第8話 お披露目(上)

 つまりは彼氏彼女の関係になったのだから早速デートに出掛けようと、そんな提案を零はしたのだ。気恥ずかしさから更に全力の抵抗をする喩を、零は数キロの重りを扱うような手軽さで引きずって外に連れ出していく。

 またまた零の提案は理に適っているものというか実に合理的なものだった。

 要するに喩と零が彼氏彼女の関係であると周知の事実にする必要があった。幾ら喩と零の二人が彼氏彼女の関係だと言い張ったとしても、その情報に信用性がなければ無意味だ。無意味であれば一つ目の対価も効果を発揮しなくなる。「あの二人、恋人だって言うけど何か怪しいよな。何か特別な事情みたいなのがあるんじゃねぇの」、などという噂が起こる可能性だってあり得る。

 つまるところ、今の喩がすべきことは、さも当然のように零とイチャイチャすることであると、喩は零に丸め込まれてしまった。

「という訳でやって来ました、ショッピングモール、イェイ!」

「なんでそんなにテンション高いの……」

 正午。訪れたのは喩の家と学校の間にある六階建てのショッピングモール。学校から商店街を抜けて大通りを抜けた所を左に曲がってしばらく歩いた辺りに建っており、フードコートに大型スーパー、多くのブランド服店、本屋、雑貨、スポーツショップにゲームセンターなど、多くの施設が完備されている。高校生がデートをするには十分過ぎる場所であり、逆に言えば喩と同じ第二高校の生徒と遭遇しやすい場所であるということだ。

 零を警戒することは地球滅亡説に毎日怯えるようなものだと、連れ出されてショッピングモールに着くまでに十分に理解した。天災のようなもので、起こるかもしれないがそれを心配するというのは精神衛生上全くもってよろしくない。起こってしまえば仕方がなく、一応の備えはしておくべきだが、それ以上のことをする必要はない。

 ならばと喩は今のこの状況を、自分なりに楽しむことにした。妥協的になし崩し的に、それなりに零との恋人関係を。

「さて。喩、これからの予定の再確認をしよっか」

「……同じ学校の人に沢山目撃された後で零がそれとなく情報を流して、実は付き合ってました感を演出する、だったっけ?」

「まぁ、正解かな」

 再び零が得意とする方法でm喩が嫌なやり方だと評価した方法で、一つ目の対価を喩に支払わせる。

 要するにイチャイチャしている所を見せ付け、数人にそれを目撃され、そういう噂が広まった所で零が異能の力を使って正しい情報を流す。

 そうすれば、やっぱりな、ということになって怪しまれることなく喩と零が付き合っているという認識が多くの人間に広まることになる。

「という訳で、そんなことを念頭に置いて、人が沢山いる所をメインに攻めていこうか」

 まずはお昼前のおやつにスイーツでも食べようということで、二人は一階で屋台のような形で出店しているクレープ店の行列に並んだ。

「ねぇ、これって僕か零が並んで二人分買ったほうがよくない? 効率的、合理的に考えて」

 並び始めて十分程で喩はそんなことを呟く。正直、喩は並ぶのが面倒臭くなっていた。

「デートに効率性も合理性も考えちゃダメだよ。むしろ、非効率性、非合理性を楽しまないと」

「非効率性、非合理性を楽しむ、か。よく分かんないな。例を示してよ」

「例えばカップルで服屋に行くでしょ。そうしたら彼女が、こんな質問をします。ねぇ、これとこれどっちがいいと思う? さて、喩はどう答える?」

 零は右手と左手を離れて順番に提示するというありきたりなジェスチャーをして、喩に考えさせる。喩は少し思考してから答える。

「そりゃ、似合っている方か、着てもらいたい方かな」

「はい残念。大抵の場合、彼女側は既にどちらにするか決めているんだよね」

「え、じゃあ、なんで聞いたの?」

 決まっているなら尋ねる必要もなくその問いに答える必要もない。まさしく非効率的で非合理的。それでも考えてみれば、そういうやり取りはイメージしやすい。つまりそれがありふれた会話だということだ。

「相性チェック。自分の思っている方を彼氏が選んだら、あー、私達ってやっぱり気が合うなって思うでしょ。そういうプラスポイントを集めて、もっと相手を好きになろうとしてるの。まぁ、私の個人的な思いだけど」

「……じゃあ、逆を選び続けるとマイナスポイントが溜まって別れるの?」

「ううん。そのときは、まぁいいか、みたいな感じだよ。つまり、プラスポイントは溜まるけどマイナスポイントは溜まらない。まぁ、別れるときになるとそういう点も気になるけどね。恋は盲目、好きなときは基本的に何でもマイナスにはならないけど、嫌い始めたらどんな所もマイナスになる。喩も、同じでしょ?」

「……ノーコメント」

 図星だった。恋愛感情を抱いていた天命涙にこっぴどく裏切られ、喩は涙を今心底憎んでいる。さながら住んでいた村を魔王に滅ぼされた勇者のように。

「大丈夫、大丈夫。そんなの誰にでもあることよ。人間なんて好きか嫌いかのどちらかしかないんだから。っと、私達の番だね。どれ、食べる? 私はコレ」

「はいはい。じゃあ、僕も同じで」

 二人が選んだのは、普通の生地にクリームとイチゴとバナナを乗せて、チョコソースを掛けまくったベーシックなもの。生地は歯と顎の重さで千切れ、イチゴやバナナの食感もよく、チョコソースの甘さが口の中で広がる。全てが丁度よい主張をし合っていて、特別な美味さはなくとも普通に味わえる美味しさだった。

「ん、美味しい」

「まぁ、不味かったら潰れてるでしょ」

「さっきから思ってたけど、喩って余計なこと言うよね。余計なことしか言わないっていうか」

 空気を読まずに自分の言いたいことを言う。間違ってはいないが正しいとも言いがたい。そんな曖昧な所を突く一言を喩は発している。

「独りだった人間はずっと独りで考え事をするから、偏った思考になるんだってさ。誰かと意見のすり合わせをすることがないから」

「つまり喩は捻くれ者だと」

「その自覚はあるよ。零だって自分が普通だとは思っていないでしょ」

 身も蓋もない要約をされた喩は少し呆れながら、それでもと零に言い返す。異能の力を持っている、それも零の場合で言えば【全能】などという異質中の異質な力。今時に言えば神がかった力を持っている、そんな自分を普通だとは言えないだろうと指摘した。

「まぁね。だけど特別だとも思っていないよ。異能の力を持っているか持っていないか、その違いだけだよ」

 普通ではなく、特別でもなく、ただ違うだけ。それだけなのだ。

「そんな台詞どこかで聞いたことあるような……、どこで聞いたっけ」

「さぁ? 意外と自分で言ったのかもよ?」

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