4-2
瑛美が
この
目の前の敵を倒す。
それだけである。
後方に待機するパートナーの絵理沙が、コスト1『
瑛美は思う。
逃さないけどね。
――響け轟け光条の蛇。大気を斬り裂き大地に刺され。天なる雷神、御身の無双を我が前に!
反応はできない。晴天の草原フィールドに突如として無数の
両者の間合いが消し飛ぶ。十二歩、七歩、四歩、
くい、と王城が左手首をわずかに上げたのが見えた。本能に従って瑛美は猛加速する。
瑛美の背中で大爆発が起きた。
流れる時間がゴムのように伸びる。一秒が一分にも一時間にも感じる。
呪文を詠唱していたのは瑛美だけではなかった、当たり前だろう、後方の絵理沙は死んだかもしれない、咄嗟に突撃の速度を上げて助かった、一歩遅ければ巻き込まれていた、その一歩が相手の誘いであることに瑛美は気付く、爆発の衝撃波が瑛美の背中を押し、無理な体勢で加速した身体は隙だらけで、王城の両刃剣が見事なまでにぴったりと振るわれていて、
その全てを、知ったこっちゃない、と瑛美は凄惨に笑った。
聖騎士のマントが踊る。
それ自体が
爆風に晒されながら、どっちかな、と瑛美は考える。王城の肉体が粒子へと変換され始め、すべて消え去る前に瑛美の魔法剣は魔道士の頭をさらに貫いた。こっちか。
王城の『瞬間再生』が始まっている。頭と胴体が分断された場合は頭を起点にして肉体が再生されるらしいことを見極めた瑛美が、王城の首から下に極小キューブが集まりひとの形になっていくその前に眉間へ剣を突き刺していた。痛覚値ゼロの王城がホラー映画よろしく冷静に瑛美の魔法剣を目で追うが、瑛美はその瞳ごと頭を横に両断する。巻き起こる爆風のなか、シルフのマントを纏った聖騎士の剣閃が嵐のように吹き荒れて魔道士の首を切り刻んでいく。
その結果が、これである。
すでに原型を留めなくなった肉塊がそれでも再生しようとキューブを発生する。伸びた時間は元の流れに戻りつつあり、そして瑛美は呪文を唱えた。
――燃えよ精霊サラマンドラよ。集え高まれ我が元に。その炎は我が
人間三人は飲み込めるほど巨大な火の玉が瑛美の向けた掌に生まれる。キューブがきゅるきゅる、と固まって頭、額、まゆ、耳、目、ほほ、鼻、口まで再生された王城を情け容赦のない爆炎が飲み込んだ。青白い光が弾けて敵を滅却すると、熱と衝撃が爆風となって辺りに奔る。
爆煙と粉塵で視界がきかなくなる。巻き込まれないよう下がった瑛美が目の端で情報を見た。『
――ズルなんじゃないの。
さすがにそう思う。『瞬間再生』に対し、『再生する間もなく殺す』という方法で勝とうとした瑛美であったが、まさか塵一つ残さず燃やし尽くしたところからでも再生するとは思わなかった。吸血鬼だってここまで不死身じゃない。いや、そんなのは現実にいないけど。この世界に魔術師はいても魔物はいない。いるとしたら眼前の「王城大志」という名の化け物だ。
ふぅ、と息を吐いて魔法剣を握り直す。
頬を撫でていた熱い風がやむ。視界が開ける。瑛美はもう一度奔り、
「――え?」
しかし王城はいなかった。
絵理沙の叫び声。
「後ろっ!」
左腕がくるくると舞う。風の刃。通り過ぎていく。円形の小盾を装着したまま宙に飛ぶあの左腕は瑛美のそれだ。だがぎりぎりで回避が間に合った。絵理沙の声で咄嗟に右へ飛んだ瑛美は、なおも襲いかかる斬撃を振り向きざまに魔法剣で弾く。片腕くらいくれてやる。右手一本で迫り来る
補助魔法の効果が切れた。
身体が重い。思い出したように左手に激痛が走る。
風が右足首に通り抜けた。予感、逡巡、葛藤、一秒後に訪れるであろう激痛、斬られた、痛覚値をゼロにしたい、だめだそんなことをしたら負ける、せめて10から5に、
「あぐっ!」
右足をやられた。痛覚値を5にしたおかげで痛みは抑えられたが、地べたを転がり回る感覚すら遠い。軽い麻酔をかけられたように肉体の実感が薄い。上体だけで振り返る。敵が見えた。『聖騎士』の目には飛来する風の刃が視える。膝立ちになって斬撃を凌ぐ。絵理沙との距離はあと十歩程度で、彼女が復活するまであと七秒。立ち上がれ。敵が近付いてくる。『神官』の魔法で回復して貰えば自分はまだ戦える。立って走れ。敵がすぐそこまで来ている。
見たことのない姿で。
いや――よく、知っている姿で。
さんざん教科書で見た姿で、そこに敵が立っていた。
「敬意を表する」
右手には魔法剣と思しき騎士剣。左手には大きな盾。身にまとうは聖騎士と似た西洋甲冑ではある。しかし自分のそれよりも更に洗練され、何よりも胸に刻まれた『鷹翼』の紋章。
「よくぞ俺にこの姿を取らせた」
かつて魔術大戦を収めた伝説の魔術師――『勇者』が、そこにいた。
「なんで……それを……」
戦闘中であるにもかかわらず、瑛美は呆然と尋ねていた。
『カード
高校を含むアマチュアでは、『勇者』はいないはずなのだ。
それが、なぜ。
「答えると思うか?」
特異能力『瞬間再生』を見せたせいでここまでの劣勢を強いられた王城が、にやりと笑う。この奥の手があったからこそ、『瞬間再生』までは見せてやったと言わんばかりに。
『
この変身は『聖域』が、ひいてはかつての『勇者』が認めた行為だ。
「見事だ、永水瑛美。さすが我が王城の分家である。だが惜しかったな。一年生では、熟練値を上げるにも限界があろう」
勇者へ
「終わりだ」
我に返る瑛美。絵理沙は復活しているが回復は間に合わない。左足で踏み込み魔法剣で斬撃を見舞う。大きな盾で防御され、切り返そうとしたとき、眩い光が瑛美を飲み込んだ。王城が荘厳に唱える。
「――
上空で何かが起きた。
とにかく眩しかった。目が開けられないほどの光量が瑛美に襲い掛かり、次いで全身が燃えていることに気が付く。息ができず、顔を上げることも叶わず、真っ白に埋め尽くされた視界に、燃えて溶けて灰になる右手の影だけをわずかに捉えていた。次の瞬間、意識が途絶えた。
地上に太陽が生まれたかのようだった。
かつて、とある『舞踏剣闘士』が使用した
ひとつ、『神官』・九院絵理沙のカード。
ひとつ、『聖騎士』・永水瑛美のカード。
そして『勇者』・王城大志が、掲げた剣をゆっくりと降ろす。
――ごーん、ごーん、ごーん、
と大きな鐘がどこからともなく三つ鳴って、試合終了を告げる。
王城&蘭子ペアが、準決勝戦へ駒を進めたことを意味する鐘の音だった。
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