硝煙と相棒と 1/2

 射撃場のケージに入っている私は、ライフルを構えて狙撃する体勢で伏せている。

 左の足元の辺りに、他のライフルが何丁か立てかけてある。


 山の中にあるここは、私の雇い主の『情報屋』関係者が運営する射撃場で、拳銃から対物ライフルまで撃てるとんでもない所だ。


 私はガムをみながら、スコープの付いていないそれで、かなり遠くにある人型の的を狙う。

 『体質』のせいでやたら視力が良い私は、むしろそれが無い方がやりやすい。


 引き金を引いて、甲高い発砲音と共に発射された弾は、的の頭のど真ん中を打ち抜いた。私はレバーを引いて排莢はいきようし、今度はその心臓辺りをぶち抜く。

 

「やっぱり腕は落ちてないね。相変わらず帆花は凄いよ」


 私の隣に立っている佐埜文さのふみは、双眼鏡でそれを確認して感嘆の声を漏らす。

 こいつは前の職場のときからの知り合いで、その頃から、私の拳銃と狙撃銃の整備とカスタムをして貰っている。

 同性が文しか居なかったし、年も近かった事もあって、彼女とはかなり親密な関係だ。

 

「そりゃどうも」


 目を閉じたまま立ち上がって、文を一瞥いちべつしてから私はそう返事する。

 それから銃を代えて、新しくなった的をさっきのと大体同じような感じで打ち抜く。


「それにしても、君の『体質』は本当、ちょうど良い具合に射撃特化だよね」

「ああ、良くも悪くも、な」


 ヘッドホンを外してから、ゴーグル型のメガネをかけて、閉じていた目を開けてベンチに座った。

 ちなみにこれをかけないと、片目だけ視力が良過ぎるせいでめまいがする。


「で、撃ってみての感想はどうだい?」

「大した差じゃないが、狙いよりちょっと右に行くな」


 ふみは副業で銃の開発もやっていて、私は今、試作品の試射をやっている。


「この子たちも、あんたに使われて喜んでるだろうね」


 子を見る母親のような顔で、文は並んでいる銃を眺めて言う。


「あの変態の玩具にされた子も報われる……」


 変態ド畜生だった前の雇い主を思い出して、不快そうに文は言う。


「店長様に感謝しねえとな」

「私まで雇ってくれたしね。剛毅ごうきな人だよ」


 おかげで、日々に張り合いが出てくるようだよ、とやたらババ臭い言い方をする。


「シスコンのくせにな」

「えっ、そうなのかい?」

「おう」


 店長こと天谷宗司は、ことあるごとに、医者をやってる実姉・彩音あやねさんの自慢話をする。

 彩音さん自体は尊敬してるが、正直なところ鬱陶うっとうしいことこの上ない。


 その事を説明すると、ふーん、とあんまり関心がなさそうに言う文は、


「まあそれは置いといてさ、これも試し打ちして貰える?」


 後ろのジュラルミンケースを開けて、真新しい自動式を私に渡してきた。

 文いわく、フルスクラッチで作った、彼女渾身こんしんの試作品だとか。


 持った感じ、なかなか使いやすそうだ。


「おう」

「いつも悪いね。助かるよ」

「良いってことよ」


 銃を20丁近くも整備させてるし、これくらいは引き受けねえとな。


 私はそれに弾倉を入れて、逆サイドの拳銃用のケージに移動した。

 中でまた耳当てを付け、今度はメガネをかけたまま撃った。


「どうよ」

「弾がちょいばらつくな」

「ありゃ」


 私もまだまだだなー、と、実に楽しそうに言った文は、


「そんじゃ、お礼に気合い入れて整備するね」


 私から銃を受け取ると、射撃場の隅にある、彼女の寝室兼工房へと向かっていった。


 ややあって。


 話し相手も居ないので、暇を持て余す私は、通路のベンチでボケッと空を見ていた。


 あー……、暇だ……。


 何となく、着ているウエットスーツみたいな、戦闘服の腰ベルトのホルスターから、私は何年も愛用している9ミリを出して眺める。


 こいつは今まで何回も、私が殺されそうになった時に、私を助けてくれたことがある。


 最近だと、敵にコイツを奪われて、頭をぶち抜かれそうになったが、ちょうど装填不良を起こしたおかげで命拾いした。

 信頼性の高い設計の銃のはずなのに、だ。


「……お前、私を護ってくれてるのか?」


 小さな声で銃に訊いたけど、当然返事は返ってこない。


「おっと。すまん」


 手持ちぶさたに銃を回していると、うっかり手が滑って前の方に転がった。


 それを拾おうとベンチから離れた途端、


「――どわッ!?」


 座っていた場所に、突然、でっかい包丁が振り下ろされた。あっぶねえ!


「いきなり斬りかかるなバカ!」


 その直後、低くて澄んだ女の子の怒り声が、今し方ベンチをぶっ壊した、白髪黒ゴスロリ女の後ろからした。

 白衣ぽいものを羽織るその子は、白いティーシャツと短パン姿のちっこいヤツだった。

 そのボッサボサの短い黒髪と身長は、さながら、やさぐれた鈴みたいだった。


「でもスミちゃん――」

「いいから謝れユキ」

「あんっ。はーい」


 白服は黒ゴスの尻に蹴りを入れて、私に謝るように言う。このゴスロリ、蹴られて喜んでるが、ドMなのか?


