硝煙と相棒と 2/2

 そのあと、私ら3人は射撃場の外れにある、掘っ立て小屋の物置に放り込まれた。

 少し離れた所で、打ち合いの銃声が聞こえてくる。多分、管理人のおっさんと文が頑張ってるんだろう。


「クソが。なんなんだあいつら……」


 悪態をついた私は身をよじって、なんとか上半身を起こした。


「大方、アタシらを人質にして、なんか企んでるアホ共だろ」


 横になっているユキホにくっついているスミナは、げんなりした様子で言う。


「またかよ……」


 宗司相手に調子こいた身の程知らずのせいで、この前もひどい目に遭ったばっかりだ。


「さーて、どうすっかなぁ」


 文句言ってても仕方ないし、とりあえず、毎度おなじみの縄抜けで、私は手首の縄を外した。


「お、今のどうやってんだよ」

「企業秘密だ」


 それから、感心しているスミナのヤツも外してやった。


「ほどいたは良いが、何か策あるか? デカ乳」

「デカ乳言うな」


 覗きに来たヤツの武器を奪って反撃がベタだが、生憎あいにく近接格闘ステゴロは専門外だ。


「そうか、どうにもなんねえか……」


 その事を伝えると、深々とため息を吐いたスミナは、昏睡(こんすい)しているユキホを見やる。

 敵さんがギチギチに縛ったせいで、その身体に鎖が食い込んでいた。


「痛そうだし、鎖切ってやろうか?」


 手首のブレスレットに仕込んである、金切りワイヤーを取り出して、私はスミナに一応確認を取る。


「頼む」


 ユキホの相棒の了解を得た私は、身体に巻き付いている鎖をチマチマと切っていく。


「じゃあ、ユキが起きるまで待つしかねえな」


 スミナは傍らのユキホをつつくが、深い呼吸を繰り返すだけで全く反応はない。


 連中、象用の麻酔でも使ったか?


「つっても得物取られたじゃねーか」

「あの程度の連中なら素手で十分だ。コイツなら首ぐらいは刈れる」

「は?」


 ……おいおい。どこの巴御前ともえごぜんだよ。


 スミナが笑わず言うので、冗談かどうかいまいち分かりづらいが、まあ冗談だろう。


 それから、1分もしないうちに鎖が切れた。音がしないように、ユキホに巻き付くそれをほどいていく。


 スミナがユキホを起こそうと、何度か揺すったりしてみるが、相変わらず起きる気配は無い。


 時間つぶしにと、お互いの苦労話やらなんやらしている内に、私達2人は意気投合していた。


 スミナの話を聞く限り、どうやらこいつも今まで相当苦労したらしい。


「そいつは傑作だな」

「! ――シッ!」


 私の話が、前の主人が無様に殺された所に来た辺りで、


「お前、マジであんなガキみたいなので良いのか?」

「おうよ。あのサイズなら入れたとき、締まりが良さそうだからな」

「もったいねえな。せっかく上玉が2人もいるってのに」

「別にいーだろ。個人の好みだ」


 私らの誰をヤるか話しながら、敵さん何人かが近づいてきた。


「ふざけんな……ッ!」


 性欲の処理なんざに使われてたまるかよ……!


