エピローグ

エピローグ


決着けっちゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~く!」


 桜子渾身の雄叫びが響き渡る。もはや喉をいたわる必要もなくなった熱血実況娘は、あらん限りの情熱とクラス・トランス愛を振り絞ってまくし立てた。


「なんとなんとなんとなんとなんとなんとなんと! 久丈選手が『勇者変身』をコピー! 勇者同士に一騎打ちになったと思いきや! かつて戦争を終結させた『伍勇星』と同じ技を使用して魔法を封印! 自らの土俵に引き込んだ末に崩落する天空島の上で遥か高みのコスト5『大魔術師』に真っ向勝負! 最後は得意の手品で裏をかいたぁあああああああああああ!!」


 隣で笑う学園長は涼しげだ。


「王城が普通に痛覚値をあげていたらきっと負けていたわね、ふふ」


「王城選手、蘭子選手も非常に惜しかった! あと僅かでした! 久丈選手が立ち上がる前に一華選手を1キルしていればあるいは!」


「あそこで『勇者』コピーだなんて誰も思わないでしょうけれど、少し遊びすぎたわね」


「全体的には、一華&久丈ペアの作戦が功を奏していたように思えますが、いかがでしょう」


「情報量の差がはっきりと出た形ね。王城たちの戦術は全て知られていて、双刃たちはそれをしっかり対策した。次はどうなるかわからないわよ、この組み合わせは」


「久丈選手の『恥知らずの物真似人形ワイルドジョーカー』も今回で多くのライバルにバレてしまいました」


「『勇者殺し』として優秀だし、コスト5最高コストが二人になるのも魅力的だけれど、対策は立てられてしまうでしょうね。演奏妨害ジャマーノイズを使われたり、光熱系最大魔法サン・オブ・サン無効化を狙われたら辛いわね」


「学内トーナメントは年三回! 夏には学園を飛び出して全国大会、秋には世界大会も待っています! 一華&久丈ペアの真価が問われるのはここから、といったところでしょうか! いやぁそれにしても熱い試合でした! 学園長、最後に総括をお願いします!」


 そうねぇ、と僅かに考え、


「この試合では三つの可能性が見られたわ。一つ、強者がさらに腕を磨き『勇者』へ擬似的に変身する可能性。一つ、弱者が『勇者』となったもの『だけ』を殺せる可能性。そして最後に一つ――魔法の才能がなくとも、『勇者』へ至る可能性。どれも素晴らしいわ。帝国のクラスプレイヤーはますます強くなる。学園の生徒たちはその名を世界に轟かせるよう、より一層の精進を期待するわ」


「ありがとうございました! 実況は私、桶川桜子。解説は双刃・・学園長でお送りしました!」


「とても面白かったわ、ありがとう」


 マイクが切られ、席を立つ。ステージを下りながら学園長はひっそりと思う。


――正解だった。


 半年前、最上久丈という少年を学園に引き入れて、正解だった。まさかあそこまで一華と相性が良いとは思いもしなかったが。


 でも、なによりも。


「お礼を言わなくちゃいけないわね」


 彼女の行為はあくまでも学園長としてのものである。帝国の『戦力』たる、強力なクラスプレイヤーを育てるために、久丈と一華には『冠装魔術武闘クラス・トランス』を辞めてもらっては困る。現に今日も様々な可能性が見えたのだ。彼らは学園にとっての燃料だ。今日の試合を見て、学内ランキング一位の強プレイヤーがマイナーな技能士表現系クラスに不覚を取った結果を見て、今まで燻っていた大勢の生徒に火が着いただろう。――それでも。


「娘を救ってくれてありがとう、最上」


 そう思わずには、いられなかった。




☆ ★ ◇ ◆




 表彰式が終わり、一通りの行事が済んで控室に戻った久丈へ、


「ぃやったねジョーくぅううううううううううううん!」


 瑛美が仔犬みたいにジャンプ一番飛びついて来た。いつも通りに受け止めて、よしよしと頭を撫でて地面に下ろすと、えへへと笑った瑛美が急に真面目な顔になって久丈を見上げる。


「勇者に、勝ったね」


「ああ」


 どこまでも深い、まるで透き通った湖のような瞳で久丈を見詰めた瑛美はやがて、


「――もう、大丈夫だね」


 と少し寂しそうに微笑んだ。


「ああ」久丈は頷く。「ありがとう」


 瑛美が本当はどこまで知っているのか、久丈にはわからない。瑛美のお付き人みたいなことをしている絵理沙は「あの子は全く知りません」と言うものの、こんな何もかもを見透かされたような瞳で覗かれては、とてもそうは思えない。


