殺し屋の本分 2/3

「なんの用だシスコン」

『シスコン言うな。なーに、ちょっとした連絡だ』


 宗司の用件は、緒方姉が見かけた指名手配犯集団が居るから、外出には気を付けろという話だった。

 まあ、お前らには心配要らないだろうけど、気を付けろよ、と言って宗司は電話を切った。


「アイツがわざわざ言ってくるとか、珍しい事もあるもんだ」

「多分、先生に言えって言われたんじゃないかにゃー」

「あのシスコン……」


 普段はマジでヤバくなってからか、こっちから訊かないと、宗司はこういう話をしてこない。


「念のために友達を迎えに行ってくるわ。ちょっと留守番頼めるか?」

「おーう。頼まれたー」


 別にか弱くは無いが、殺し合いが私よりは不慣れな文が心配なので、一応迎えに行くことにした。

 いつもの戦闘服じゃなく、最低限の脱出用装備を仕込んだライダースーツに着替えた私は、腰に銃を2丁差したヒップホルスターを巻いて、愛車の赤い単車を駅まで走らせる。


「おや帆花ちゃん。また会ったね」

「うげ……」


 駅の裏口にある駐車場に単車をめて、文が来るのを待っていると、私の居るところ近くの路肩に蜂須賀はちすかのバンがまって、中から私に話しかけてきた。


「もしかしてお友達にフラれちゃった?」

「なわけねえだろ。来るの待ってんだよ」

「なーんだ。残念だなあ」

「何も残念じゃねえよ。お前こそしけ込む相手探しか?」

「良く分かったね。ちょうど君みたいな娘を探してるのさ」

「あー、へいへい」


 ウィンクしてそう言ってきて鬱陶しい蜂須賀に、そう雑な反応をしたところで、出口からイモジャージ姿の文が出て来た。

 私が手を振ると、文も私の方を見て手を振り返す。


ふみ来たから、私はもう行くぞ」

「なんなら3Pでも――」

「するかこのクソボケ! ソープにでも行け!」

「私出禁なんだよねー」

「知らん!」


 さっさと帰って自分を慰めてろ、とキレながら蜂須賀に言って、ヘルメットのバイザーを下ろした私は、エンジンをかけて文の元へと向かった。


「わざわざお迎えありがとね帆花君。おかげでタクシー代が浮いたよ」

「……お前さ、少しは建前を覚えろよ」

「拙者、正直が取り柄ゆえ」

「あー、へいへい。良いから後ろに乗れ」


 私は後ろのトップケースからヘルメットを出して、おどけてくる文にそれを渡した。


 彼女がヘルメットを被り、後ろに座って私の腹に手を回したのを確認してから発進した。


 『情報屋』に帰った私達は、バイクから降りてピザの具の話をしていると、遠くの方から何発もの銃声が聞こえてきた。


「どっかでドンパチしてやがるな」

「相変わらず物騒だね。この辺は」


 大方、ヤクザか反グレ辺りの抗争だろう。私達には関係ないので、ヘルメットを脱いでシートに置き、愛車をガレージに押し入れようとしたとき、


「ちょ! 助けてええええ!」


 さっきのバカが、駅とは逆方向から血相を変えてこっちに駆け寄って来た。


「お前、なんかやらかしたか。さっさと帰れつったのに」

「私は何もしてないわよ! ちょっと指名手配犯達を捕まえよ――ひゃあッ」

「やらかしてんじゃねえか!」


 バカが来た方向にある丁字路から、件の指名手配犯共が銃を持って出てきて、どこからか調達した拳銃でこっちに向かって撃ってきた。


 事務所から見て右側の、ブロック塀の角に3人で隠れると、自分の銃を抜いた私と文は、2人でそいつらへとすきを見て頭と腕だけ出して撃ち返す。


 連中は銃の腕も殺し合いも素人らしく、壁の弾痕を確認するとてんで狙いがバラバラだし、大分暗くなって見えにくいが、顔もかなり必死そうに見えた。


「あれって、さっき帆花君が言ってた連中?」

「だろうな。ウチに向かってチヤカ撃つアホはそういねえ」


 これなら隠れてるより、こっちから殺しに行った方が早そうだ、と判断した私は、弾倉を新しいものに変え、文に援護を頼んで塀の角から飛び出した。


 私はこっち側の壁に沿って走りながら、5人いる指名手配犯の膝と銃だけを打ち抜いて、その全員を悶絶もんぜつさせた。


「はあ……、なんでこう、私は面倒事に巻き込まれるんだ……」


 引き返して他に戦力が居ない事を確認した私は、そう独りごちて深いため息を吐いた。


 ややあって。


 騒ぎを聞きつけてやって来た緒方姉と一緒に、私と文は指名手配犯共を縛り上げる。