「起きろユキホ!」


 私達2人は大慌てで、ユキホを起こそうと、その身体を力一杯揺すりまくる。


「――ッ」


 ちょうどドアが開く直前、ユキホが目を覚ました。


「おいユキホ! なんとかしてくれ!」

「さーて、お楽し――」


 中を覗き込んできた、3人の男の下品な笑顔で、状況を理解したらしいユキホは、


「って、鎖が外れてやがるぞ!」

「嘘だろ!」

「やべえ!」


 口の端を不気味なまでにつり上げ、鎖を手に覆面達に飛びかかった。

 その口元と違って全く笑っていない据わった目に、私は底知れない狂気を感じた。


「任せて、スミちゃん。――あはっ」


 不気味な笑い声と共に、ユキホは目の前にいる覆面2人の首に鎖を巻き付ける。


「ごあ……ッ」

「が……ッ」


 2人の少し後ろに着地したユキホは、鎖を猛烈な勢いで真下に引っ張り、両方まとめてへし折ってしまった。

 即死した2人は、ジャーマンの投げる方みたいな格好で真後ろに倒れた。


「あははっ! あははははっ!」

「うわああああッ!」


 鎖を手放したユキホは、常人離れした速度で、逃げたもう1人を追いかけていく。


「あはっ!」

「うぎゃああああッ!」


 すぐさま追いつくと、彼女はそいつの頭に跳び蹴りを喰(く)らわせた。パカン、という音がしたので、多分頭がかち割れているはず。


「……。マジかよ……」


 断末魔を聞きつけて、覆面が5人ほど駆けつけたが、ユキホは3人目から奪ったナイフで、連中をあっという間に死体にしてしまった。


 彼女の暴れっぷりは、まさに、狂犬としか例えようがなかった。


 そいつらが死んだことを確認したユキホは、文達が撃ち合いしている方に突撃していく。


「あはははっ!」

「なんだコイ――、ぎゃああああ!!」

「ば、化け者おおおおああああ!!」

「あははっ! あははっ!」

「当たんねえ! 当たんねえよぉ! うわああああ!」

「金なら出す! だからたす――、ぐがぁ!」

「あはっ! あはははっ!」


 しばらくの間、覆面共の悲鳴と、ユキホの狂ったような笑い声は止まなかった。


 ……あのゴスロリが、味方で本当によかったぜ。


 その地獄みたいな音を聞きながら、私は心の底からそう思った。




 しばらくして、辺りが静かになると、体中に返り血を浴びたユキホが帰ってきた。黒い長手袋の指先から、ポタポタと血が滴っていた。


「だ、大丈夫かい帆花……」


 青い顔でその後ろを付いてきている文が、私に手を振ってそう訊いてくる。

 何とかな、と答えると、それは良かった、と文は返してから一つ息を吐いた。


「スミちゃん、怪我けがはない?」


 血まみれの上着と手袋を捨てたユキホは、スミナを見て愛おしげにそう言う。さっきの様子とはえらい違いだ。


「二度とあんなことするな! このバカ!」


 そんなユキホに歩み寄ったスミナは、その頭を思い切りはたいた。


「でも、ああしなきゃスミちゃんが……っ」

「うるせえ! お前に残して逝かれたら……っ! アタシは……、どうすれば良いか、わかんねえんだよぉ……」


 スミナの怒鳴り声が、だんだんくぐもっていき、その両目から涙がこぼれ落ちた。


 さっきまで平然としていたのは、どうやらやせ我慢していただけらしい。


「ああ……、泣かないで、スミちゃん……」


 ユキホは泣きじゃくるスミナの頭を抱き寄せ、怖い思いをさせたことを謝った。




                  *



 後始末が終わった後、私は文の寝室兼工房にいた。彼女は今、最後の1丁である私の『相棒』を整備してくれている。

 敵に捕まったときに覆面に取られたが、そのまま床に放置されていたので、血は被っていない。


 ちなみにあの白黒コンビは、同僚に解体の仕事をぶん投げて、さっさと帰ってしまった。


 予定が大狂いしたせいで、もう日没が近くなっていた。

 

「とんだ目に遭ったもんだね」


 文はこっちを見ずに、作業台で手を動かしながらそう言ってくる。


「全くだ」


 せっかくの休みがまた潰れちまった、と私がぼやくと、


「なんなら、おはらいにでも行くかい?」


 文は少し冗談めかして、ネットで調べたらしい神社を紹介してきた。


「どうせ、気休めぐらいにしかならねえから止めとく」

「まあそれに、君ぐらいになると、行く途中で事件に巻き込まれそうだしね」

「……それはありえそうだな」


 ……マジでそうなりかねないから全然笑えない。


 そんな無駄話をしている内に、文は銃を元通りにくみ上げていた。


「しかしこの子、君の他のと違って、不思議な感じがするんだよね」


 黒いツヤ消し塗装のそれ全体をクロスで磨きつつ、


「背後霊みたい、っていうかさ」


 幽霊を信じない現実主義者な文にしては珍しく、妙に詩的な事を言った。


「私を護りたいとか、酔狂な幽霊サマだな」

「ボクだって同じ立場なら、君を護りたいと思うよ」


 私の方を向いてそう言った文の表情は、私の行く末を憂いている様だった。

 それは、私の数少ない友達である、鈴の保護者の大森が見せるものと、どことなく似ていた。


「……私に、そんな価値があるのか?」

「当たり前じゃないか」


 と言って立ち上がった文は、ベッドに座る私の隣に来て、ちり1つ付いていない9ミリを返してくる。

 

「少なくともボクは、君が居なきゃさみしいよ……」


 私が銃を腰のホルスターに戻すと、文は私を抱き寄せてそう囁く。身体から薄ら、オイルと火薬の匂いがした。


 コイツのこういう所に、私はずっと救われてきた。


「……そうか。なるべく、死なねえ様に気を付けるわ」

「頼むよ」


 腕を放してそう言う文の不安げな表情を見て、私は帰る気が失せた。


「なあ文。どうだ、今夜久々にさ」

「いいね。最近ご無沙汰だったし」


 ホルスターを外して、ベッドサイドにそれを置いた私は、携帯で宗司に今日は文の所に泊まる事を伝えて切った。


「じゃあ私がでいいか?」

「いいよ。……お手柔らかに頼む」


 文が微笑んでそう返すのを聞いて、私は部屋の明かりを常夜灯に切り替えた。

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