殺し屋の本分 1/3
9月も終わりだっていうのに、真夏みたいにクソ暑い日の夕方の事だ。
「はあ? 殺し屋になりたいだぁ?」
私がカウンターの内側に座って店番をしていると、どこからかウチの店を嗅ぎつけたらしい、そんなアホな事を言うバカが突入してきた。
立ち振る舞いから明らかに一般人で、服装もサバゲー用のちゃちな迷彩服の上下を着ている。
「何よ! そのバカを見る様な目は!」
「そりゃお前がバカな事言ってるからだよ」
「何ですって!?」
キンキン声で叫んでカウンターを叩くな。うるせえ。
「どこがバカなのよ!」
「まず、殺し屋になりたい、っていう所からバカ丸出しなんだよ。大体、殺し屋がどういう存在なのか分かってんのかお前は」
キーキーうるさいので、私は手のひらで耳を塞いでそう言う。
「そんなの分かってるわよ!」
心外、といった様子で腕を組んだバカは、じゃあ何だか言ってみろよ、と訊くと、法で裁けない悪をスタイリッシュに成敗するとかなんとか、いかにもバカな事をつらつらと語る。
「大間違いだよバカ野郎」
この手の
「でも、漫画とかでよくそう描かれてるじゃないの」
私が深々とため息を吐くと、バカはあからさまに不機嫌度が増した。
「そうホイホイ殺し屋がいて
「失礼ね。超人が居ない事ぐらい分かってるわよ! あとバカバカ言わないで!」
「そういう話をしてんじゃねえよ……」
話聞いてねえのか、手前は。
「いいか? 私らは、別に好き好んでこんなクソ汚え仕事やってんじゃねえ。それに、お前みたいなぬくぬく育ったヤツじゃ、すぐに頭おかしくなるのが関の山だ」
だから、とっととお家帰ってポリ公になる勉強でもしな、と言って、野良猫を追い払う様に手を振ったが、
「そうならない人だって、居ないとは言い切れないでしょ?」
あなたが知らない所に居るかもしれないじゃない、とまるで意に介さず、カウンターの椅子に座ったまま動かない。
あー、もうやだコイツ……。
「確かに中にはいたが――」
「ほら!」
それ見たことか、という顔で身を乗り出すバカに、私は最後まで聞け、と言ってから、
「大体、何年かでほぼ全員死んだぞ」
私はそう言うと、私の現ご主人の
それには、ダークヒーロー気取りで殺し屋になった、バカなヤツの活動期間と、その死因が死体の写真と共に50人分ぐらい載っている。
「う……っ」
3枚ぐらい見たところで、バカは青い顔でその紙の束を置いた。
「そうなりたくねえだろ? 寝ぼけたこと言ってねえで、さっさと帰るんだな」
流石にそこで諦めるか、と思ったが、
「じゃあ、こうならないように訓練する所とか教えてよ。情報屋なんでしょ?」
「そう来るか……」
どうやらバカは筋金入りの様で、ここまでしてもまだ食い下がってきた。
「あったとしても、先立つものが無きゃ教えられねえな」
「そう言うと思ってお金なら用意したわ」
「金っつっても、嬢ちゃんの小遣い程度じゃ無理だぞ」
「見た目で判断しないで貰える?」
ほら、とドヤ顔で言うバカは、肩から提げてるバッグから、いくつか札束を出してきた。
「親の貯金でもパクったか?」
「自分で
そんな才能があるなら、そっちでやって行けよ……。
「それじゃ足りねえし、もしあっても無理だぞ。ウチは完全予約制だ」
「じゃあ予約させてよ!」
「残念だったな。法人相手にしかやってねえんだ」
「何でよ!」
「知らん」
「ちょっとぐらい融通利かせなさいよ!」
「私にはその権限がねーよ」
いい加減うんざりしてきたので、そう雑に受け答えしていると、店の固定電話から着信音がなった。
「ちょっと静かにしろ、ぶっ殺すぞ。はい、こちら天谷商事――」
「やあ、その声は帆花ちゃんだね」
「ってあんたか」
ギャーギャー言うバカを威圧して黙らせ、偽の会社名を名乗ったが、第一声で知り合いの『運び屋』だと分かったので普通に
そいつは
電話の内容はもうすぐ来るが、外出中じゃねえかの確認だった。ちなみに、荷物は私の9ミリ達の弾1000発パックだ。
「いつもあんがとな。じゃ」
「じゃあ責任者に話通してよ!」
私が受話器を下ろすと同時に、黙っていたバカが
「うるせえ」
「それって職務怠慢じゃないの!?」
「うるせえ」
「ぞんざいに扱うのやめて!」
「うるせえ」
「ちゃんと話聞きなさいよ!」
「うるせえ」
もう受け答えも面倒になったので、私は銃のカタログを眺めながら、うるせえ、とだけ返すことにした。
