4-9
目を開けると、そこは青と白の世界だった。
試合場の設定は多彩だ。荒野から草原、砂漠に浜辺、市街地は農村からビル街まである。では決勝戦に相応しいステージはどこか。一万と三千人が見守るなか、帝国一と謳われる養成校の、一年で最初のトーナメント戦、その頂点に立つペアを決めるバトルに相応しいステージは、
「――ここが、天空武闘場」
転送された久丈が立ち上がる。やたらと太陽が眩しいのはここが雲よりも高い位置にあるからだ。眼下を見れば雲海が広がり、周囲を見渡せば四つの島が見える。
天空闘技場は空に浮かぶ五つの島からなる試合場である。
真ん中に一番大きな中央島があり、そこを中心としてひし形を描く配置に四つ島が浮いている。各々の島は橋と階段で繋がっているが、これがただ宙に浮いただけの石板であるから足を引っ掛けてすっ転ばないように注意が必要だ。落ちればもちろん死亡扱いで、一華によると眼下の雲海に触れた瞬間カードになってどっかの島に転移するらしい。地上までのダイブは残念ながら楽しめないとのこと。
島の大きさは中央島が帝都ドーム一個分で、小島がサッカーグラウンド一個分くらい。島の上は基本的に草原で出展不明の遺跡なんかが置かれていたりして、中央島にはローマあたりの神殿を模したデカいステージがでん、と設置されている。
小島は四聖獣になぞらえて朱雀だの青龍だのと名付けられているが定着しておらず、北島とか西島とか人名みたいに言われていた。理由はおそらくその方が簡単でわかりやすいから。
南島の崖っぷちに転送された久丈。うっかりバランスを崩せば即死亡という絶妙の位置に落とされたのは相変わらずの運の悪さを発揮していると言えよう。この天空武闘場はトーナメント決勝戦など特別な試合でしか使われておらず、練習では選べないから新鮮で面白そうだが呑気に楽しんでいる場合ではない。
決勝戦はもう始まっている。
視界の隅に表示された
「ジョーくん、なんだか私、こういう運命には選ばれるみたい」
「さすが最高の表現系クラスです。一華先輩にはぴったりですね」
「気が付いたら観客も誰もいないステージの上にひとり立ってるところ想像してみて? いざ落とされるとなかなかの恐怖よ?」
思わず笑ってしまう。
「そうですね。とりあえず全速力で向かってますから、なんとか凌いでください」
話しながらも中央島へ走っている久丈。北と東の敵も同様に一華へ向かっていた。
「ええ、――歌って踊ってあなたを待つわ。駆けて急いで迎えに来てね。私の白馬の王子様」
歌いながら答える一華、その会話の後半はすでに『歌詠唱』だ。おそらく踊っていることだろう。ということはすでに『誰かに見られている』ことを意味し、それは敵にほかならない。
――この速度はおそらく飛翔魔法。王城か。
急がなければ。
飛翔魔法を使った『大魔導師』の王城と、補助がなくても素早い『盗賊』の蘭子。敵二人に遅れて『道化師』の久丈が、中央島で舞い踊る『舞踏剣闘士』の一華の元へ急行した。
浮き橋に足を取られないよう気を付けながら中央島の大地を踏んだ久丈が見たのは、二対一でまともに踊ることすらできずに逃げる、まるで出会ったあの時と同じ、一華の姿であった。
☆ ★ ◇ ◆
決勝の様子が巨大モニターに映されれている。
校庭の舞台上で観客へ向けて実況するのは桜子と学園長だ。
「四人がバランスよく転送されました。久丈選手はパートナーのいる中央島へまっしぐら。一華選手は移動せずに待ち構える体勢。王城選手と蘭子選手も合流せずに、一華選手のいる中央島へ向かいましたが、これはどういう意図があると思われますか? 解説の学園長」
「そうね。逃げ道を塞ぐ、という意味もあるのでしょうけど、一番は『
「なるほど、だから通常ではペアの合流が優先されるような今回の広いステージでも、敵に見られた時点で合流を諦めて一華選手がダンスを始めたんですね。確かに、ここまでの試合でもそういった戦術でした」
「ちなみに最上の方が先に敵と鉢合わせしたら全力で逃げていたわ。正しい判断ね」
「さぁ一華選手が王城ペアに早くもつかまった! 一華選手、ダンスを中断し逃げる! パートナー久丈選手はやっと中央島へ到着して――これは!?」
モニターでバトルの様子を実況していた桜子が驚き、
☆ ★ ◇ ◆
そして久丈は踊る。
久丈の着ている決勝用のとっておきな『
――ジョーくんが来た……!
