4-6
ふぅ、と息を吐く。
本当は
けれど全て話した。久丈は一華に話す義務があると思った。
王城に話すつもりはなかった。ただどうせ全て知っているのだろうから、ついでに聞かせてやった。その王城がハッとして一華に問う。
「なぜ、泣いている……?」
弾かれたように隣を見た。
「え……あら……?」
一華がびっくりしたように涙を落としていた。どうして自分が泣いているのかわからない、そのことにいま気が付いて驚いた、そんな狼狽を見せて、慌てて口を手で覆って、しかし涙は止まらない。溢れていく。嗚咽が、漏れて、
「だって、だって、」
一華の身体がぶるりと震えた。
「ジョーくんが……」
かわいそうじゃない。と、久丈にはそう聞こえた気がした。
なにが、と尋ねることもできずに、俯いてさめざめと泣く一華の頭頂部を眺めるしかない久丈。蘭子が武士の情けといった風情でハンカチを一華に渡そうとしたのを、一華はやんわりと首を振って拒否した。そうして彼女が自分の鞄から鏡とハンカチを取り出すのを見て、久丈はようやく一華が本気で泣いているのを実感した。
「帰るぞ蘭子。実に不愉快だ」
ぎぎぎ、と耳障りな音を立てて王城の椅子が動く。立ち上がった王城が久丈を見下ろし、
「俺の妻を泣かせたこと、万死に値する。一華の身体だけでなく心までも弄びおって……。王の所有物を盗むことの恐ろしさ、本来ならばリアルでその身に教える所だが……まぁ良い。決勝でとくと味わうが良い」
久丈の脳みそはフリーズしている。王城は構わず続ける。
「二度と『人助け』など抜かすな。そうでなければ、貴様に戦う資格はない」
言うだけ言って、蘭子を連れて去っていった。いつの間にかボディガードも消えている。
しばらくして、一華はようやく泣き止んだ。すん、と鼻を啜る音がして、店にたかれたお香と、コーヒーと、一華の桃の香りが混ざり合って、久丈に届いた。
「ごめんなさい」
と一華が謝ったのは、それから数分後のこと。
「前もあったわね。あなたの前で泣いたこと」
あれは確か、久丈がパートナーにして欲しいと頼んだ時だ。
「大変だったのね、ジョーくん」
振り返る。久丈をまっすぐ見詰めた一華が、その手を握った。
「ジョーくんは恥なんかじゃないわ。あなたは私を助けてくれた。お金を永水に返したりなんてしなくて良いと思うけれど、だってあれは永水がお母さんとあなたを無かったことにしようとしただけなのだから、それでもあなたが返そうというなら、私はそれを手伝いたいと思う。あなたさえ良ければ、私はずっとあなたとペアを組んでいたい。でも、でも、それよりも、」
一華の瞳が潤んでいく。止まったはずの涙が再び流れだす。
「お母さまを、亡くしていたのね……」
そうしてまたボロボロと泣き出した。綺麗な顔をくっしゃくしゃにして、一華は両手で久丈の手を握ったまま、延々と涙を落とし続ける。
――これも逆流か? あるいは、感受性が豊かなのも、芸事の才能ということか?
久丈の頭の片隅には冷静な分析が行われている。その一方で、理性を吹き飛ばすような感情の波が久丈に迫る。目の前で泣いているひとがいる。久丈の手に、彼女の雫が落ちてくる。頬を濡らし、顔を赤くして。それは全て自分のために流した涙なのだ。胸に温かいものが広がっていく。ありがとうと言いたい。あなたが泣くことなんてないんですと言いたい。この三ヶ月で一華の事情は聞いている。彼女もまた母親からクラス・トランスの手ほどきを受け、双刃家では彼女の味方をした母も孤立状態であるらしい。そんな環境と久丈の境遇を重ねたのだろうか。それはわからない。わからないが、久丈はこのひとに泣かれたくないと思う。どうすればいいと自分に尋ねた時、己の中に眠る『道化師』が、かちりとスイッチを押した気がした。
久丈は一華に握られた手の上に、もう片方の手を乗せた。彼女の目の前に持っていく。
「……?」
その手をひっくり返す。音もなく、一輪の薔薇が現れた。マジックLV.1、『花』。
「――わぁ」
呆けたように声を出す彼女に、一華先輩、と声を掛ける。潤んだ瞳が久丈をまっすぐに見た。綺麗なひとだな、と素直に思う。
「僕は、あなたとペアを組めて良かったと思ってます」
「どうして……?」
「あのとき、僕は夢を捨てました。勇者になることを諦めました。もう二度と、本気で戦うことなんて無いと思いました」
久丈は話す。キザったらしい道化師の指が、一華の涙を拭う。
「でも、先輩と出会って、先輩のおかげで、僕はまた戦えています。子供の頃に見た夢とは違うけれど、今はそれでも良いって思えます」
「ジョーくん……」
「この力が、この強さが、僕なんだって」
――だから、
「だから僕は、あなたの
一華が頷いた。
「はい」
「貴女の夢を叶える、切り札になること。それが僕の、今の夢です」
「はい」
「ありがとうございます、一華先輩。僕を、選んでくれて」
「それは、私の方よ、ジョーくん」
一華が微笑む。
「入学式のあの日、あなたを見て、あなたの戦っている姿を見て、私は思い出したの。クラス・トランスを続けたい理由を」
「理由?」
ええ、と満面の笑みで誇らしげに一華は発表する。
「大好きだから。楽しいから」
ですね、と久丈も笑う。
「私はね、ジョーくん。『
一華の全てを尊重するかのように、久丈は力強く頷いた。あの日のように。
「立派です、とても」
その言葉が何よりも嬉しくて、一華は続ける。もう一度、久丈に懇願する。
「だから私は王城と結婚するわけにはいかない。私はもっとクラス・トランスをあなたと続けたい。お願い、ジョーくん」
「はい」
「私と一緒に、優勝して」
やはり久丈は即答した。
「もちろんです、一華先輩」
翌日、久丈と一華は準決勝を突破。
王城戦に向けて作戦を確認して、最後の調整をして、それから三回の夜を経て、
決勝戦の朝がやってきた。
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