。確かに楽しいし、ある意味ではその時だけのかけがえのないものなのかもしれない。言うなれば、かつて喩が涙と雑談をしていた時の、あの楽しさ――。
そこまで考えて、一気に激しい頭痛が喩を襲う。
「……っ」
がたっと体を跳ねさせ、両手で頭を抑える。体が震え、一気に青ざめる。恐怖が記憶を想起させ、更なる頭痛が起こる。
「喩、落ち着いて」
声と共に零は喩の頬を触り、そして【精神感応】を使う。零の冷静さ、ある意味の冷酷さが一気に流れ込み、頭痛が治まる。
一瞬の思考停止の後、喩は零に何をしたのかという無言の問いを投げかける。
「緊急処置。だから代償も大きいけど、今回は我慢してね」
零は小さく呟く。
頭痛によって過去を思い出し、頭痛が起こってまた過去を思い出すという、負のスパイラルに陥る直前に、過度に冷静さを送り込む。最近流行りの急速冷凍のようなもので、解凍しても新鮮さは保たれている。つまり次に頭痛が起こったとき、今回の痛みも同時に襲ってくることになる。
「思い出さなければ思い出さない程、襲ってくる痛みも軽くなるから、なるべく思い出さないようにしていたら、大丈夫だよ」
「……こんなこと、汀さんはしてくれなかったけどな」
汀は【精神感応】によって自分の精神的余裕を喩と共有するだけだった。あくまで喩自身に頭痛が幻覚だと気付かせることで痛みを治めていた。今回のような方法があるのならば、そうしてくれればいいのにと思う。
「汀の方が正しいよ。他人に自分の感情を流し込むなんて、本当はするべきじゃない。人に何かを押し付けることは疎まれることなのに、その何かが自分の感情で、それも言葉とかじゃなく直接送り込むのよ。本当はこんなの迷惑にきまっているじゃない」
「随分と自虐気味だね。それでも零は、僕の頭痛を治してくれたのに」
ここに来て初めて喩は零の悲しげな表情を見た。それまでは喩が徹底的に拒絶したとしても笑っていたというのに、ころころと様々な笑みを見せていたというのに、自分のことを語った途端に零は悲しげな表情を見せた。まるで自分の存在を悲観しているようなそんな表情を。
「汀さんは優しいから後で痛みが一緒にやってくるなんてことは絶対にしないだろうけど、零は迷いなく決断してやってくれた。今この瞬間で言えば、零の方が正しいと思うけどな」
「……あはは、まさか喩に励まされるとは思わなかったな」
一瞬、面食らったような顔をして、それからすぐに照れ笑いと苦笑いの間のような表情を見せる。しかし、すぐにいつものどこか余裕のある表情に戻って、仕返しとばかりに喩の突かれて欲しくない所を突く。
「人を信じない癖に、人はちゃんと見てるんだね」
「嫌味にしては、ちょっと強すぎるんじゃないかな。……僕は人を信じない。だけど、だからといって全員が同じだとも思ってないだけ。色んな人間がいて、色んな考えがある。それくらいは分かっているけど、それでも異能の力の呪いのせいで僕は最終的に裏切られる。それだけだよ」
「まぁ、確かに異能の力っていう呪いは強力だけど、そこまで悲観しているのは喩だけじゃないかな」
「そんなことないでしょ。みんな、信じようとしているだけ。裏切られてもいいからって、信じようとしているだけ。……僕はそれをしてないだけ」
最初に裏切られたのが、その時、最も信用していた相手だった。それだけで喩は、誰かを信じることが無意味だと思い知ったのだ。そして信じることを諦めた。
「どうせ裏切られるのなら、最初から誰とも関わらない方がいい。それは別に間違ってないでしょ」
「まぁ、間違ってはないね。正しくもないけど」
零の事実しか言わないという点を、喩は好意的に見ていた。汀ですらそれなりに喩に気を遣って、言葉を選んでいた。何かを言おうとして、迷っているのも見て取れた。零にはそれが全くなく、遠慮してこないからこそこちらも遠慮なく話すことができる。
零が思っていることを零はハッキリと告げてくれる。だから喩はついつい自分の本音に近い部分の声を零に漏らしていた。
「……正しくなくていいよ。間違ってないだけ、マシ――」
マシだ、と言おうとして零の後ろ、休憩室からかなり離れた所に見覚えのある二人組がいるのを見つけてしまった。まずい、と反射的に喩は二人から隠れるようにテーブルに伏せる。
「ん? どうしたの、ってあぁ、なるほど、弌さんに笑さんか」
「……汀さんといい、弌や笑といい、どうして零は僕の交友関係を知っているの?」
「だから、私は喩の全部を知っているって言ったでしょ。圭のことも知っているよ。あの人は面白い人だね」
「……面白いのかな。頭のおかしい人、って言うなら分かるけど」
どうやって知ったのか零は答えるつもりはないのだと判断し、それを知ることを諦める。というか、そんなことよりも今はこの状況をどうやって打破するかの方が大事だった。
若干の冷や汗を垂らしながら必死に考えている喩とは違い、零はふふんと楽しげに鼻歌を歌っていた。零は常に何かを楽しんでいる。この時この時、一瞬一瞬を楽しむかのように。
「ねぇ、零。どうやって逃げるか、何か方法を考えてよ」
「んー、そうだな。じゃあ、こんなのはどうかな」
そんなことを言って零は立ち上がり、休憩室を出る。そして大きく息を吸い込んで、叫ぶ。
「喩、あの二人から逃げるよ!」
「んな大きな声出したらバレるに決まってるでしょ! 何考えてるの!?」
休憩室の外、つまりはゲームセンター中に響き渡ったその声は、そこにいた全員を振り向かせるには十分な声で、つまり弌と笑も声の元に振り向いていた。
喩は咄嗟に零の手を掴んで走る。とりあえず、ゲームセンターから出なければならない。喩の抱える課題が、どうやって弌と笑に見つからずに逃げ出すか、から、弌と笑をどうやって撒くかに変更。難易度が急上昇した。
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