4-3
「うわあぁあああああん! ジョーくぅううううううん! 負けちゃったよおおおおおお!」
瑛美がギャン泣きで飛びついてきた。帰宅した主人に突撃してくる仔犬みたいだと思いながら久丈は受け止める。
「ドンマイ。よく頑張ったな」
よしよし、と頭を撫でてやる。
試合が終わった瑛美と絵理沙が談話ルームに帰ってきたと思えば、久丈の姿を認めた瑛美が泣きながら抱き着いたという次第である。
「悔しいよおおおおおおおおお! 悔しいよおおおおおおおおおおおおお!」
想いを隠そうともせず泣きじゃくる瑛美。ネガティブな感情を溜め込まず、まっすぐに吐き出せる幼馴染を久丈は少し羨ましく思う。その横で「お疲れ様」と労った一華が絵理沙に、
「あの、これって毎回こうなの?」
「ええ、瑛美はだいたい負けると、こうです」
「ジョーくんがいないときは?」
「私に抱きついて来ますが、極稀ですね。公式戦ではたいてい最上がいます」
「あらそう……」
人目もはばからず久丈に抱き着いて泣き続ける瑛美を指差しながら、でも、と絵理沙が補足。
「心配ご無用です。すぐに済みますから」
言うとおり、それから三十秒もしないうちに瑛美は泣き止み、あー、と久丈の胸から顔を離した。実にスッキリしている。
「負けちゃった」
「瑛美、反省会はどうするのかしら?」
事務手続きといった風情で尋ねる絵理沙。
「やるよー! 一華お姉さまもいらしてください! 決勝戦で戦うんですから!」
「ええ、ありがとう。そうさせていただくわ」
ジョーくんが参加することは決まりきっているから誘いもしないのね、私のパートナーなのに、などと考えていることは微塵も表に出さずに、一華は優雅に微笑んだ。
照明のない喫茶店『サンクチュアリ』にて。
「瑛美と絵理沙の戦術はうまくいっていたと僕は思う。しかし相手はその上を行っていた。具体的な敗因は何だろう」
テーブル席に座った四人がコーヒーと紅茶と大きなオレンジパイと苺のホールケーキを前に反省会をしていた。久丈の隣は無言の争奪戦が繰り広げられた結果、負けたばかりで本心ではきっと落ち込んでいるであろう瑛美に一華が譲る形で決着を見る。お嬢様方は当然のごとく動こうとしないので、久丈がパイとケーキを切り分けて皿四枚に配りながら話を促した。
「絵理沙はどう思う? 戦場にいて、後方で戦いを見ていたプレイヤーとして」
「そうね……。フレア・ロールで瑛美の魔力が底をついたわ。魔法の使えない『聖騎士』はただの剣闘士レベルよ。ということは魔力不足、ひいては『熟練値』の低さが敗因かしら。もちろん瑛美だけではなく、私も含めての話だけれど」
さりげなく一番大きいピースが乗った皿を引き寄せながら絵理沙が考えを口にする。なお今後彼女が口にするのはパイとケーキと紅茶だけで、食事が済むまでいっさい言葉は発しない。
反論するのは前衛だった瑛美だ。
「いや、そんなのわかってたことじゃん。こっちの読みが浅かったんだよ。まず、『再生が追いつかないほど殺しきる』ってのは不可能だった。次に、あの初見殺し――」
ちら、と瑛美が久丈を見る。彼は何も気にしていない素振りでケーキにフォークを入れながら、瑛美の言葉を待っている。
「――『勇者』」
その単語に場は沈黙する。四人が一斉にカップを口にした。
「とりあえず、『瞬間再生』についてわかっていることをまとめると、半永続的魔法で術者を再生させる、術者を灰にしても再生する、魔法であることに変わりはないはずだから魔力がなくなれば再生はしない、はず」
一華が引き継いだ。
「技能扱いではないでしょうから、魔法ではある、はずよね」
「だから一華お姉さまは魔力切れを狙ったんですよね」
「現状、対策としてはそれしか無さそうね。『魔法封じ』も通じなったことですし」
第二試合で、王城たちの対戦相手が『魔法封じ』を使用した。おそらく切り札だったであろうその最高位の『魔法封じ』魔法は、タイミングもばっちりで相手の虚を突き直撃させたが、王城の再生は止まらなかった。
「コスト5の『
最後にとっておいた苺を食べて、久丈は言う。
「でも、瑛美たちの狙いは良かったはずだ。王城が灰になるほどやられたから、あの変身が起きたんだろうし」
瑛美がじっ、と久丈を見た。「その単語を出してもいいの?」と目が言っている。思わず苦笑して、
「あんまし気にすんなよ。対策にならないだろ」
「だって、」
「いいから。『大魔導師』が何らかの方法で『勇者』に変身できる。それはわかった。じゃあその条件はなんだ? そして『勇者』に勝つためにはどうすればいい?」
「――『覚醒』ね」
久丈の向かいに座る一華がカップから口を離す。久丈と瑛美は初めて聞く単語だった。
「熟練値を最大にまで上げると更に特異能力が生まれることがあるの。それが『覚醒』。王城が瑛美さんに言った「熟練値を上げるにも限界がある」という本当の意味はそれでしょうね」
「そんなの、どこにも、」
「ルールブックには書かれていないし、ネットでもほとんど見ないわね。暇な誰かが消して回っているのかも。『逆流』と同じ扱いなのよ。都市伝説レベルね」
