暗黒の楼閣にて 3/3

 しばらく散々撃って、弾が切れると同時に、私の笑い声は収まった。


「このクソガキ! 待ってろつったろ!」


 呆然としているガキの方を振り返って、私は拳骨を喰らわせて強めにそう言った。


「ごっ、ごめんなさ――」


 ビクッとして私を見上げたガキは、瞬時に顔を真っ赤にして顔を逸らした。


「おいコラ、人の話は目を見て――」

「あの、お姉さん! その……、前が……、あの……」


 胸ぐらをつかむと、ガキはそう言って私の胸辺りを指さす。


「あ? 前?」


 ガキを放した私は、自分の格好を確かめると、


「……あっ」


 いろんな物でビショ濡れの下着が、ファスナーの隙間から丸出しになっていた。


「すまん……」

「い、いえ……」


 ガキが見るには少々刺激的なそれを、私はファスナーを上げて隠した。


「……何で、私なんかを助けに来たんだよ?」


 気まずい空気に勢いをそがれた私は、若干トーンダウンしてそう訊く。


「お姉さんがひどい目に遭ってると思ったら、居ても経ってもいられなくて……」


 自分が狙われてるってのに、こいつは他人の心配をしていたらしい。


 ……本当に、生意気なガキだ……。


「そんなんしなくても、私みたいなのは平気だっつの」


 私は深いため息を吐いて、頭の後ろをボリボリと何度か掻く。


「まあ、でも……。……助かった」


 ガキの無鉄砲のおかげで、ヤられずに済んだのは事実だったので、私は素直に礼を言った。


 連中に取られた銃と諸々の装備類を回収し、貸した銃も返させた。

 すると、耳に差したハンズフリーのイヤホンから、宗司用の着信音が聞こえてきた。


『陽動と外の連中は全員片づけたから、もう出ても良いぞ。お疲れさん』


 私が電話に出ると、宗司はそれだけ言ってすぐに通話を切った。


「良かったなガキ。もう帰れるぞ」

「ほっ、本当ですか?」

「嘘言ってどうすんだよ」


 ほら、さっさと出るぞ、と言って、私はガキの手を引いて、非常階段の方へと向かった。


 作業服姿の『掃除屋』のヒラ達とすれ違いながら、ブルーシートで囲われた階段を下まで降りた私は、ガキを親っぽいのに預け、さっさと立ち去ろうとしたが、


「よう、ボス自ら迎えに来て――」

「オエエエエッ……」

「ギャアアアア!? これ昨日買ったばっかだぞおおおお!」


 ドラッグが効いてきて、めちゃくちゃ気持ちが悪くなり、恩着せがましく来ていた宗司に、胃の中身をぶっかけてしまった。


「うぅ……、気持ち悪りい……」

「もうちょっとの辛抱よ、帆花ちゃん」


 んでもって、一応、現場まで来ていた彩音あやね先生の乗った病院車で、私は先生の身内の病院に搬送される事になった。


 その最中、


 にしてもあのガキ……。何者だ……?


