第7話 デート?

 結論から言えば一つ目の対価は実に理に適っているものだった。

 恋人関係であれば、いついかなる時に二人でいたとしても怪しまれることはない。それにどんなときに二人でいても大丈夫ということはそのまま、いつどんなときであっても零が対価を支払えと言えるということだ。また、いついかなる時も側にいるということは、零が喩を、喩が零を、監視し合える関係であるということでもある。

 つまり、喩がどんなことも叶えてしまう【全能】の力に願う資格のある人間かどうかを、そして零が対価を支払うに相応しい相手であるかどうかを、互いに見定め合う関係になるということだった。

 契約者同士の疑心暗鬼。相手を互いに疑い合い、評価を改め続ける関係を築く。それが一つ目の対価の概要だった。

 零が作った朝食を食べながら零にその旨の説明をされて、ようやくそれなりの納得をすることができた。納得はできたが、まだまだ疑問は尽きない。

とりあえず喩は今のところの最大の疑問を一つ。

「……なんで、き、キスしたの?」

 ほんのりと顔がまた赤くなっていることを喩は自覚する。人間関係に恵まれず人間不信に陥っている喩が、そういうことに耐性を持っている訳がない。もしこれからこのようなスキンシップが続くなら相当苦労しそうだなと、喩は少し憂鬱になる。どうやら、価値観や貞操観念が違うらしい。

「既成事実を作りたかっただけだよ。キスしちゃえば、喩がよっぽどの人間のクズでない限り、強く恋人ではないなんて否定できないかな、って思って」

「嫌なやり方だね……」

 後戻りのできない状態を作り上げて相手に自らの望むように仕向ける。つまりただのお願いのように見せかけて命令しているのだ。部屋を改造したのもそういう意図があったらしい。

「まぁ、ファーストキスを奪ったのは申し訳ないと思ってるけどね」

「知ってるなら振りとかでよったんじゃないかな!」

「だって、キスの振りとかなら、喩は何だかんだって言って誤魔化すでしょ。今でも喩は私を強く警戒しているし。だから口だけで言っても信じてくれないかなって思ってね」

「……っ、やりにくいなぁ……」

 零が【全能】を駆使して部屋を改造した際に設置されたらしい、カウンター付きの台所で自分と零の分の食器を洗いながらの会話。内容さえ無視すれば、仲良さげな同棲カップルのようである。

 洗い終えた食器を拭きながら喩は、ぼそっと溜息を吐く。人と関わろうとしなかったからか、それとも、もともと喩がそうだったのかは分からないが、いとも簡単に話や物事の主導権を零に握られてしまう。

 喩と零の間にあるのは、喩が自らの持つ【転移】を消し去る為に零へ残り二つの対価を支払うという関係と、その為に築いた偽の恋人関係だけである。本質的に二人の間には信頼も信用なく、だから零から裏切られるという可能性も喩は自然と頭に入れていた。

 裏切られるかもしれないが自らの利益の為に仕方がなくその関係を築いている。そんな状態で零に主導権を握られてしまうことを、喩はどうしようもなく不安に思っていた。

 主導権を握られるということは、この先が想定できないということであり、即ち裏切りの為の細工に喩が気付きにくいということだからだ。

「繰り返すけど私は、喩が【全能】を使う価値のある人間かを見極める為だけに喩と恋人関係を築いた訳。逆に言えば喩は常に私を監視できる立場にいる訳でしょ。好きなだけ私を監視しなさい」

「……はぁ、そういう態度でいれば信頼を得るみたいなことを思ってるなら、大間違いだからね。僕は僕の【転移】が消えて君が僕の前から去るまでの間、ずっと君を疑っているからね」

食器乾燥器に食器類を入れてから、テーブルを間に挟んで零と向き合うよう喩は座る。

「零」

「は?」

「彼女に君って言うの、おかしくない? だから零って呼んで」

 しばらく考えて、喩は言葉を紡ぐ。

「僕はずっと零を疑うからね」

「うん、合格。それとそんなに心配しなくても、私は喩を裏切らないよ。言っても信じないだろうけど」

「信じないよ。僕はもう誰も信じない」

「信じないのか信じたくないのか。まぁ、さておき、それじゃあ、出掛けようか」

 立ち上がって零は動き、つい先程座ったばかりの喩の手を取って玄関へと向かう。

「出掛けるって、どこに行くの?」

家を出ようとする零に引っ張られる喩は、必死に抵抗をしながらそんなことを尋ねると零は一言。ふふん、と自慢気に、楽しそうに笑って告げる。

「例えどんな場所に言っても、私達が彼氏彼女な限り、それはデートでしょうが」

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