4‐4
気付いただけで特に何もしなかった絵理沙がシメに抹茶パフェを注文して、それならボクも、ついでに僕も、と瑛美と久丈が便乗し、この子たちの胃袋は宇宙かしら、と一華が微笑み、やってきたパフェを幼馴染三人組が美味しそうにペロリと食べたところで、反省会は終了。
「今度は肉だな」
久丈が笑うのを見て、もう次に食べるものの話をしてる! と一華が人知れず戦慄しているのを久丈本人は知らない。
「ジョーくんと一華お姉さまが優勝したらね!」
「では一華お姉さま、私と瑛美はここで失礼致します」
立ち上がった絵理沙が瑛美の腕をつかんだ。瑛美が抗議。
「え、なんでなんで、みんなで帰ろうよ」
「ご当主様から連絡が来ているわ。行くわよ」
「えー! またかよー! めんどうくさい親父だなーったく」
ぶーぶー言いつつも瑛美が立ち上がる。
「じゃあまたね、一華お姉さま、ジョーくん!」
鞄を持って素直に帰っていった。絵理沙がしっかり伝票を持って行っている。店員がやってきてグラスや皿を下げていった。久丈がため息をつく。
「またあいつに借りができてしまった……」
「ねぇ、ジョーくん」
そんな久丈に、いつの間にか隣に座っていた一華がなんともないふうに、
「そろそろ教えてくれないかしら」
踏み込んだ。
「あなたはどうして、好きな人のことを諦めたの?」
石になったように固まる久丈。不意打ちだった。一華の瞳から目を逸らせない。
「どうして彼女は、あなたが諦めたことを知らないの?」
喉が渇くのは、甘いモノを食べ過ぎたからではないだろう。
「絵理沙さんは、知っているようね?」
沈黙は肯定を意味する。
「そ、さ、さぁ……?」
「あなたとあの子は、いったいどういう、」
関係なのかしら、とは聞けなかった。
店の扉を開けて入ってきた二人組を見たから。
急に黙りこんだ一華を不思議に思った久丈が、彼女の視線を追うようにして振り返る。
そこには男と女がいた。二人とも葉桜冠装学園の制服を着ていて、男の方は長身で体格が良く、その後ろにいる同じくらいの歳の女子を従えているように見える。そいつはズカズカと歩いてきて、二人が座るテーブルの前に立って、
「ふん。王を前にしたからといってそう固くなるな。楽にしろ」
葉桜冠装学園三年、
☆ ★ ◇ ◆
「――何の用かしら」
一華が顔を見ないで言った。全身から殺気が出ている。場の気温が二度は下がった。
王城はしかし一華の凍えるような声も気に留めず、淡々と告げる。
「今日は、お前に会いに来たわけではない」
「じゃあとっとと消えたら? 『王様』が来るような場所ではないでしょう?」
冷たく言って、ようやく王城を見る一華。試合以外でこのツーショットを初めて見る久丈だが、一華が王城のことを本当に嫌っていることは把握した。
「一華よ……」
石化しそうな視線を真っ向から受け止め、王城は憐れむように、
「お前はまだ意地を張っているのか……」
その言葉にまず一華がカチンときた。
「意地? 人の生きがいを奪って人生を滅茶苦茶にしておいて意地を張るなですって?」
「安心しろ。お前の人生は、俺が決めてやる」
その言葉に久丈もカチンときた。座ったまま睨みつける。
「先輩の人生は、誰のものでもない。あなたが決めることじゃないでしょう」
「俺のものだ。近い将来そうなる」
トーナメント戦。そこでこの王城ペアより好成績を残さなければ、一華はこの男に――。
「そんなことは、僕が絶対にさせません」
言い返す久丈を、王城は見定めるようにねめつける。やがて、
「蘭子」
「は」
「ここで食事を済ませるぞ」
マジかよ。
「承りました」
承っちゃうのかよ。止めろよ。
王城は蘭子にそう命じたかと思えば、久丈達の向かいに座ってしまった。ふと気が付けば周囲に客がいない。その代わり、ダークスーツに身を包みサングラスを掛け耳元に手を当て通信をしている、いかにもボディガードですといった風体の男たちが席に着いていた。
一華が眉をひそめる。
「王城。護衛の皆さまを店内に入れるのは
「付き人だ。問題あるまい。俺は逆に、お前はなぜ入れないのか疑問だ」