 今日、最上久丈は辞めたはずの『冠装魔術武闘クラス・トランス』のトーナメントで優勝し、諦めたはずの勇者に変身して、勝った。


 瑛美が笑う。


「これからだね、ジョーくん」


 久丈は思う。


 あれから、半年だ。


 母が死に、久丈が本当のことを知って、もう《・・》半年だ。


 整理の着いていなかった気持ちが、久丈の時間が、やっと自然に流れ始めたように感じた。


「ああ」久丈は頷く。そして、もう一度言った。「ありがとう」


「どういたしまして!」


 憎たらしいくらいに明るい笑顔で、何もかもに知らないふりをして、瑛美はそう答えた。




 王城とは会わなかった。その代わり、蘭子が久丈達の元へやってきた。


 一華さま、と蘭子が慇懃に頭を下げて、「大志さまより、ご伝言がございます」


「何かしら?」


「こほん。しばらく一華の前には姿を見せない、そういう約束だ――と仰っておりました」


 きょとん、とする一華。


「意外ね」


「意外ですね」


 久丈も同意すると、蘭子が表情を変えずに、


「失礼ながら私も、意外、と存じます」


「蘭子さんまでそう言うなら、ますます異常ね。てっきり約束なぞ知らん、とか言い出すかと思ったけれど」


「次は久丈さまに、ご伝言を承っております」


「え、僕ですか?」


「最後の、ふざけたジョーカーの声を貴様は聞いたか? と」


「声……? いや、知りませんけど……?」


「かしこまりました。そのようにお伝え致します。では最後にお二人へ、」


 そう言ったきり、蘭子は目をつむった。どうしたんだろう、と久丈が訪ねようとしたとき、


「――次は負けん」


 後ろから偉そうな声が聞こえて、びっくりして振り返ったときにはもう、誰もいなかった。


 王様の声だった。


「一華さま、久丈さま、これは私個人の言葉でございますが、」


 再度振り返る。外行きの笑顔で蘭子が追撃。


「たかが一度くらいマグレで勝った程度で調子に乗りやがるんじゃあありませんことです。次はお前たちのハラワタを掻っ捌いてソーセージにしてやりますのでお覚悟あそばせ」


「「怖っ!」」


 久丈と一華の声がハモる。蘭子が九十度のお辞儀。


「失礼致しました。ですがお二方には雀の涙、フンコロガシのフン程度には感謝をしております。おかげで我が主は、また一つ良い王になるための経験を得ました。――特に一華さま、あなたのおかげで」


 ため息をつく一華。


「その様子だと、ようやくわかってもらえたみたいね。私の気持ちを」


「ええ、我が主はようやくご理解されました。本当に相応しい相手はあなたではないと」


「あら? あなたがそうだと言いたげね?」


「まさか滅相もございません。お決めになるのはいつも、大志さまでございますから」


 誇らしげに胸を張る蘭子に、心底わからない、といった様子で一華が尋ねる。


「……ねぇ、あれのどこがいいの?」


「『何かに支配される喜び』。それはあなたも知っているのではありませんか? 私はただ、報われないこの立場が快感で快感で、お腹の下がうずいて仕方ないだけなのです」


 久丈は頭を押さえた。なんてこった。似たようなひとを知っている。


「私もMだけれど、あなたも相当ね?」


「でなければ務まりません」


 さもありなん、と頷く一華。


 双刃家の長女とわずかに通じあい、もう一人の隠れたドM、蛇空蘭子は去っていった。





帰り道



 学園からの帰り道。


 送迎のクルマを断った一華と並んで、久丈は歩いている。


 蘭子と王城の登場で忘れていたが、瑛美のあの態度が気になっていた。


――僕は、どうするべきなんだろう。


 すると隣の一華が心配そうに、


「せっかく勝ったっていうのに元気ないわね、大丈夫? おっぱい見る?」


「見ません」


「じゃあ揉」


「みません」


「舐」


「めません」


「……」


「吸いません」


「せめて一文字くらい言わせてくれないかしら?」


「すいません」


 思わず笑ってしまう。その隣で、一華がほっとする雰囲気が伝わった。


「そういえば、私まだジョーくんにご褒美もらってないわ?」


「ご褒美……? あの、朝言ったやつですか? 決勝前に凄いのあげたじゃないですか」


「まだ、目隠しして縛って公園散歩してもらってないわ?」


「………………」


 あれ、ガチでやんの?


「それに実は、ちょうどいいの」


「……何がですか」


「えっとね?」


 一華が立ち止まって振り返ると、一陣の風が吹いて細くあでやかな黒髪を流していった。夏を待つ木々が枝を揺らし、緑の葉が舞って、恥ずかしそうな彼女の顔を隠す。左手で髪を、右手で鞄を持ったまま、優雅な仕草でスカートを抑えた一華は、その頬を雀の涙ほど紅く染めて華が咲くように微笑んだ。


 思わず息が止まる。


 何度見ても、彼女の美しさは衰えることがない――否、目的を達成し、何の憂いもなくなったいま、ようやく心の底から笑うことのできた一華はきっと、今まで見てきたどんな双刃一華より美しい。


