第四章 学期末公式試合《トーナメント》
4-1
トーナメント中の二週間は全ての授業がなくなり、生徒たちは選手として試合に臨む。
携帯デバイスに送られてきたトーナメント表を見て、久丈はぶるり、と震えた。夥しい数の選手名、双刃一華&最上久丈の文字を探すのに手間取りつつ、これだけのプレイヤーが自分たちのライバルなのだと実感する。途中で瑛美と絵理沙の名前を見つけて別ブロックでホッとして、王城は当然のごとくシードでこれまた別ブロック。決勝まで行けば、直接対決になる。
王城たちは決勝まで行くのだろうな、と久丈は思う。
ならば、途中で負けてなるものか。三ヶ月の特訓の成果を見せる時だ。今日の一回戦、全力で、勝ちに、
「ジョーくん、震えているのかしら?」
隣に座る一華が顔を覗いてきた。転送室に二人きりである。
「緊張してる?」
「……してます」
「あら可愛い」
にっこり笑われる。
「高校に入って最初の公式戦ですから、そりゃ、」
「大丈夫よ、心配しないで――私がついてるわ」
あまりにも自然に久丈の手を自らの胸に導く一華。ぷにょり、と豊満なその形が変わる。制服の上からでも柔らかい。全力で引っ込めた。
「ひひひ、」
「日日日? 晶? 火火火? 火炎?」
「人が緊張しているというのに!」
「そうよね。固くなってるのよね」
「一華先輩が言うと卑猥に聞こえます!」
「そろそろ時間よ? 準備しましょう」
またも変態に仕切られた。癪だ。
一華に続いて久丈も立ち上がり、カードを出現させて
「ねぇ、ジョーくん」
久丈の腰に腕を回し、密着してくる一華。彼女のぬくもりと桃の香りが久丈の体温を上昇させる。ドギマギしているのを悟られないように答えた。
「なんですか離れてくださいなんですか離れて」
「ありがとう、本当に」
「ど、どうしたんですか、いきなり……」
カウントダウンが始まる。初戦の相手は三年生『竜騎士』と二年生『召喚士』のガールズペアだ。学内ランクは低い方だがもちろん油断できない。
「こうして誰かと一緒にトーナメント戦に出られるなんて、三ヶ月前の私には――いえ、この二年間ずっと思わなかった。あなたのおかげで、私は最後のチャンスを貰えたの」
試合場へと転送される。二人の身体が粒子となって部屋から消える、その直前に、
「――最後じゃ、ありません」
久丈は言った。
「ここがスタートです」
一回戦が始まった。
『
「――『
最高位の補助魔法によってレベルの引き上げられた道化師の手品は、子供だましではなく場にいる全てのものを騙り、まやかし、惑わせていく。飛竜がその大きな口でばくんとまるごと飲み込んだはずの久丈は花となって散らばり、さらにその花びら一枚一枚が鳩となって飛び立てば、驚きで動きの止まったコスト2召喚士の目前に舞い降りて久丈へと姿が戻る。声を上げる暇すら与えない。仕込み杖を抜きざまに切り払ったその首から架空の鮮血がほとばしり、相手ペアは残り4コストとなる。二秒間だけ。
召喚士が死亡したことにより飛竜が消えた、その寸前、竜の頭を蹴って双剣を携えた一華が竜騎士に襲いかかっていた。自慢の
マジックLV.1
・鳩
・花
そして『瞬間移動』。竜騎士に頭上を取られた時点で予めカードをくわえた鳩を飛び立たせており、攻撃を受ける直前に自分とカードを『瞬間移動』させて位置チェンジ。一試合に一度しか使えない大技も、『ダンス』によるレベルアップで複数回の使用が可能になる。飛竜に食べられれば花になり、花びらが散れば鳩になり、初見の『手品』に瞠目する召喚士の彼女にはいじわるな種明かしと安らかな死を贈る。
ただのコスト1ではない。
レア度S++のコスト1なのだ。
そして、最上久丈と『道化師』は『夢に見るほど逆流する』相性の良さである。
熟練値がバカみたいに上がっていた。かつて久丈が中学時代すべてを賭けてつぎ込んだ魔法剣士へのそれを軽く凌駕するほどの熟練値が、初めてたった三ヶ月の道化師に備わっていた。
試合終了を告げる鐘が三度、鳴る。
「ジョーくん」
振り返る。一華が満面の笑みで片手を上げている。
「一華先輩」
その手のひらを、思いっきりひっぱたいた。ぱぁん、と小気味いい音が戦場に響く。
最上久丈は一年ぶり。
そして双刃一華は実に三年ぶりの、公式戦勝利である。
「ジョーくん、一華お姉さま、一回戦突破おめでとー!」
クラッカーが鳴り響く。くす玉が割れて紙ふぶきが舞う。それを見た久丈の手品師スイッチが入っては、室内用の小さな打ち上げ花火が久丈の手からぽんぽん咲いた。
久丈の寮部屋である。さすが特待生扱いだけあって妙に広く、中央にあるテーブルが小さく見える。その上に今は所狭しとスナック菓子やらジュースやらピザやらケーキやらが置かれていて、ごちそうを囲むのは男子一人に女子三人とかしましい。内訳はとうぜん、久丈に一華に瑛美と、これは珍しく絵理沙までいる。
初日に試合のあった久丈&一華ペアの、ささやかな