一華を陰ながら守る世話護衛役――いわゆる忍者の方々は今も一般人に変装して喫茶店の外で散らばっている。天使と見まごうほど可愛らしく神々しかった幼少時から、男も女も思わず振り向いて見とれてしまうほどの美少女へ成長した今でも、金銭・権力・性欲とあらゆる理由で三桁に達するほど誘拐『未遂』に合ってきた一華である。王城が不思議がるのも無理はない。久丈としては、それにもかかわらず心の内に露出癖を膨らませている一華が少し不憫にすら思う。裏を返せば、この環境が一華の変態性を育てた一因を担っている可能性も否定出来ない。
「さて、」王城が口を開く。その目は鋭く、
そして明確な敵意を持って、
「貴様は一華に惚れているのだな?」
そうのたまった。
蘭子は、サンクチュアリ名物特大ナポリタンを久丈達の分まで合わせて四人前注文した。しかもポテトフライにエビフライまで追加して、更にガーリックバターライスを人数分揃えるとは敵ながらアッパレだ。甘味ばかりで腹が減っていたところだ、なかなかやるではないか、認めてやらんこともない、と久丈はありがたくご相伴に預かった。ごちそうさまでした!
瞬く間に平らげ、ケチャップで汚れた口をナプキンで拭く。隣に座っている一華が一口も食べずに冷たい目で久丈を見ているのは気付かないふりをする。
久丈から遅れて数分後、蘭子と共に食べ終わった王城が、
「食べたからには吐いてもらおうか」
なかなかサドいことを言った。
「貴様は、この王城大志と戦おうというのだな? ただの『
誤解がある、と久丈は思った。だが一華が口を挟む。
「それは違うわ、王城」
「なにが違う」
「ジョー……最上久丈くんは、私のことが好きでパートナーになったわけじゃないわ。彼は『誰かの人生が、運命や他人の手によって決められようとしていることが許せなくて』私を助けてくれているのよ」
ぽかん、とする王城。こいつもこんな顔をするのだな、と久丈は思う。
「……なんだそれは。それでは、まるで」
「そう、正義の味方よ」
「ただのお節介です」
訂正した久丈に、王城が噛みつくように言う。
「貴様、一華のことをなんとも思っていないのか!?」
ほんの僅かだけ躊躇して、久丈は答えた。まっすぐに。
「助けたいと、思っています」
火に油を注いだ。信じられないものを見たと言わんばかりに態度を急変させた王城が声を荒げる。
「バカな! 王城家に目を付けられ、プロプレイヤーへの道を閉ざされる危険性を顧みなかった動機が、復讐でも愛でもなくただの人助けだと!? 信じられるか!」
「信じられないでしょうけれど、本当のことよ」
戸惑いながらも静かに呟くのは一華だ。
「ありえん!」
立ち上がった王城は久丈に指を指してまくし立てる。
「俺はな、最上久丈! 貴様が乱入したあの時、貴様のことを何も知らない新入生だと思っていた! だがその翌日、『聖域』で一華と貴様がペアを組むと発表し、そのとき悟った。こいつは何もかもを知った上で一華とペアになったのだと! この王城大志と――この学園と、この『
その剣幕に、一華はおろか、普段一緒にいるであろう蘭子までもが呆然としていた。ただひとり、久丈だけは粛々と王城の糾弾を受け止めている。
「困っている人を助けることが、そんなに悪いことですか」
悪いことだと、実は久丈自身が一番思っている。ただの自己満足なのだから。
王城は叫ぶ。
「そういうことを言っているのではない! もう一度よく考えて答えろ最上久丈! 貴様、貴様は本当に、一華を想っていないのか!?」
すぅ、と息を吸った。答えようとして、けれど声が出せず、吐息だけが漏れた。
この男は本気なのだ。自分のことしか見えておらず、一華の気持ちを理解しているようにはまるで思えないが、だけどこの男は本気で一華を幸せにしようとしているのだ。
方法は間違っているとしても、きっとその想いは、久丈よりも正しいのだ。
だからせめて、誠意を持って答えようと久丈は思う。もう一度息を吸って、言った。
「一華先輩に、恋愛感情はありません」
