第2話 ストーカー?

 学校を出て商店街を抜けた辺りで、喩は違和感に気付いた。

「…………」

 ちらっと、後ろを確認するとあからさまに不自然な位置で、その少女は立っていた。学校の校門前でちらっと見かけた少女。それが、ずっと喩の後ろにいるのだ。

 少女は自分の後を付けている。自意識過剰かと思い、念の為にと商店街をもう一度抜けてみるが、少女はまだ後ろにいた。

「……確定」

 確信する。少女は喩の後を追っている。目的は不明だが、とりあえずそれだけは確かだ。

 どうしようかと考えて別の道を曲がり、同時に全力ダッシュ。後ろを見ることもせず、大きくUターンをして家とは反対の方向へ向かう。

 仮にストーカーだとして、家がバレてしまうのは少し面倒臭い。だから真逆の方向へダッシュで向かう。撒いた後に少女の存在を警戒しながら家に帰ればいいだろうと、喩はそう考えたのだ。

「……ッ」

 しばらく走って、カーブミラーなり何なりで逐一後ろを確認。少女は一定の間隔を保って、まだ喩を追っていた。

「しつこい、なぁ……ッ!」

 頭の中に街の正確な地図を思い浮かべて、ほぼ確実に少女が自分を見失うであろうルートを組み立てて走り続ける。

「あれ?」

 走り続ける中で一人の見覚えのある、別の少女に気付く。名前は宮良皐。場所は少し大きな公園の中で、仲良さ気に三人の小学校高学年くらいの子供達と遊んでいた。べったりと甘えている子供達に対して皐は笑みを浮かべ、優しそうな雰囲気を漂わせている。

 宮良皐はクラスメイトで、喩と同じように人と関わりを持たないタイプの人間だ。正確に言うならば皐は授業中であろうが何であろうが学校生活のほとんどを眠ることに費やしており、成績も留年ギリギリをかろうじて保っているといった辺りらしい。

 素行不良な少女なのだろうと勝手に思っていたがどうやら違うらしい。皐には皐の事情というものがあるのだろう。喩はそう思考を切り捨てて、逃げることに専念した。

 五分程逃げ続けても少女は一定の間隔を保って追いかけてくる。どうやら追い付くこともできるようだが、それをあえてしていないらしい。黒髪の少女にはまだまだ体力の余裕があるらしく、表情は一切崩れていない。

 喩は逃げ切ることを諦めて、街で一番大きい総合病院へと向かった。

 迷わずエスカレーターを駆け上り、精神科へ向かう。この精神科は基本的に人がおらず、暇であり、逃げ込むには最適なのだ。

「汀さん、ごめん。ちょっと助けて!」

「どうしたの、そんなに慌てて」

「誰かに、追われてるみたい、なんだ」

 肩で呼吸をしながら喩はこの総合病院唯一の精神科医である縄神汀に事情を説明する。苗字の通り、汀と喩は親戚関係であり叔母と甥の関係で、喩がもっとも心を開いている人間でもある。ただし、心を開いていると言っても他と比べてというだけで、こんな緊急時でなければ通院の時くらいしか汀の元を喩は訪れない。

 汀は、喩とは違い色素の薄い黒髪の妙齢の女性だ。必ず実年齢よりも若く見られる程度に肌などは綺麗で、柔和な笑みを基本的に絶やすことはない。

「ふぅん、事情は分かった。だけど、何もせずにここに居られても困るし、だからついでに治療も受けていきなさい。私も『組織』の人間だから助けることくらいはするけど、こっちにも一応医者としての建前があるしね」

「分かり、ました」

 とりあえず呼吸が落ち着くまでは病室のベッドに座って休憩をする。汀は下の階でペットボトルの飲料水を二つ買って戻り、一つを喩に渡して隣に座った。

 喩の飲むタイミングに合わせて汀は同じように自分の飲み物を飲む。汀は笑みを絶やさずに最近の失敗談混じりの雑談に興じ、時折軽いボディタッチを行った。

 ミラーリングにザイオンス効果、自己開示。それら全ては心理学において親近感を抱かせる為のもので、常日頃からそんなことを繰り返されている喩は、汀と雑談に興じているだけで知らず知らずの内に落ち着いていた。

「落ち着いたかな?」

「はい、ありがとうございます」

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