「おめでとう二人とも! 明日はボク達の番だから! ね、絵理沙!」
「…………ええ」
マルゲリータピザをくわえていた絵理沙が無表情で頷いた。
瑛美が久丈に、
「すごかったよジョーくん! 手品でも戦えるんだね!」
「アレでもいちおう『冠装魔術』だからなぁ。魔法じゃなくて技能扱いなのが謎だけど」
「そのおかげで使えるんだから良かったじゃん!」
「そうだな。珍しくて誰もあんなクラス知らないし。でも、」
一華が口をはさむ。
「これで『道化師』が戦えることが他のプレイヤーにもわかったでしょうし、もう初見殺しはないわね」
瑛美が言う。
「そうですよー。取っておけば良かったのにー」
一華が苦笑するのは、瑛美の正論がもっともであるのと、自分達の気弱さが原因だ。
「そうね。でも私達、久しぶりの公式戦だったでしょう? 一回戦って何が起こるかわからないのよ。思わぬところで足を掬われたりするから、全力でいきたかったの」
「あー」
「あー」
久丈と瑛美がやけに実感を伴う感じでなるほど、と口を揃えて、
「最上は中学最後の公式戦、一年生相手に一回戦負けしたものね」
地雷を踏んだ絵理沙が何事もなかったようにピザに手を伸ばした。牛カルビ炭火焼肉ピザを、それもなるべく肉が乗っているピースを狙っている。むしろこっそりかき集めている。
「ま、まぁ、そういうこともあるかも知れない、ということよね? それに、あそこで勝負がついたのは幸運だったわ」
場を取り直す一華に瑛美が質問する。
「どういうことですか? お姉さま」
「ふふ、自慢するわけではないけれど、私とジョーくんの連携はまだまだこんなものではないのよ。次はもっとお客様を驚かせてみせるわ! そう、私たちは――世界を驚かせるクラス・プレイヤーなのだから!」
両手をばっと広げる一華は完全に舞台女優になりきっている。見せるシーンは感動のクライマックスだ。逆流による錯覚が万雷の拍手とスポットライトを彼女に浴びせる。
「お姉さま、趣旨、変わってませんか」
「双刃家長女の……ていうか、
「それはあなたもでしょう、最上。花火を打ち上げるなんてずいぶんと変わったものね」
「ほっとけよ絵理沙……ってお前ひとりで食い過ぎだ! 何人前あると思ってる!」
「あー! 本当だ! ダメだよ絵理沙ボクも食べるっ! うわぁお肉がないっ!?」
「ふふ、賑やかねぇ」
男子一人に女子三人のやかましいパーティーは、テーブルに山と積まれたスナック菓子とLサイズピザ四枚とホールケーキを食い尽くし、それでも足りずに中華屋に電話してチャーシュー麺と味噌ネギラーメンと担々麺と冷やし中華と餃子八皿に炒飯四人前、とどめに青椒肉絲と麻婆豆腐を二人前ずつ出前注文して「満漢全席~!」とはしゃぐ幼馴染三人組に一華がやや引きつつも微笑ましく見守ったところで終了した。もちろん完食し、腹八分目だね、まぁこんなところだな、明日も試合があるしと、さも自制が効きますと言わんばかりに頷き合う彼らに、一華が疎外感を覚えながらも決してこの中に入ってはいけないし入りたくもないと相反する感情を得たところがその日のクライマックスである。
翌日。
王城大志と並んで、『時期勇者』と一年生ながら名高い永水瑛美は、中学全一を果たしたパートナー九院絵理沙と共に、一回戦を秒殺の瞬殺の圧勝で飾る。
久丈と一華も、対策を練ってきた対戦相手に奇策と手品と一華の実力で二回戦を突破。
四人は順調に勝ち進み、決勝へと駒を進めていく。
そしてまた、王城&蘭子ペアも地力の高さによる正攻法と『瞬間再生』で危なげなくトーナメントを勝ち上がっていた。
葉桜冠装学園の学期末公式試合では、八つに別れた各ブロックにて決勝が行われ、そこでの勝者、八組十六名が決勝トーナメントへと進出できる。
その決勝トーナメントも半分以上が消化された。久丈&一華ペアは『
瑛美&絵理沙の一年生ペアが挑むその試合は、今期トーナメントでの事実上の決勝戦と噂されている。
対戦相手は、学内ランク一位ペア。
王城大志と、蛇空蘭子である。
まさか、と久丈は思っていた。王城と瑛美が、自分達より先にぶつかるなんて。
幼馴染である瑛美や絵理沙にはもちろん負けて欲しくない。また四人で決勝進出おめでとう晩餐会を開きたい。会場は「肉の万雷・オーバーフロート一番街店」の予定である。
ましてや、
王城ペアが勝ち抜けずにここで負ければ、その時点で『一華は王城よりもトーナメントの戦績が上になる』。一華が結婚せず、またクラス・トランスを辞めなくて済む。
賭けに勝つことができる。
入学式でのバトルを瑛美は見ているし、王城の特異能力『瞬間再生』だって知っている。
あいつらに負けて欲しくなんてない。
それでも、瑛美たちが勝つイメージが、まったく思い浮かばなかった。
久丈と一華が談話ルームのモニターを不安そうに見守るなか、準々決勝戦は始まった。
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