 その際、指名手配犯の1人の首筋に、剣を頭に刺されたドラゴンの刺青いれずみを見かけた。

 なんだこりゃ、と私がつぶやくと、緒方姉がすかさず、このグループのシンボルマークだ、と教えてくれた。


 後で宗司から聞いたが、指名手配犯共はこの近くの整形外科の開業医に、自分達が来た事を黙っておくから、と強請ゆすりをかけられたので、そのがめつい医者を殺そうとした。

 だが、あのバカが襲撃へ向かう途中の連中を見かけて、下手な正義感でそれを止めようとして、あの騒動に発展したらしい。


 連中を縛り終えた私は、恩を売るために知り合いの杉野すぎのという刑事に電話をかける。

 コイツは前の『主人』の頃からの付き合いで、何を血迷ったか私にれてるらしい。


 ちなみに、コイツはあの男(前のご主人)に横領の証拠をつかまれ、色々と良いように使われていた。


「やあやあ帆花ちゃん。やっとオッケーしてくれる気に――」

「なわけねえだろ。くたばれこの変態刑事」


 ……悪い奴ではないが、この通りサルみたいに性欲に正直な不良刑事なので、出来れば電話したくない。


「じゃあ何の用事なんだい?」

「指名手配犯捕まえたから、ウチまで受け取りに来いってだけだよ」


 これ以上は時間の無駄なので、それだけ言うと私は電話を切った。


 携帯を右腰のベルトに付いているポーチにしまった私は、


「おいお前。駅まで送ってやるから乗れ」


 塀の所で震えているバカに、親指で単車を指しながらそう言った。


 さっきまでの跳ねっ返りぶりをすっかり無くしているバカは、素直に私の言うことを聞いて後ろに乗った。


「これで自分が何言ってたか分かったろ? 殺し屋ってのは、あんなの以上のヤツを相手にもすんだからな」


 すっかり暗くなった幹線道路を走りながら、私は後ろのバカへそう言う。


「あの人達より……?」

「おうよ。護身術に毛が生えた程度じゃ、相手にすらならなねえんだよ」


 怖い思いしてやっと分かったのか、バカは私への自分の行ないをびて、もうこっちの世界には近寄らない様にする、と約束した。


「その方が良い。こっちはお前みたいな、まだ表に足が残ってるヤツが住むところじゃねえからな」

「あなたは、もう残ってないんですか……?」

「……ああ。私はお前と違って人殺しだから、な」


 私のどんよりと沈む様な、諦めの混じった言葉を聞いて、バカは何も言えなくなったのか、それ以上一言も発しなかった。


 ややあって。


 何事も無く駅に着いたところで、


「ところでその……、帰りの電車賃をもらえませんか……?」

「あ? お前たんまり持ってただろ」

「えっと……、……逃げるときにどっかで落としちゃって」

「なーにやってんだよ……」


 バカが一文無しになっている事が分かった。


「ほれ。返さなくて良いからこれ使え」


 これ以上面倒事に巻き込まれたくないので、私は財布から5千円を出して渡した。


「ありがとうございます。……でもあのバッグ、色々大事なものが入ってて」

「そういうことなら、ちゃんと届けてやるよ」


 ウチならそう難しくも無いしな、と説明すると、安心した様にため息を吐いて、


「すいません。ご迷惑おかけして……」


 誰だお前レベルに丁寧な口振りで、バカはそう言うと頭を下げた。


「まあ過ぎたことだし気にすんな」


 じゃあな、と右手を挙げた私は、挙げていたバイザーを下げてバイクを出した。


 一応、帰りがてら探してやるか……。


 事務所に帰る道中、そう思い立った私は、さっきドンパチした丁字路を通るルートを走る。

 ちょっと速度を落として走っていると、丁字路まで500メートル手前の、細くて暗い路地との境目辺りにバカが持ってた鞄が落ちていた。


 こんなとこにあったか……。


 人道の脇に単車を停めて、街灯に照らされている、黒いそれを拾い上げたとき、


「女。ヘルメットを脱げ。ゆっくりと、だ」


 背後から突然、若い男の声が聞こえたと思ったら、次の瞬間、右からツヤ消しされたナイフを眼前に突きつけられた。


 チッ、路地に隠れてやがったか……。


 この距離だと刺されて終わりなので、私は抵抗せずにその男の指示に従った。

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