第1話 夢

 少年は目を覚ました。

 七月二十日。一学期終業式の放課後。自分のクラスのホームルーム教室は既に閑散としており、数える程しか人はいなかった。

 どうやら、少年こと縄神喩は夢を見ていたらしい。ダブルミーニングで夢を見ていたらしい。レム睡眠によって見る夢であり、叶わない願望としての儚い夢を見ていた。

 もう既に、夢のほとんどの内容を忘れてしまっているが、それでも一つ確かなことがある。

 喩は誰かに助け出されていない。喩は監禁されていた暗い物置から逃げ出し、運よく異能の力を持つ人間が集まる『組織』に保護されたのだ。

「まぁ、最終的には同じなんだろうけど」

 あの夢でも、結局『組織』に保護されるのだ。だから結果的には夢のように誰かに救われても、現実のように信じていた少女に裏切られ、部屋から逃げ出したとしても、喩はどのみち、この第二高校の生徒として生活しているのだ。あえて言うならば、人間不信を克服したか、人間不信のままなのかの違い。夢の結果と現実の結果、そこにはその程度の違いしかない。

 黒髪と白髮が入り混じった少し不自然な髪色の髪を掻いて、喩は心に少し溜まったもどかしさを解消する。

「あ、喩、おはよう」

「よっ、今日も睡眠学習お疲れさん。よく、寝ながら授業を聞けるよな。頭の出来の違いってところか」

「……おはよう、弌、笑。……僕の頭はよくないよ、ただ記憶力とかが、少しマシなだけ」

 窓際最後列のベストポジションで眠っていた喩に話しかける少女と少年、神戸弌と涼基笑。クラスメイトの内、喩に話しかけるのは基本的に二人だけである。

 神戸弌と涼基笑は校内でも有名なカップルである。

 弌は赤みのある短髪の活発な少女で、笑は明るめの茶髪に弌の髪と同じ色の赤眼鏡が特徴的な少年だ。笑の頬には、何故か赤い手の平の形をした跡が残っている。どういう訳か、いつも大体、笑の体のどこかには靴跡なり何なりが残っている。

「あー、ちょっと待って待って。喩、お願いがあるんだけどさ」

 ちょっとした雑談に応じてから帰ろうとしている喩の肩を軽く叩いて引き止め弌はそんなことを言う。お願いとは即ち、弌と笑が所属している広報部活動の、協力の依頼だ。

「最近さ、この辺りで怪しい宗教の噂ってよく聞くでしょ?」

「ごめん、全然聞かない」

「あー、そっか、喩は友達が少ないもんね」

 弌の言う通り、喩には友達がほとんどいない。学校内で喩が話すのは弌と笑くらい。あとは、しいて言えば『組織』の人間でもある担任教師の南戸圭がいるくらいだ。

「ともかく、今回はそれを取材したいなと思っててね、その宗教について知っていることがあったり、知っている人がいたりしたら教えて欲しいの」

「あんまり協力はできないかな。でも、心当たりがあったら、連絡するよ」

「うん、いつもありがとね。それじゃあ、バイバイ」

「じゃあな、喩」


 喩が教室から出て行くのを弌と笑は見送る。見送って、二人は小さく溜息を吐いた。

「んー、喩はいい人なのに、どうしてあんなにも人と関わらないんだろう? 距離を置いているというか何と言うか」

「人と関わりたくないって前に言っていたけど、勿体ないよな」

 弌と笑は純粋に喩を心配していた。喩の友達の少なさ、喩の人との関わりを避ける傾向、喩の暗さを純粋に心配していた。

 喩が何かを抱えている。それを弌と笑は知っていた。しかし、その何かが、何なのかを知らない。だから解決することができない。

「話してくれたら、いいんだけどね」

「そうだな」

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