「その条件はわかりますか? 一華先輩」
あ、ジョーくんに久しぶりに声を掛けられた、と内心でキャーキャー喜ぶのをおくびにも出さず、優雅なしぐさで自信満々に威風堂々と答える一華。
「さっぱりわからないわ!」
久丈の落胆した目で見られてゾクゾクしながら、なおも一華は続ける。
「でも、そうね。さっきジョーくんが言った通り、『瞬間再生』が追い付かなくなったから変身した、と考えるのが自然でしょうね」
瑛美が首を傾げる。
「そうすると――まず魔力切れを狙い、それが無理なら再生が追いつかないほど殺しきるってこと?」
「そりゃ無茶だな。――一華先輩、そもそも僕達で魔力切れを狙えるんでしょうか?」
「やってやれないことはないわ」
「でもジョーくん。『勇者』の能力がわかんないんだから、変身される前に殺すのがいいんじゃないの?」
「いやいや待てよ。もし魔力切れでも変身したらどうするんだよ。『瞬間再生』が追いつかなくなることだけが変身のトリガーとは限らないだろ」
あら、と一華が疑問を投げた。
「するとジョーくんは、『勇者』と戦うことも視野に入れた方が良い、というわけね?」
言葉に詰まる久丈。自分がどうして即答できないのか。考えるまでもなく理由がわかって、嫌になる。
「そうです、僕は、」
一華がかぶせる。
「あなたに『勇者』が倒せるのかしら。憧れていたのよね? なりたかったのよね?」
「ちょ、ちょっと一華お姉さま、」
止めようとする瑛美。静かな眼差しで久丈を見つめる一華は、彼の言葉を待っている。久丈はこれを、試されているだとか、疑われているだとか、いっさい思わなかった。
ただ、信じられていると感じた。
「倒します。もしそういう場面があれば、僕が『勇者』を倒します」
――かつて夢見たクラスを、自分の手で殺します。あなたを助けるために。
口には出さなかったその決意を、一華はちゃんと受け取って、
「ありがとう、ジョーくん」
心の底からそう言った。そうして申し訳なさそうに笑う。
「ごめんなさい、嫌な言い方をして」
「いえ、当然のことです。僕は先輩のパートナーですから」
二人の会話を聞いていた瑛美がどこか遠くを見るように久丈を呼ぶ。
「ジョーくん……」
振り向いて答える久丈は笑顔だ。
「気にするなって」
「……うん」
ぱく、とケーキを食べる瑛美。口に広がる生クリームの甘さで強引に気持ちを吹っ切って、
「それで、『勇者』に勝てる算段はありますか? 一華お姉さま」
一華は頷く。
「あるわ」
テーブルでは相も変わらず絵理沙がパイとケーキを食べていて、一華は『対勇者』について話している。以降は断片的なその会話だ。
「――双刃にはこんな言い伝えがあるの。『道化を演じ、道化と踊るものだけが、勇者となりえる』。私はジョーくんの『道化師』が『ジョーカー』だと確信している。だから――」
一華は話し続けている。皿からまた一ピース、パイが消える。
「――『勇者』にしか使えないとされている煌星系魔法。けれど、『勇者』にできることは本当にそれだけかしら。私はそうは思わないわ――」
一華は話し続けている。皿からまた一ピース、ケーキが消える。
「――ジョーくんは『
一華は話し続けている。皿からすべてのパイがなくなった。
「おそらく次の準決勝で、ジョーくんの『熟練値』が上限に達する。つまり――」
皿からすべてのケーキもなくなって、絵理沙が店員にモンブランを単品で頼んだ頃、
「そ、そんなことできるんですか!?」
「信じられないですよ一華お姉さま!」
と一華の話を聞いた久丈と瑛美が同時に驚く。絵理沙はその声にびっくりしてわずかに浮き上がり、一華は隣で微笑んだ。
「すべて仮定の話だけれど、これなら『勇者』を破れるでしょう?」
「そ、それはそうですけど……」
「一華お姉さま、その作戦、本当にうまくいくんですか? いくらなんでも
困ったように笑う一華。
「そうね。『熟練値』はともかく、最後のピースがどうしても足りないのよね」
「ジョーくんはどう?」
問われた久丈は考える。一華の提案した作戦は何もかも綱渡りで博打にもほどがある。でも、
「王城の『瞬間再生』と『勇者変身』を破るには、これしかないと僕は思う」
「そうじゃなくて、できると思うの?」
息を吸って、吐く。確信している。一華が言った『最後のピース』をすでに自分が持っていることを、久丈自身は知っている。それは瑛美に気持ちを告げられないあの忌まわしい理由と同じだ。
絵理沙が見ていた。射殺すような視線で、絵理沙が久丈を見ていた。わかっている。言わないし、言えない。伝えないし、伝えられない。
久丈が言った。
「僕は、できると思う」
わずかに驚く瑛美。しかしすぐに頷いて、
「そうなんだ……。わかった。ジョーくんがそう言うなら、ボクは何も言わないよ。戦うのはジョーくんと一華お姉さまだからね」
久丈の確信を持った言い方に、一華が首をわずかに傾げたのを、モンブランを食べ終えた絵理沙だけが気付いていた。
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