3-3


 その後も久丈たちは模擬戦を続けた。


 S++レアの能力がただの手品でしかなかった、そのショックを引きずりながらも久丈は一華とのコンビネーションを訓練する。さすがに『道化師』だけあってトリッキーな動きがしやすい。動作の根っこが『武』ではなく『舞』にあるようで、一華のダンスに合わせやすく、その点は『新兵ルーキー』よりも優れていた。


 瑛美の聖騎士に二人がかりで斬り込んでいく。一華が正面で、久丈が横合いから。踊るような剣捌きで一華が幻惑すれば、久丈もまた不可思議な動きで瑛美の隙を突いていく。王城を相手取った試合よりも数段、連携が取れるようになった二人は、近距離も強い聖騎士から有効打を何本か取っていく。瑛美も瑛美で、奇妙な連携攻撃を見せる敵との数的不利な闘いを楽しみつつ、久丈を必要以上にキルしていたりした。肺を潰して腹をかっさばいた後に心臓を一突きして念入りに首を撥ねた。


「……瑛美さん、僕になにか恨みでも?」


「お姉さまと組んだことを恨んだりなんかしてないよ?」


「さいですか……」


 心の痛覚値もゼロにしたいと本気で思った。


 練習場の使用時間が終わり、日もすっかり落ちて、本日は解散となる。三人揃って不必要なほど巨大な校門をくぐった。海岸沿いで山あり谷あり川ありの広大な学園を一歩出ると途端にネオン溢れる繁華街が広がるのは、いつ見ても魔法のようだと久丈は感じる。


 瑛美はここで別れるようだ。ペアを組むもう一人の幼馴染、九院絵理沙くいん えりさと約束があるらしい。久丈も着いていこうとしたが「女子会だから!」と断られた。少しだけ寂しい。


 瑛美が一華に向かって叫ぶ。


「一華お姉さま! ペア練習するのは良いですけど、手ぇ出すのはダメですからね!」


「あらあら、うふふ」


「ジョーくんもまた明日! 一華お姉さまに手ぇ出したら殺すから! じゃーねー!」


「ああ、僕は殺すのな。絵理沙によろしく言っといてくれ」


 手を振って元気よく走っていく瑛美の背中を眺めつつ、久丈は隣にいる先輩に問い詰める。


「手を出すな、って言われたのに、笑ってばかりで何も答えませんでしたね?」


「あらあら、気が付いちゃったかしら?」


 油断ならない。


 並んで歩く久丈と一華。久丈の寝泊まりする飯がうまい学園寮と、一華のお屋敷は近所にあって、苦々しいことに帰路も当然同じである。いやそもそも、一華は自家用車での送迎があるはずなのだが、


「やっと二人きりね?」


 繋ごうとする一華の手を久丈が華麗にかわした。歩いて帰る理由がわかった。


「さっそく手を出さないでください」


「もう! スキンシップはダンスに大切な要素なのよ?」


「それはそれ、これはこれです」


「ジョーくんの、いけずぅ」


「身体をくねくねさせてもダメです」


 くそ、デカイ胸が揺れて腰も太もももめっちゃエロい、と思っていることは微塵も出さない。


「それで一華先輩」


「なぁに? おっぱい揉む?」


「何言ってんだアンタ。そうじゃなくて、その、本当に勝てるんですか? 王城に」


 その問いに、一華の瞳が真剣な色を帯びる。


「難しいわ……。あの『瞬間再生』をどうにかしないかぎり。でも、」


 言って、久丈を見る一華。


「『道化師クラウン』を引いたジョーくんとなら、きっと勝てるわ」


 その断言に込められた自信が気になった。


「このカードを引いた時も言ってましたけど、『道化師クラウン』を知っているんですか?」


 十年以上やっている久丈でさえ、こんなクラスがあることを知らなかった。学生はおろか、プロだって使っていないだろう。一華は笑い、思い出すように答える。


「魔術名門家である双刃には、こんな言い伝えがあるの。『道化を演じ、道化と踊るものだけが、勇者となりえる』。英雄連合に祭り上げられて傀儡となり、人々に嫌気が差して世を捨てた伍勇星を『道化』と皮肉る言い方にも聞こえるけれど、今の私には運命に思えるわ」