中央島に到着した久丈を見て、敵二人の攻撃から逃げ回っていた一華はまっすぐそちらへ走った。一華に『見られている』ことで発動条件を満たした久丈がダンスを開始。熟練値を最大にまで上げ上限に達したクラスがごく稀に得られる、技能欄の最終行に記されたその特異能力を思考操作でエントリー。
『覚醒』、
「――『恥知らずの
踊り子系クラスにしか使えないはずの『
『相手の能力を完全コピーする』特異能力である。
かつて一華は言った。久丈はこのカードを引くために『
それは正しかった。
模倣を得意とする久丈に、これ以上ないほどぴったりとハマる技能である。
駆け寄る一華。彼女に見守られながら久丈は『舞踏』《踊り》、それに合わせて一華が『詠歌唱』《歌う》。
――重ねた肌、交わした視線、私はあなた、あなたは私、二人はひとつ、ひとりで二人。
「ジョーくんっ!」
「はい!」
まるで抱きつくように飛び込んできた一華を久丈がキャッチ。そのまま彼女の腰に手を回しもう片方で頭を支えて回転すると、二人で掛けた『
「貴様らっ……!」
すでに補助魔法を施して
王城が実に不快そうに久丈を睨みつける。
「ふざけた真似を……」
「まだまだ、これからよ」
剣を弾いた一華が自分の双刃を高く頭上に放り投げ、空いた右手で久丈の左手を握り、自分のステップに巻き込むように踊り出す。アドリブなその動きに引っ張られた久丈は、しかしいきなり手を引かれたことよりも自分の身体がしっかり反応している現実に驚いている。
「――ははっ!」
楽しそうな声が聞こえた。自分の喉から発したものだと久丈は気づいていない。
オーロラを放ちながら二人は踊る。ときには肌と肌を密着させ、ときには大きく体を離し、飛翔と跳躍と滑空の魔法をダンスで発動させながら自由に舞い踊る。
久丈が地を滑りながら一華を空高く放り投げた。王城がほんの一瞬でも上空の彼女に目を向けたそのときには滑り込んできた久丈の攻撃が来る。ぎりぎりで受け止めれば、「――ツイスト・リフトブレイク」直後に一華が急降下ダイブして追撃してくる。反撃は届かない。あっという間に剣の間合いからいなくなり、半端な魔法攻撃は当たっても防御を崩せない。
「おのれっ……!」
王城から見れば、くっついたと思えば離れて魔法をかわされ、回転したように見えれば『手品:
コピー能力の真の恐ろしさは、最強が二人になること。
最高コストの『
――やぁ妖精さん。そんなところに隠れてないで、一緒に楽しもうよ。きみは叩いて、きみは弾いて、きみが吹けば、ぼくらは歌おう。
かつて一華が呼び出した倍の
二人の周囲にオーケストラの「
「――『
王城と蘭子が接近するなか、『道化師』久丈が、シルクハットを取って恭しく一礼した。
演奏が始まる。
弦楽器から騒々しく始まるその楽曲は、吹奏楽器や木管・打楽器を引き連れて音階の行き来を小刻みに繰り返し、ときに優雅可憐に、ときに『威風堂々』とメロディを盛り上げていく。
最高潮に達した所で王城が魔法攻撃。電撃と疾風、さらに火炎まで混ぜてステージを嘗め尽くす。恐るべき破壊のあとに待ち受けていた静寂のなか、しかし演奏は止まらない。
弦が響く。
静けさすら譜面通りといった素振りで。
「――なっ!?」
王城がギョッとした。魔法を防がれたから、ではない。
爆煙の晴れたステージにほとんど無傷の一華と久丈がいるのはわかる。妖精どものふざけた音楽隊が健在なのも理解できる。しかし自分の周囲、いわばステージの客席に当たる部分に、いつのまにか『肉の体を持たない彼ら』――音楽隊とは別の妖精や精霊どもが大挙として出現していたことに驚愕した。そいつらは弦楽器のソロパートに合わせてハミングし、しまいには歌い始め、挙句の果てに妖精どもの国なのか見たことのない様々な国旗を振りだした。一華たちは音楽隊だけでなく、
「――『
久丈がその楽曲を紹介し、合唱に参加していた一華が煽るように聞いてくる。
「ねぇ王様。そんな国を、あなたに築くことができるかしら?」
「黙れ! 俺のいる場所こそに、希望と栄光は生まれるのだ!」
叫んだ王城が魔力を蓄積する。彼の周囲の空間がぐにゃりと歪んでは渦のような魔力球を形成していく。
一方、魔法耐性の低いシーフ蘭子は音楽隊の奏でる楽曲に圧倒されてまともに動くことすらできず、可愛らしくも神々しい妖精たちでぎゅうぎゅうになった客席にぽつんと一人立っている。音楽が始まったと思えば突如として周囲にギャラリーの妖精が出現して熱狂し始めたのだ。本人は決して認めないが、神秘そのものである妖精たちが進んでこの場に現れ、こうもハイテンションで音楽を楽しんでいる状況に、この会場の雰囲気に、感極まって泣きそうである。試合中でなければ一緒になって旗を振って歌っていただろうが、これも本人は絶対に認めない。
だが蘭子の主は、まだ諦めてはいない。空に飛び上がった王城が両手を掲げた。
「まるごと消し去ってくれる!」
その上には黒々とした闇色の球体がある。五つの元素を掛け合わせ触れたもの全てを粒子分解する『
放たれたその黒闇球を見て一華はあら、とおかしそうに笑う。
「あなた、誰に向かって魔法を使っているのかしら」
『魔法の源である』客席の妖精たちが一斉に王城を振り仰いだ。
ぞわ、と背筋に
その瞬間を逃さずに久丈が歌った。その手を王城へ向けて。
――
一華が合わせる。その手を久丈に添えて。
――
二人の
「――
二つの太陽が重なり合うように生まれ、王城を包み込んだ。
ひとたまりもなかった。
『
そして――覚醒した。
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