4-10



 実況席では桜子が大興奮だ。


「なななななんとぉ! 久丈選手が『舞踏剣闘士』と同じ特異能力を使っています! これはコスト5最高コストが二人、実質コスト10とも言える組み合わせです!」


「面白いわね。まさか『道化師』にあんな特異能力があったなんて」


 学園長がさも愉快そうに笑う。


「魔法が使えない最上も、複合歌詠唱舞踏なら可能というわけね」


「『舞踏ダンス』と『歌詠唱アリア』は魔法ではなく技能扱いだから、でしょうか?」


「でしょうね。驚いたわ。詠唱が苦手な子も、こんな風にして魔法が使えるのね。今まで魔法を使えずに魔法職を諦めた生徒たちにも希望が見えたわ」


「そもそも踊り子系のプレイヤーが滅多にいませんからね。これは盲点でした。しかしそれよりも、やはり恐るべきは道化師の特異能力――『恥知らずの物真似人形ワイルドジョーカー』。まさか『パートナーの能力を完全コピーする』特異能力だったとは驚きです」


「特異能力ではなく、能力をコピーというのがミソよね。双刃のダンスだけでなく、コスト5の身体能力、攻撃力に防御力、素早さまでコピーしているわ。桶川あなたが言うとおり、『舞踏剣闘士』が二人いる状態よ」


「一回戦では手品しか脳がない弱クラスと周囲から認定されましたが、まさかこんな隠し玉を持っていたとは」


「パートナーのどんなカードにもなれる。まさにトランプのジョーカーね。確か、双刃は最上にダンスや歌の特訓を行っていたはず。それは単純に連携を取るためであったのでしょうけど、『幸運』なことに十二分に役に立った」


「一華選手の強運は学園では知れ渡ってますからね! Aレア以下は引いたことがないという噂もあるほどです! ――さて、厳しくなってきたのは王城&蘭子ペアか。コスト1シーフの蘭子選手は完全に置いて行かれ、コスト5大魔導師の王城選手も魔法攻撃が通用しません」


「双刃たちが補助魔法を掛け終わる前に勝負を着ける短期決戦狙いで、途中までうまくいっていたのだけど……最上のせいでパーになったわね。けれど、王城としてはむしろ、ここからが本領発揮かしら」


「例の『擬似勇者』ですね。学園長としては、あの特異能力はどう見ますか?」


「『聖域』もとんでもないことをしてくれたわ。ゲームバランスが崩れて仕方ないじゃない」


「あはは……。観客の皆様に補足しますと、カードを管理運営しているのは『冠装魔術協会セフィロト』ですが、実際に作っているのは五人の勇者たちが生前に定めたアルゴリズム――『聖域』と呼ばれるシステムです。私達、今を生きる人間は一切関与できません」


「まぁ、『肉の体を持たない彼ら』なら何かしらの影響は与えることができるでしょうけど――それにしたって『勇者』はやりすぎだわ」


「そこまで強力なクラス、ということですね」


「ええ。もし本当に、戦時中の『勇者』そのままの能力を持たされているとしたら、アマチュアレベルでは対抗できないわね。いくらなんでも『聖域』がそこまではしないと思うけど」


 モニターでは、王城が二重の太陽に包まれて、今まさに覚醒しようとしている。


「双刃にはどんな策があるのかしら。楽しみだわ」


「王城選手の『大魔導師』が、はたしてどのような『勇者』になるのか。そして一華&久丈ペアはどう対抗するのか。第九十回葉桜冠装学園・一学期トーナメント決勝戦、そのクライマックスは間近です!」


「ただ――」


 と学園長がどこか面白そうに呟く。


「擬似とはいえ『勇者』の姿をあの子が見て、果たして冷静でいられるかしら……?」




☆ ★ ◇ ◆




 シーフの蘭子が消えた。


 準々決勝戦、瑛美&絵理沙との試合でも同じことがあったと一華は思い出す。あの瞬間、王城が勇者へと変身したあの瞬間、パートナーである蘭子は試合場から姿を消した。カード状態になるわけでもなく、完全にいなくなった。