「あら、ごめんなさい」


 剣をしまった黒ゴスは、白服にそう言われて、相棒を手に立ち上がった私へ渋々詫びた。


「ってお前、『情報屋』オーナーんとこのスナイパーじゃねえか」


 たしかこいつら、『掃除屋』の解体担当だったよな?


 ちょっと前の仕事で、20人分程の死体処理を頼んだときに、こいつらを見た覚えがあった。


「誰だよ、あんたら」


 察しは付いていたが、偽物の可能性を考えて一応訊ねた。念のため、9ミリの引き金には指をかけておく。

 そんな私の態度に、腹を立てたらしいゴスロリは剣の柄に手をかけたが、白服がもう1回蹴りをかまして止めた。


「アタシは『掃除屋』のスミナ。こいつがユキホだ」


 スミナと名乗った白服は、後ろから手を回して自分を抱いてくる、ユキホとやらを指さす。……えらく仲良いな。


「誰か死体でもこさえたのか?」

「ちげーよ」

「じゃあ射撃練習か?」

「それしかねえだろうが」


 不機嫌そうにそう答えたスミナは、肩にかけた鞄の中から、小ぶりのグロックを出した。

 彼女いわく、護身用のそれを打つ練習に来たらしい。


 ゴーグルとヘッドホンを付けたスミナは、銃を変な風に構えて的を狙う。……それで当たるのか?

 スミナは何発か撃ったが、案の定、ものの見事に1発も当たらなかった。


 ……護身用に持ってるにしても、あんまりにもひどい。


「……何見てんだよ?」

「いンや。見てただけだ」


 そう思いつつ無言で呆れていると、スミナはばつが悪そうにこっちを睨んできた。よく見ると顔が赤くなっていた。


「お前、上手いんだろ?」


 彼女は気恥ずかしさからか、私へ半ギレで手本を見せるように要求してきた。


「参考にならねえとおもうがな」


 私はそう前置きしてから、ヘッドホンを引っつかんでケージ内に入った。

 さっきの再現みたいに、私は全弾を寸分違わずド真ん中に打ち込んだ。


「……。確かに参考にならねえな……」


 当たった所を見るスミナは、目を点にしてそう言う。


「そりゃまあ、『体質』のおかげもあるからな」

「あー。それならしょうがねえな……」

「習うより慣れろ、だ。当たるようになるまで撃て」

「そうだな」


 一応、私に銃を仕込んだ人から教わった、構え方だけ教えておいて、私はケージから出た。


「ああ……、頑張ってるスミちゃん可愛い……」


 黙々と練習し始めたスミナの姿を、ユキホはケージに張り付いてうっとりと眺めていた。


 ……ああ、こいつらそっち系か。


 相変わらず、スミナの撃った弾は当たる気配もない。

 それを見つつ、私はユキホの後ろにあるベンチに腰掛けた。


 しばらくすると、スミナはケージから不機嫌そうに出てきた。

 彼女が弾倉を入れ替えるのを見て、私も残弾が少ない自分のを入れ替えようとした。


 そのとき、


「……! お前ら伏せろ!」


 右側から火線を感じた私は鋭くそう言って、とっさにその場に伏せる。

 私が持っていた弾倉は、手が滑って遠くに転がっていった。


「えっ……」

「スミナ――、うぐッ」


 反応の鈍いスミナを抱いて横に飛んだユキホは、肩に弾丸を受けてしまった。


「おい、ユキホ!?」

「大丈夫、よ……。多分、麻酔、だから……」


 ふらつきながらケージのドアを開けたユキホは、それを即席の盾にした。その場で力なく崩れ落ちた彼女だが、発言からしてどうやら麻酔弾だったらしい。


「くっそ! いってえ!」


 敵さんの弾丸が飛んでくる中、私は転がって自販機の後ろに隠れた。

 その際、弾が1発私の脛をかすった。戦闘服の裂け目から血がにじむ。


 相手はざっと10人ぐらいか……。


 とりあえず、持っていたハンカチで傷口を縛ってから、弾倉に残ってる3発で敵を3人撃ち殺しておいた。


「おい! なんで撃つのやめてんだよ!」


 気を失っているユキホを支えながら、スミナは顔を青くして私に怒鳴る。


「もう弾がねえんだよ! そっちのグロック投げろ!」


 私はそう叫び返して、こっちに寄越よこすようジェスチャーする。


「あ」


 スミナが女の子投げでほうった銃は、ちょうど2人の間に落ちた。


「なにしてんだ!」


 どれだけ非力なんだこいつは!


「すまん――、ってそれよりお前後ろ!」


 ああだこうだやっている内に、敵に後ろを取られ、いつも通りあっさり取り押さえられてしまった。


「う、ぐ……」


 どうせ暴れても無駄なので、私は大人しく捕まることにした。

 スミナの方をみると、覆面の男達に銃を突きつけられているのが見えた。


「……やけに素直だな?」


 覆面せいで顔は見えないが、隊長らしい奴が両手を挙げているスミナに訊く。


「そりゃ、アタシは戦闘要員じゃねえからな」

 

 スミナはその手を掴まれて、後ろ手に縄で縛られた。意識のないユキホは、鎖で腕と足を巻かれた。

 で、私はというと、


「お前どこ触ってんだ……っ」

「念のためだ」

「そんなに、入れられるもんなんかねえよ……っ」

「その態度、余計怪しいな」

「んんッ」

「おや、にはないか」

「ならはどうだ?」

「うっ、あ――ッ。……テメエら、覚えてろよ……」


 ……念入りに身体中をまさぐられてから、スミナと同じように拘束された。


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