「私、一通りの武術は心得てるし、ちょっと鍛えれば通用するわよ」
まだ言うか。
もう我慢の限界が来たので、私はもう無視することにした。
それでもギャーギャーうるさいので、もう実力行使に出ようかと思ったところで、
「やあ、今日も
店の入り口が開いて、黒のライダーパンツとジャケット姿の蜂須賀が、陽気にそんなことを言いながら入ってきた。
普通にしてれば、髪を1つ結びにしたセクシー美女なんだが、言動がエロオヤジなので人となりを知った上で言い寄るヤツは少ない。
「賑やか通り越して騒音だっつの」
「まあまあ、女の子はそういうもんさね」
私がムスッとしてそう言うと、蜂須賀は愉快そうにそう言って、はい、注文のやつ、と肩に担いでいた、『ハリー運送』と書いてある箱を入り口の横に置いた。
「ところで、これから暇なんだけど、帆花ちゃん私とどっかメシ行かないかい?」
私が受け取り票にサインしていると、蜂須賀は、ついでにしけ込む事も含めて誘ってきた。
「残念だが、もうピザ頼んじまったんだ」
「そうかい。でも私は別に君んちでも構わないよ」
「
「なーんだ、先約があるのか。久しぶりに君と寝たかったのに」
「無くてもお前だけは誘わねえよ。あとしれっとケツ触んな」
「あてっ。相変わらず良い張りだったよ」
「黙れ。テメエのケツの穴増やしてやろうか?」
いっぺんコイツの口車に乗せられて、色々とエラい目に合わせられてから、コイツとは二度と寝ねえと決めてる。
「ちょっと! まず私の話を聞いてから話しなさいよ!」
性的にスキンシップをとってくる蜂須賀をあしらいながら、そんな無駄話をしているとバカが割り込んできた。
「私はお邪魔だったかい?」
「んや。それはコイツの方だ」
暇なら話聞いてやってくれ、と言って、私は蜂須賀にバカを丸投げした。
「やあお嬢さん。私で良ければ話を聞くよ」
「彼女を説得して貰える?」
「内容によるなあ」
バカはバカでもそれなりに顔がいいので、蜂須賀はウキウキでバカの質問にそう答える。
それから蜂須賀は、カウンターの椅子に座って、大した内容も無いバカの話をニコニコして聞いていた。
「君の思いは分かったけど、それはやめといた方が良い。殺し屋はどこまで行ってもただの人殺しだからね」
蜂須賀は5年ぐらい前、バカと同じ考えで殺し屋をやっていて、とある組織に報復として身近なヤツを全員惨殺された。
その報復には成功したが、報復合戦に嫌気が差した蜂須賀は殺し屋を止め、本人曰く、しがない『運び屋』に転職したそうだ。
それを伝えられて、バカは今度の今度こそ流石に諦める――、
「もう良いわ! よそを当たるから!」
ということは無く、言って勢いよく立ち上がると、床をドカドカと踏みならして店を出て行った。
「ありゃりゃ。どうにもならなかったか……」
「気にすんな。仮にアレが死んでもあんたのせいじゃねえ」
私の言葉に、サンキュ、と返すと、蜂須賀は残念そうに
「やー、大変だったねー」
「おうわっ! 脅かすなよ毎回毎回!」
それと同時に、突然天井の点検口がバカッと開いて、緒方姉が逆さまにぶら下がって出てきた。
緒方姉は、私の同僚の怪力殺し屋姉妹のいつもセーラー服を着ている小さい方で、得物の太刀をぶん回して相手を竹みたいにぶった切るバケモノだ。
「いやー、つい出来心で」
「出来心で、じゃねえよ! 心臓に悪いんだよ!」
片手で得物の太刀を持ちながら、緒方姉はもう片方の腕だけでひょいと降りてきた。
「ところで宗ちゃんは?」
「宗司なら先生と家族旅行中だ」
「ありゃ」
カウンターの椅子にどかっと座った緒方姉の前に、カウンター下の冷蔵庫から出した、変な味のする缶ジュースを置く。
緒方姉はそれをグビグビ飲んで、デカいゲップをかました。
「あー、そういえば、ここに来る途中に、指名手配犯っぽいの何人か見かけたんだけども」
「整形にでも来たか?」
「まー、そんなとこでしょ」
凄くどうでも良さそうに緒方姉はそう言うと、変なジュースの残りを一気飲みする。
「ところでそのジュース、宗司からもうすぐ販売止めるって聞いたんだが」
「オッファッ!? うそーん……」
「まあそう落ち込むな。アイツが特注で作らせるって言ってたからよ」
「やた~。さっすが宗ちゃ~ん」
そんな感じでグダグダ話してると、私の携帯に宗司から電話がかかってきた。
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