 どこへ行ったのか――否、誰と入れ替わったのか。


 知れたこと、王城である。


 瑛美の火炎魔法で瞬間再生の限界を迎えた王城は、突如その場から姿を消して、瑛美の背後――すなわち蘭子のいた空間に出現した。


 つまり、


「パートナーと融合して『擬似勇者』へと変身する特異能力。そういうことね?」


 『光熱系最大魔法サン・オブ・サン二重詠唱エコーズ』の発動した上空ではなく、シーフ蘭子のいた客席に向かって一華が確かめるように投げかけた。


 演奏が終わり、妖精たちは元の世界へ帰っている。陽炎のようにゆらりと姿を現した王城が――『鷹翼』の紋章が刻まれた西洋甲冑に身を包んだ『擬似勇者』が、


「どうかな」


 と答えをはぐらかし、魔法剣を抜く。


「終わりだな。なかなか楽しめたぞ」


「すごく焦っていたように見えたけれど?」


「お前の戯れ言もここまでだ、一華」


 す、と腰を落とす王城。その構えには隙も無駄もなく、『大魔術師』の頃よりも遥かにサマになっていた。両刃剣エンハンサーによる能力上昇よりも『勇者』の武術補正値が高いことを窺わせる。


「ここで死ね」


 言うやいなや、王城は突撃した。恐るべき速さで。


 いきなり勇者独自の煌星系魔法を使うつもりはないらしい。だがここまでは一華の作戦通りの展開だ。後は最後の『仕上げ』だけ。練習では試すことが不可能だったためギャンブルの要素が強いが、それも久丈の『覚醒』が成功したことで、ほぼ確実と言っていい。最後のピースは揃っている。


 正直、こうもうまくいくとは思わなかった。


 だから気が付かなかった。


「ジョーくん、お願い!」


「――あ」


 隣の久丈が、震えていることに。


 まるで入学式の試合のように、『魔法が使えなかった』あの時のように、久丈は呆然と立ち尽くし、そして一華を見て、その目が、


「一華……先輩……」


 見たこともないくらい怯えていて、こんな時なのに一華の胸が切なさで締めつけられる。


「お前の敗因は、」


 動揺と逡巡で固まったその一瞬、気が付いた時にはもう手遅れで、


「俺を見ようとしなかったことだ」


 王城の剣は一華のどてっ腹を貫いていた。


「あっ……がっ……!」


 痛覚値100の激痛からなる呻きが、一華の口から血とともに吐き出された。




☆ ★ ◇ ◆




 わかってはいても。予測はしていても。準々決勝の様子をモニター越しに見ていたのに、動画を何度も何度も繰り返し見ていたのに。


――勇者。

 目の前でこうもはっきりと、自分がなりたかった存在を、自分がなれなかった姿を見せられて、久丈の身体は刹那、硬直していた。


 そしてその一瞬で、決まってしまった。


 一華が攻撃を受け、何かが光ったように見えたその時にはもう、久丈の胸にも光の矢が深々と刺さっていた。王城の魔法。衝撃で身体が後ろへ吹っ飛ばされ、視界が真っ暗になって――。


――負けるのか、また。


 また自分のせいで。


 また一華を守れずに。


 自分たちは負けるのか。


 『持って生まれた魔法の才能がないから』勇者になるという夢を諦め、


 『持って生まれた容姿端麗という才能のせいで』クラス・トランスを辞めさせられ、


 自分たちの人生が、運命や他人の手によって決められることを変えられず、夢や目標を諦めるしかないのか。


――やっぱり僕は、『一族の恥』なのか。


 世界中に嘲笑われている気がした。


 しかしそのなかで――あの嘲笑が聞こえた。


 そいつの声が、やけにはっきりと久丈に届いた。




 久丈の顔をした道化師が、ひゃっひゃっひゃ、と笑う。


「よぅ我が半身。なに必死になって頑張ってんだ? 俺らの仕事は道化を演じること。観客ギャラリーを楽しませるためにいるんだぜ? ほら、突撃してこいよ? 華々しく散ってこそ、盛り上がる《エンターテイメント》ってもんだろう?」


「違う。僕らの仕事はそれだけじゃないはずだ」


「違わない。お前は俺を引いた時から――いや、俺を引く前からずっと、道化を演じるただのモブだ。勇者を目指し、愚者ぐしゃに落ちた道化師だよ」


「違う。僕らは一華先輩と出会って、あの人に認められて、あの人に見初みそめられて、僕らだけの役割を得たはずだ」


「違わない。俺らは所詮、何者にもなれず、勇者を諦めた道化師クラウンだ」


「違う! 勇者にはなれなかった、何者にもなれないかも知れない、でも僕らは、僕は!」


「僕は?」


「僕はもう二度と、諦めたりしない!」


 道化師が笑う。「思い出したか?」


「――そうさ、もう覚悟は決まってる!」


 道化師クラウンがハットを取る。そのハットが『王冠クラウン』へと変わる。


「違わない。そうだよ、相棒。何も違わない――お前の考えている事に間違いはない」


「僕らは」


「そうだ、俺らは」


「双刃一華の切り札ジョーカーになる」


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