身じろぎしたのは蘭子だった。恐らく彼女は、一華の久丈への気持ちを知っている――気付いている。ゆえに、あまりにもハッキリとした久丈の答えに蘭子は同情してしまったのだ。自分へ向けられた言葉ですらなく、拒絶された一華に。
一華は、そっと目を伏せている。
久丈は決して一華を見ない。
その何もかもに気が付かず、疲れきった声で王城が言った。
「そうか、失望したよ最上久丈。『人助け』、たかがその程度の理由で俺の前に立つとはな」
「一華先輩がクラス・トランスを続けられるようにしたいだけです」
「それでお前の気が済むのか?」
「ええ、とても」
「愚かな……。おい一華よ。お前、こんな男がパートナーで本当に良いのか?」
人の気持ちを量れない『王』が尋ねた。一華が身を固くしたことに久丈は気付いている。
「あなたが、気にすることでは、ないわ」
「お前の美しさを、この男は理解しておらんようだぞ」
「わかってないわね、王城大志。生まれ持った美しさは、女にとって呪いなのよ。それを武器に変えないと、周囲や取り巻く世界に自分の心を殺されてしまうくらいのね」
烈火のごとく、一華は止まらない。
「誰も、好きでこの顔と身体に生まれたわけではないわ。最初から持たされた、過ぎた美貌はね、ただの呪いでしかないのよ。あなたのような人間に目を付けられることになる」
しかし王城は一笑に付した。
「ふん、何が呪いだ。幸運ではないか」
「一生わからないでしょうね、あなたには」
何もかもに疲れたという顔でため息を吐く一華。
王城の興味は再び久丈へと向けられる。
「しかし解せんな。なあ最上久丈。貴様、隣にこんな良い女がいるのに、なぜ自分のものにしようとは思わんのだ?」
答える義務はない。そう思った。だが話す義理はあったかも知れない。
一華を傷つけた、せめて百分の一でも返さなければと、ひょっとしてそう思ったのかもしれない。気が付いたら喋っていた。
「僕には好きな人がいました」
「……!」
驚いた様子で振り向く一華は視界の
「どこのどいつだ?」
だからお前に答える義務はない、と久丈は思う。けれど、
「葉桜冠装学園、一年A組、出席番号3番、」
せめて一華には、きちんと伝えなければ。
久丈は隣で息を呑むお嬢様を見て、告げた。
一華に告げた。
「僕が好きだったのは、永水瑛美です」
何かを話そうと動いた彼女の口が、けれど何も言わずに閉じられた。久丈は心の内でそっと答える。「まだ?」と聞かれた気がしたのだ。
――ごめんなさい。まだ、気持ちの整理がつけられません。
「……永水? 永水瑛美だと? あの永水家の長女の?」
予想通りに王城が食いつく。久丈は『全てを諦めて』息を吐き、そうです、と頷いた。
「貴様、まさか知らされていなかったのか? いつまで?」
「――母が死ぬまで。高校に上がる、三ヶ月前まで」
何か考える素振りの王城。やがてうなずいて、
「ふむ、なるほどな。合点がいった」
「……どういうこと?」
話が見えない一華が尋ねる。久丈が口を開く前に王城が言った。
「なんだ一華。お前は知らないのか。聞いてはいないのか? 永水瑛美とこの男の関係を」
「幼馴染とは、聞いているわ」
それ以上を聞こうとして、王城達が来たのだ。そいつが答える。
「そうではない。いや、実はそうではなかった。その男は高校に上がる三ヶ月前――つまり、今からつい半年前まで、永水家にそう騙されていたのだ」
久丈の事情などたいした興味もないのだろう。疲れた様子でこともなげに王城は解説する。永水の本家であり、この『
久丈の傷を。
「その男の本名は、『永水久丈』だ。永水家現当主の妾腹で、母とともに永水家を追い出され、最上と名乗るようになったのだ」
あ、と隣のお嬢様が声を出す。すべて繋がった、そういう声だった。
だから言ったじゃないですか、と久丈はひっそりと思う。告白する前に終わったんだって。
失恋したって。
「永水瑛美は、最上久丈の、腹違いの妹だ」
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