「道化を演じ、道化と踊るもの……」


「『道化師』を演じるジョーくんと、あなたと踊る私。ぴったりじゃない?」


「それはそうですが……勇者って……」


「そして何より、私の『クラス』が言うのよ」


 妖艶に微笑んで、一華は告げた。それは一華であって、一華でない、全く異質な存在の笑みだった。


「――ジョーカーを探しだせ、って」




 『クラスそのもの』の人格と対話できるようになってしまう――そんな特殊なケースが『逆流』にはあると、久丈は噂には聞いたことはあっても信じていなかった。プロのクラス・プレイヤーでもそんなことを言っている人間はほとんどいない。いたとしても、冗談として笑わせる程度だ。


 けれど一華は言った。


「夢に出て来るの」


 『舞踏剣闘士ブレイド・ダンサー』とすこぶる相性が良く、周囲を錯覚させてしまうくらい『逆流』の影響を受けている一華は、それはある、と頷く。


「私の姿形をした、私でない『何か』が、夢で私に話しかけてくるの」


 久丈は尋ねる。


「それが「ジョーカーを探しだせ」ですか?」


「ええ。もっとも私の場合はそれしか言ってくれなくて、意味を問いただしても消えてしまうのだけれど」


 困ったものだわ、と一華は笑った。


 一華の夢に出て来る『クラス』。それが言うジョーカーとやらが、久丈の引いた『道化師クラウン』なのだろうか。


 そんなことはわからない。


 わからないが、この状況に際して久丈はその会話を思い出していた。


 久丈は夢を見ている。二日続けて高校レベルの激しいバトルを繰り返し、一華にはプロポーズされ瑛美には冷たくされ、心身ともに疲弊していた久丈は学園寮の自室のベッドで泥のように眠りながら、夢を見ている。


 荒野の真ん中で、久丈は自らと同じ顔をした、道化師の姿で佇むそいつと向かい合っていた。


「お、お前――」


 驚きおののいて指を差す久丈に、ひゃひゃひゃ、と道化師が笑う。


「よぉ半身。俺を引くとは相当『運が悪いな』、お前」


 久丈の周りをゆっくりと動き、絡むような喋り方でそいつは続ける。


「しかも俺を使いこなそうってんだから『状況も悪い』らしい。まぁ気楽に行こうぜ。やるこたぁ簡単だ。俺らの仕事は道化を演じること。観客ギャラリーを楽しませるためにいるんだから、いつも通り派手に負けりゃ良いのさ。華々しく散ってこそ盛り上がる《エンターテイメント》ってもんだろ?」


 唖然とした。


 何を言っているんだこいつは。勝つために戦わないクラス・プレイヤーがどこにいる。


「違う。僕らの仕事は相手に勝つことだ」


 しかし道化師も譲らない。このために生まれてきたと言わんばかりに主張する。


「違わない。勝負なんてどうでも良いのさ。どんな努力だって無駄になる。一握りの才能の前じゃ凡人の頑張りなんてたかが知れてる。それを思い知ったんだろ?」


 記憶を読まれたのだと、久丈は悟った。


「……違う」


「違わない。なぁに、またすぐにわかる。そのときが楽しみだぜ。なぁ、落ちこぼれ」


 そう言って道化師は消えた。荒野に取り残された久丈に風が吹く。夢のなかなのに、舞い上がった砂で口の中がじゃりじゃりとする感覚が、たまらなく不快だった。




 翌日の放課後。


 学園のほど近くにその喫茶店はある。古ぼけた看板に記された魔術文字は訳すと『サンクチュアリ』と読めて、木製の古い扉を開けるとほどよく狭い店内に漂うおアロマの香りが鼻孔をくすぐった。内装はレトロ風で落ち着いており、薄暗いのは照明の類が一切無いからだ。複雑かつ精密に計算され尽くした天井はガラス張りで、まるで洞窟に生えたクリスタルように凸凹と不均等だが、その形状のおかげで最大限に集められた屋外の陽光が、各所に配置された宝石や鏡に拡散されて店内を淡く照らしている。冠装魔術札カードを引く『聖域』を模した設計であると学生なら誰でもわかり、ここでお茶を飲めばカード運が良くなるという迷信すらある。


