縛られた世界 3/3

 元『主人』の死に顔は情けなく歪んでいて、涙と鼻水で汚くなっていた。

 ざまあみろ、この外道。


「……おい『情報屋』、得物を返せ」


「ほい」


 『情報屋』に視線を移して私がそう言うと、愛用している9ミリ口径の拳銃を返してきた。

 私が何をしようとしているのか、『情報屋』は察しているらしく、銃口の先にサイレンサーがついていた。


 安全装置を外した私は、あらん限りの罵詈雑言を吐きながら、ヤツの顔と股間に何十発も弾を撃ち込みまくった。


 どれだけこのときを待ったことか。


「……あはっ、あはははは! あはははは!」


 グチャグチャになった顔を見ていたら、おかしな笑いが込み上げてきて止まらなくなった。


「なんだなんだ」


 その様子をのぞき見ているのか、右後ろの方から大森の声が聞こえた。


「あはははは! 好き放題出来て楽しかっただろう? このクソ『ご主人様』さんよぉ! よくもじいさんぶっ殺してくれたなこのハゲェ!」


 私は全力で、ヤツの頭を何度も、何度も何度も蹴ったり踏みつけたりした。その間も笑いが止まらなかった。


「あはっ……、あはは……。はぁ……」


 散々蹴ったあと、疲れ果てた私はアレから少し離れて、ぐったりと床にぶっ倒れた。


「ヒエー……」


「おお、怖」


 地獄のような光景を見てきたであろう男二人でも、さすがに肝が冷えている様だった。


「……?」


 大森に目をふさがれていた杉崎だけは、多分唯一、状況を把握せずに済んでいた。




「……」


 私は床に大の字で寝っ転がったまま、ぼけっとコンクリートむき出しの天井を眺めていた。すぐ傍にブルーシートがかけられた死体が転がっている。


「さてと、これどうする? 俺たちで掃除するには、ちょっと手間だぞ」


 私がこれでもかと死体蹴りしたせいで、血やらなんやらが辺りに飛び散っていた


「だよなあ……。仕方ねえ、もったいねえけど『掃除屋』を頼むか」


 『情報屋』は大森の問いかけにそう答えてから、なんでたまに掃除するとこうなるんだー、と嘆き、深い深いため息を吐いた。


 そりゃ悪いことをした。反省はしていない。


「……おい、なんだよその『掃除屋』ってのは?」


 会話の中に出てきた聞き覚えが無いそれが気になり、私は『情報屋』にそう訊ねた。


 『情報屋』が言うには、金さえ出せば完全に殺人の証拠隠滅をしてくれる連中だそうだ。

 大体の殺し屋をやってる連中は、自分で片づけるのが面倒なとき、その業者に頼んでいるらしい。


「へえ、そんな業者あったのか……」


「えっ、お前さん知らねえの?」


 『情報屋』とその隣の大森は、私が、初耳だ、と答えると目を丸くしていた。

 

「それはそうと大森、さっきからその子の顔、やたら赤いぞ?」


 私はそう指摘して、大森の腕に抱かれている杉崎を指さした。ついさっきまで目をふさがれていた彼女は、なんでか若干にやけた顔で気絶していた。


「だ、大丈夫なのか? なんかの病気なのか?」


 その様子を見て焦りまくっている大森に、『情報屋』がニヤニヤを押し殺して、寝たら治るから寝かせとけ、と言った。

 大森は指示通り、囲いの中に置いてあるソファーに寝かせに行った。


 ……私には二人の関係性が、ますます分からなくなった。


 『情報屋』が電話の相手に文句言いつつ『掃除屋』を手配すると、しばらくして作業服の男達がやってきて死体の清掃を始めた。



                  *



 『掃除屋』とあの妙な二人が帰って、店の中にいるのは私と『情報屋』だけになった。


「そんで芙蓉さんよ」


 カウンターの椅子に座って私が水を飲んでいると、パソコンを睨んでいる『情報屋』がそう話しかけてきた。床は何事も無かったかように綺麗になっていた。


「なんだ」


「あんた、ウチで働かないか?」


 もう一人ぐらい人手が欲しいと思ってたんだ、と言って、『情報屋』はA4位のサイズの書類を私の目の前に置いた。


「性欲処理なら――」


「なわけねえだろ。ウチの兵隊兼店員だよ」


 私が言い切る前に、『情報屋』は遮ってそう言った。一応、今までの事があるから訊いたけど、心配は要らなかったらしい。


「私、銃ぶっ放す以外は能が無いけどいいのか?」


「おう」


 間髪を入れずに肯定して、むしろそれ以外求めてねえから、と、すっぱり言われてしまった。


 いやまあ、それはありがたいんだけど……。そう言われるとなんか腹立つな……。


 とりあえずそんな小さな事は置いといて、


「じゃあ、よろしく頼む」


 私はそう言うと、『情報屋』から差し出された手をつかんだ。


「ほんじゃ、さっさと契約書を書いてくれ」


 パソコン横のペン立てに刺さってたボールペンを渡して、『情報屋』はそう催促してきた。


 一応、返事はしたけど、私は記名欄にペン先を向けたまま固まっていた。


「……なあ『情報屋』」


 それはなぜかというと、


「あ?」


「私の名前って、どう書けばいいんだ?」


 恥ずかしい事に私は、名前どころかほとんど漢字が書けないし読めないのだ。


「……マジで?」


「マジで」


 おいおい冗談だろ……、と言って、がっくりうなだれて『情報屋』は額を抑えた。


「まさか社員教育がそこからだとは……」


 彼はぼやきつつも、ちゃんと文章を読み上げてくれたし、代筆もしてくれた。


 ……よし、漢字ドリルでも買おう。



                  *



 こうして私は、変態共のおもちゃから解放されたわけだけど、


「勘弁してくれよ……」


 口座を作りに来た私は、客と行員と一緒に手足を縛り上げられて、銀行強盗の人質になっていた。


 どうやら私は、こういう星の下に生まれてしまったらしい。


 ちなみにこのあと、『情報屋』がいろいろ手を回してくれたおかげで、犯人が立てこもってから3時間ぐらいで事件は解決した。

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