3-5
入学式から、三ヶ月が過ぎた。
寮のバイキングも良いけどたまにはファーストフードでも食べようかと一華と二人で店に入った直後、久丈が『おせっかい体質』を発揮して女の子と帽子と子猫を助け出し、早く出れば良いのに
指にざらついた感触を覚えたのは、久丈が一華と向い合ってドリンクを啜っているときだ。
見ると、助けた子猫がはむはむと久丈の指に噛み付いていた。久丈は優しくそいつの鼻を撫でてやり、紙クズと丸めたナプキンを手の中に入れて子猫の前で二回振った。興味津々な瞳の前で開いた手には一華の頼んだハピハピセットに着いていた鈴玉のおもちゃが乗っていて、転がりながら乾いた音を出すそれを子猫が追いかけ始めた。トレイから子猫が出ないように気を付ける。
それをしげしげと眺めていた一華が感心して、
「ジョーくん、ずいぶん手品が上手くなったわね」
「へ? あ、無意識でした……」
言われて初めて気が付いた久丈が、はっとして顔を上げた。子猫が久丈の手の中にある鈴玉に食らいつく。
「逆流の影響ね。相性が良くなっている証拠だわ。熟練値もどんどん上がっているし」
女の子を助けた後で店内に留まったのも、そのせいであると久丈は気が付いた。一華と同系統のクラス――技能士の中でも『他人に見られることを生業とする』表現系の職業は、ついつい周囲の歓声に応えずにはいられなくなる。中学時代の久丈なら一目散に店から逃げ出していただろうに。そして手品が妙に上手くなっていることが我ながら腹立たしい。道化師を使う前はやったこともなかったのに。
「アイツの影響を受けてるみたいでイヤですね……。手癖が悪いみたいだし……」
「あれから夢には出たの?」
「いえ、一度も。おかげで毎日快眠です」
「『
本気で残念がる一華には悪いが、久丈としてはこのまま引っ込んで貰っていた方がありがたい。どうせろくでもないことを言うに決まっているのだ。何が楽しくて夢のなかでヘンテコな格好をした自分と口喧嘩をしなければならないのか。悲しすぎる自家発電だ。
などと久丈が考えていると、
「明日からトーナメントが始まると言うのに、ずいぶんと余裕なのね」
ふいに声を掛けられた。葉桜冠装学園の制服を着たサイドテールの少女が、ハンバーガーやポテトで山盛りになったトレイを持って無表情で立っていた。
「あ、絵理沙」
友人だった。仲も良いし世話になっているのだがお互いのタイミングが合わなくて滅多に会えない、レアキャラみたいなやつだった。
「奇遇だな。っていうか久しぶり。中学の卒業式以来か?」
九院絵理沙。王城家の分家筋である九院家の次女であり、魔術名門家のお嬢様であり、小さい頃から瑛美の付き人みたいな立場であり、久丈のもう一人の幼馴染である。
彼女はちらりと久丈を見ると、一華に向き直った。相変わらず表情に乏しい。
「そうね、久しぶり。一華お姉さまも、お久しぶりです」
「お久しぶりね。あなたたち、お友達だったのね」
「え? 一華先輩、絵理沙を知ってるんですか」
「お姉さま、隣よろしいですか」
「ええ、どうぞ?」
久丈が驚く間にも、一華の隣に座る絵理沙。
「……いただきます」
そしてもくもくとハンバーガーを食べ始めた。
「……」
「……」
喋んねぇのかよ。
「相変わらずだな、絵理沙……」
幼馴染は無機質な瞳で久丈を見ながらハンバーガーを小さな口で品よく食べる。ごくん。
「食事中に喋るものではないわ、最上。お行儀が悪いというものよ」
「いや、お前いつも食べながら喋ってんじゃん。適当いうなよ」
「いま私はこの超極上テリヤキダブルバーガーとイカリングとチキンナゲットと期間限定ふんわりドーナツを食べるのに夢中なの。静かにしてくださる?」
「はい……」
ふふ、と一華が笑う。
「絵理沙さんはお変わりないようね。美味しい?」
イカリングを端から回すようにパクパクと食べて、絵理沙は頷いた。
十数分後。あの山盛りを綺麗に平らげた絵理沙が「……ごちそうさまでした」と息を吐いた。相変わらず感情に乏しい顔をしているが、心なしか満足気だ。余談だが、瑛美もメチャクチャよく食べる。久丈たち幼馴染三人は揃って大食らいである。
で、と久丈が話を戻す。
「絵理沙はどうしてここに? 珍しいじゃん」
「そうね、トーナメントが始まるから、その前にきちんとご挨拶をしなければと思って。高校に上がってから、一華お姉さまにも最上にも会っていなかったし」
「それだよ。絵理沙と一華先輩、知り合いだったのか?」
二人に尋ねるように言う久丈。一華が答える。
「双刃家と九院家は、それなりに親交があるのよ。小さい頃はよく一緒に遊んだものだわ」
「なるほど」と久丈が納得した。その彼を、絵理沙はじっと見つめる。
「どうした?」
「いえ……まだ、吹っ切れていないのね」
「――お」息を吸って、吐いた。「お前な、」
いきなりそんなことを、言うなよ。
「そして、『伝えてもいない』。それがわかればいいわ」
その言葉の意味を、これ以上なく正確に読み取った久丈は苦々しく呟く。
「言えるわけねぇだろ……」
「そうね」
沈黙。それが一華を炊きつける。
「あらあら、ジョーくんったら幼馴染さんがいらっしゃると途端に秘密主義になるのね」
標的を絵理沙に移して、
「あなたも知っているのね。ジョーくんの想っていたひとを」
そう問われても、絵理沙は相変わらず無表情だ。
「一華お姉さま、私は今回のトーナメントに、永水家の長女・永水瑛美とペアを組んで出場いたします。対戦の際は、なにとぞお手柔らかに」
「ええ、全力でお相手するわ。ジョーくんと一緒にね」
優雅に笑みを浮かべて、正反対の返事をする一華。
失礼します、と絵理沙が立ち上がる。久丈を一瞥するのを忘れない。トレイを持って去っていった。
久丈の指に繋がれた風船がふわふわ浮かび、どこに行っていたのか子猫が帰ってくる。
「やっぱり、手強そうね。ジョーくんの幼馴染さんたちは」
「中学全一ですからね。途中であいつらと当たらないと良いのですが」
苦笑する一華。
「そうじゃないわ……まぁ、良いけれど」
そうじゃないんだろうな、と久丈も思う。絵理沙が『伝えてもいない』と言った意味。席を立つときの、あの目――決して伝えてはいけない、と絵理沙が視線で釘を刺してきたそれは、どちらに対しても、だ。
瑛美にも、一華にも、伝えてはいけない。
久丈が抱えていた想いと、告げられない理由を、どちらにも伝えてはいけない。
一華が久丈を見ているのを、彼は気付かない――ふりをする。その目がどれだけ寂しさをたたえていても、それに応えるだけの整理がついていないから。今はまだ。
様々な想いを抱えて、そしてトーナメントはようやく始まるのであった。
一華と久丈の運命を、賭けて。
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