 その店内で一華と向かい合って座る久丈は、手にした『道化師クラウン』のカードを指差して抗議していた。


「『道化師』は使えません。こんなのと相性が良いだなんて認めません」


「でも『逆流』が出たんでしょう? しかも会話までできるなんて凄いじゃない」


「それでもコイツ、ギャラリーを楽しませるために負けろって言うんですよ!」


 一華は困ったように微笑む。


「じゃあ、クラスを変える? でもどうしましょう。昨日、あなたが引いたカードは、その『道化師』の他には何があったかしら?」


 う、と言葉に詰まる久丈。


「『新兵ルーキー』よね? 学園から配られたカードと、同じカードを引いたのよね?」


「……はい」


 昨日、久丈は学力テストの点数「400点」を対価に四回ほどカードを引いている。最初の一枚は道化師で、そこからの三枚は全て新兵だった。


「Dレアがダブるのは良くある話だけれど、全て新兵だなんて逆に珍しいわね。しかもレア度を考えなければ全部『コスト1《最弱》』じゃない。ジョーくんって本当にツキが無いのねぇ」


「ううう……」


「それで、その新兵で私と組んで、王城に勝てると思う?」


「思いません……」


 確かに先日のバトルでは良い所まで追い込んだ。だが、次回はそううまくいかないだろう。前回のような乱入と違い、こちらに久丈がいることは最初から相手にもわかっていて、対策もされる。何より致命的なのは、『舞踏剣闘士ブレイド・ダンサー』と『新兵ルーキー』の相性が良くないことだ。戦術として最も効果的なのは一華コスト5のダンスを軸にすることで、ダンスに合わせられる手持ちのカードは『道化師』しかない。一華からカードを借りる手も考えたが、そもそも彼女が『コスト1を引いたことがない』と聞いて久丈は己の嫉妬心を抑えるのに苦労した。


 では一華がコスト1のカードを使うのはどうか。どうしようもない悪手である。ここまで相性が良い『舞踏剣闘士クラス』を放棄し、二年間蓄積した熟練値を捨て去るのは下策だ。


 ゆえに一華は『舞踏剣闘士』で固定である。あとは久丈のクラスをどうするかだが、一華の予言じみた『ジョーカー』と、選べるカードがないという消去法も合いまって、選択肢はすでに無い。


 久丈の苦々しい答えを聞いて、一華が微笑む。


「どうしても嫌だと言うなら、新兵でも良いのよ? 私はジョーくんの意志を尊重したいわ」


 そんなことを言う。それは、他人に自分の方向性を決められることの辛さを知っている一華ゆえの優しさだろうが、かえって久丈の決意を引き出した。


「いえ、僕と『道化師』の相性が良いというなら、逆に捻じ伏せてやります。僕は『道化師』で戦います」


 先輩であり冠装魔術師クラス・プレイヤーとしても格上である一華にここまで慮れては、久丈も甘えてはいられない。最初にペアを組んで欲しいと頼んだのは自分の方なのだ。


 一華に手を差し出して握手を求める。


「絶対に勝ちましょう、一華先輩」


 手を握る一華が、本当に嬉しそうに微笑んだ。


「ええ、ありがとう、ジョーくん」


 固く握り合う。


 トーナメントまで、あと三ヶ月。


 そこで王城たちよりも良い成績を残さなければ、一華は『冠装魔術武闘クラス・トランス』を辞め王城と結婚することになる。


 敵は学園最強ペアで、トーナメントだから戦う相手は王城たちだけではない。対王城に特化するわけにもいかず、全試合に勝つつもりで技を磨かなければならない。学園最強ペア以上の成績とはすなわち、敵がよほどのドジを踏まないかぎり、優勝にほかならないのだ。


 手品しか能のない『道化師』で、熟練値はゼロからのスタート。


 時間はない。


 敵は強い。


 それでも久丈は諦めない。もう、諦めるのはやめたから。


 『舞踏剣闘士ブレイド・ダンサー』と『道化師クラウン』の、誰も見たことのないペアが大勢の予想を覆し、あらゆる試合を席巻する夏のトーナメントまで、あと三ヶ月である。



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