 親に再会しても、特に感動とかしてなかったガキに、私は妙な引っかかりを覚えていた。


 まあ、気持ち悪くて、そのときはそこで終わったが。


 急性中毒を治療してもらった後、精密検査を受けた私は、全身打撲の診断を受けて5日間ほど入院するハメになった。



                    *



 それから3日が経って、ガキへの引っかかりをすっかり忘れかけていた頃。


 数少ない友達である、同い年の女ガンスミス・佐埜文さのふみが、私がいる個室へ見舞いに来ていた。


「もう本当に、お祓いにでも行ったらどうだい?」

「この際、気休めでもいいか……」


 私が彼女と、とりとめの無い雑談をしていると、


「おや、誰か来たようだよ帆花君」


 病室の引き戸がノックされ、磨りガラスに小さな人影が見えた。


 ちょうど背の高さが140㎝位だったので、鈴かと思って、入っていいぞ、と言うと、引き戸がゆっくりと開いた。


 だがそこに居たのは、サラッサラの長い黒髪の彼女じゃなく、あの妙なガキだった。


「こんにちは。芙蓉さん」


 そいつは、なんか全然子供っぽさを感じない、大人びた様子で私に挨拶する。


「お前、何しに来たんだよ?」

「あなたにちょっと、お話したい事がありまして」


 お時間よろしいですか? と訊いてきたガキに、私は別に暇だったので、おう、と答えて座る向きを変えた。


 その「話」というのは、


「は? その年で裏社会こっちがわの人間だったのか、お前」


 私が気になっていた、妙な引っかかりの真相だった。


「騙してしまって、どうもすいませんでした」


 ベッドに座る私と向かい合うよう、丸いすに座っているガキは、そう言って頭を下げた。


 ガキが言うには、自分はどっかの組織に子飼いにされてるコソ泥だそうだ。


 あのデパートには、公になったらヤバイデータがあって、ガキはセキュリティーが甘い営業中を狙ってそれを盗みに入った。

 で、それを想定していたデパート側は、あの自作自演で始末しようとしたらしい。


 それで、ガキのボスは宗司と知り合いで、ピンチの部下を助けようと、宗司にどうにかならないかと相談した。


 んで偶然、私がデパートの屋上で『仕事』をしていたから、私に救援させようと電話したら、もう巻き込まれてたっていうのが、あの騒動のオチらしい


 ちなみに、ビビってたのは全部演技だったらしい。


「騙したとはいっても、あなたを助けたかったのは本心ですよ」


 女性を犠牲にして自分が助かるのは、男がすたりますし、と、無駄にかっこつけた口振りで、ガキはいっちょ前な事を言いやがった。


「なんつーマセガキだ……」


 私がそうつぶやいて呆れていると、


「おおっ、将来は女たらしかな?」


 文がニヤニヤ顔でガキにそう言い、そのまま顔をこっちに向けてくる。


 反応したら調子に乗るので、私はそんな文をガン無視した。


「ところで、その……。お体の方、……いろいろと大丈夫でしたか?」


 いろいろ、の所で年相応のうぶな反応を見せたガキは、言い終わった後も顔が赤かった。


 ……おい止めろ、文に勘ぐられて面倒だろうが。


「おやぁ? 帆花君、いたいけな少年とナーニしたのカナ? ん?」


 さらに口角を上げた文菜はそう言い、私とガキの間にやってきて視線を往復させてくる。


 ほーら、食いついてきやがった。


「何もやってねえよ! お前もう帰れ!」


 私はゲスの勘ぐりをする、文の脳天にチョップを喰らわせた。


「いだっ。冗談だってば帆花くーん」

「うるせえ! 顔が笑ってんじゃねえか!」

「そんな……。あんな所を見せておいて……」


 明らかにわざとらしく、ガキは口元を抑えてそう言った。


「えっ、本当にエロ漫画みたいなことしたのかい?」

「引っかき回すなクソガキィ! あと文はもう黙ってろ!」


 なんか文とガキが意気投合して、コンビネーションで私をいじってくる。


 ここは地獄か――。


 ややあって。


「では、お邪魔しました」


 ボスから預かった謝礼金を私に渡したガキは、丁寧にお辞儀をして病室から出ようとする。


「おいガキ。先輩として言っとくが、勇気と無謀は違うからな。気を付けろよ」


 細っこいガキの背中に向かって、私がそう助言すると、


「ご忠告、ありがとうございます」


 ガキは1度振り返って私にそう言い、小さく頭を下げてから出て行った。


「珍しいね帆花君。彼のこと気に入ったかい?」


 ガキを見送った後、文が私の隣に座り、悪意の無い笑みを浮かべてそう訊いてくる。


「ちげーよ」


 私は文から顔を逸らし、寝転がってテレビのリモコンへ手を伸ばす。


「ちょっと借りを返したかっただけだ」


 ……多分な。

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