 どんな花よりも――美しい。


 そうして、つぼみのような口を開いた。


「――いま私、パンツ穿いてないから」


 くずおれた。膝から崩壊した。信頼とか、愛とか、久丈の中のピュアな部分が木端微塵に破壊された。


「やだ、ジョーくんったら。その位置からじゃ見えちゃうわ」


「あ……アンタは……!」


 魂を振り絞って立ち上がる。訓練でも試合でも、ここまで心にダメージを負ったことは無い。


「素敵な笑顔で何言ってるんですかぁ!」


「あんまり見ないで? 垂れてきちゃう」


「僕だって見たくないわぁ!」


「上も付けてないから、もう擦れちゃって擦れちゃってきもちいい」


「喋んな! 一言もだ!」


「あっ……! 猿ぐつわかしら……!?」


「キラキラした目で期待するんじゃねぇえ!」


「トーナメントで優勝した帰り道に下着を着けないで帰ったらどんな気持ちなんだろうって想像しちゃったら、つい」


「最低な告白を朗々と語らないでください!」


「いまここで全裸になったらどんな気分かしら……!」


「あー! やめてだめやめてー! 逆流で『錯覚』して周りに見えちゃうでしょ!」


「公園を散歩するとしたら、全裸亀甲縛りと全裸雨ガッパ、どちらが恥ずかしいと思う?」


「全裸を捨てろ! あと恥ずかしい方を選ぼうとするな!」


「うーん、やっぱりジョーくんはイイ突っ込みをするわねぇ」


「褒められても嬉しくありません!」


「腰使いがいいわ」


「何の突っ込み? 何の突っ込みを想像してます!?」


「うふふ。楽しい」


「それはなによりですね……!」


 こっちは疲れます……。


「ジョーくん、あのね、」


 一華は急に真面目な顔になって――いや、寂しそうな顔をして、


「本当に、ありがとう」


 告げた。どんな花よりも美しいその微笑みを、曇らせて。


「私はあなたにお願いしたわ。ペアを組んで、一緒に戦って欲しいって」


「はい」


「トーナメントは終わった。私達は王城に勝った。だからこれで、私達はペアではなくなる」


「……一華先輩」


 胸に穴が空くような痛みは、決して錯覚ではないと久丈は信じる。


「もう一つのお願いも、覚えている?」


――それは、


 一華が苦笑した。


「私も馬鹿だったわよね。一目惚れしてすぐ求婚だなんて、王城のやったことと同じだわ」


 そうではない、と久丈は思う。


 王城は今日の今日まで、一華を見ていなかった。一華の心を見ていなかった。


――でも、あなたはきっと、僕のことを、


「今ならちゃんと言える。心の底からそう思うもの」


 一華は、言った。


「あなたが好き」


 また、久丈の息は止まる。


 告げた一華の表情はとても誇らしげだった。いつものように自信満々でも、欲望に染まってもいなかった。誰かを好きでいること、それ自体が誇らしい、そんな表情だった。珍しいと久丈は思う。お嬢様の顔じゃない。でもこれもまた、一華の素顔であるような気がした。


 少しづつ一華を知っていく。クラス・トランスが大好きで、生徒会副会長で清楚で可憐な仮面をかぶり、その実、ドMで変態で痴女だけど、恋する女の子みたいな顔もする。


 もっと知りたいと思った。


 同じくらい、もっと知ってほしいと思った。


「一華先輩」


 はい、と彼女が答える。


「僕は、瑛美が好きでした」


「……ええ、そうね」


 そっと目を伏せて、一華が辛そうに、


「あなたは、まだ……瑛美さんを……」


「――だけど、もう少しだけ待ってください」


 え、と呆気に取られたように、一華が顔を上げた。


「やっと、時間が流れ始めたように思えるんです。母のことも、瑛美のことも、やっと整理が着きそうなんです」


「ジョー、くん……」


「あいつが妹だってことも、ようやく受け入れられそうなんです。だからすみません。もう少しだけ、待ってもらえませんか……?」


 時間が経てば。


 あと少しだけ、時が進めば。


 あなたを、好きになれる気がするんです。


――いや。


 もう、本当はとっくに――。


「ジョーくん」


 言って、一華が抱きついてきた。


「――待ってるわ」


「ありがとうございます」


 ぎゅうっとされて、


 一華の温もりと、感触が伝わって、


 あぁ、この人は――。


 この人は本当に――。


 マジでブラ着けてないんだなって思って――。


――どうしようもない痴女だな。


 と、こっそり蔑んだ。


「はぁう……! ジョーくん、いま、なんかっ! なんかゾクゾクってきたわっ!」


「黙れ変態」




 兎にも角にもそんなこんなで、改めて、最上久丈と双刃一華のペアは組まれた。


 『勇者』を目指し、そして挫折した、魔法の使えないお節介な少年。


 『世界』を目指し、そして阻まれた、後が無かった変態痴女な少女。


 魔法の才能が無い彼と、その美貌ゆえに未来を決められた彼女は、二人で一緒に運命へ立ち向かっていくためのチームを結成し、


 そして掴みとった。


 運命を覆した、勝利を。




「ねぇジョーくん」


「なんですか」


「後ろ手に拘束されて「ひぐっ……この……豚野郎……! こんな……豚……野郎……に……うぅ!」と泣いて悔しがりながらジョーくんにエッチなことされる展開はまだかしら」


「このドMが」


「はぁん」





 そのはずである。


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