3-2


 その後も、一華の案内で校内を練り歩く三人。


 元の経験がトランス時の戦闘能力に大きな影響を与えるため、学園内には様々な施設が用意されている。


 剣道場に柔道場、弓道場とアーチェリー場はちゃんと分けられてる。空手道場と軍隊式格闘術及びナイフ訓練場は隣同士で忍者屋敷は山の上。魔術工房は川岸。魔導機械工場は騒々しいから海際だ。魔道士が魔法を使うためのイメージトレーニングは、視聴覚室の大きなスクリーンで映像を見たり、枯山水庭園で座禅を組んで瞑想したりと様々で、絵画を描いて想像力と表現力を高める者もいれば、模型を組んで想像を具現化させる力を養う者もいる。自分が楽しめるものを選ぶのが良い。一華のような芸能技能士系のために、声楽や演奏のためのスタジオ、壁に鏡が張られたダンスレッスン場に、客席が何百も設けられた大きな舞台まである。


 文化系、体育会系、ありとあらゆる施設と『部活動』が整っている。


 全ての経験は、『冠装魔術武闘クラス・トランス』へ繋がるからだ。


 この学園に通う生徒たちは、クラス・トランスのために部活を行い、また部活を愉しめば楽しむほど、クラス・トランスのプロへと近づくことができる。


 そうして、生徒たちが生身で培った経験は、クラスへ変身トランスすることで大きく花開く。


 そのための施設、大きなプラットホームのような『武闘練習場』へ、久丈たちは一日ぶりにやってきた。


 模擬戦をするために。




 空いている練習場を二時間ほど借りた久丈達。設定を非公開にすると談話ルームのモニターには映らないから、秘密の特訓ができる。しかし教職員が別のモニターで監視しているので、それを知らない新入生がうっかり『イケナイこと』をして捕まるのもこの時期特有の光景である。帝国ではタバコとお酒は二十歳からと決まっている。


 転送室へ入った三人。チーム分けを決めて、それぞれカードを用意した。


「そういや、お前は何のカードを引いたんだ?」


 久丈が幼馴染に尋ねた。


 にやりと笑った瑛美がデバイスからカードを具現化取り出して久丈に見せる。


「『聖騎士パラディン』」


 絶句した。


「コスト5、S+レア……。魔法剣士の上位クラス……。お前、またしてもそんな良いカードを一発で……!」


「いやー、運が良かったよー。はっはっは」


「くそ……その引きの良さ、呪ってやりたい……!」


 同じSレアを引いたと言ってもこっちはコスト1で向こうは5だ。圧倒的敗北感。身近にカード運の良い奴がいるとやけにムカつく症候群が発症した。めちゃくちゃ射幸心を煽られる。早く次のテスト来いやぁ! と昔の久丈なら叫んでいただろう。


「でも、ポイントがお金じゃなくてテストの点数で本当に良かったよね、ジョーくんは」


「何でだよ。お前と成績は大して変わらないぞ」


「だって、お金だったらジョーくん借金してまでカード引いてもSレア出なさそうだもん。破産しちゃうよ。あっ、ジョーくんジョーくん! これが本当の『カード破産』だね!」


「そのドヤ顔やめろや、めっちゃ鬱陶しいわ」


 久丈がヤミ金の取り立て屋みたいな顔をして、瑛美のほっぺたをぐねぐねとつねる。


 その後ろでくだらないやりとりを見ながら優雅に微笑んでいる一華が、


「二人は本当に仲が良いわねぇ。しめやかに爆発四散してくれないかしら」


 こめかみにぴくぴくと青筋を立たせてそう言った。更に続ける。


「ねぇジョーくん。ご主人様が他の女とイチャイチャしているのを指をくわえて眺めるという放置プレイにも飽きたから、そろそろ私を慰めてくださらない? 性的な意味で」


「そんなプレイをした覚えはないのですが! あと最後のやめてください!」


 瑛美が純真無垢な瞳で尋ねる。


「ジョーくん、ほうちぷれいってなぁに?」


「何でもない! 何でもないんだ! お前は知らなくても良いことなんだ!」


「お子様には早くてよ?」


 言いつつ久丈に身体を密着させる一華。瑛美を流し見るその目は挑発的だし、瑛美はいとも簡単にそれに乗る。


「おやおや? あれあれ? 一華お姉さま、喧嘩ですか? 喧嘩売ってますか?」


「そんなことしないわ。私はクラス・プレイヤーですもの」


「ですよねー! じゃあ決着をつけましょう、こいつで!」


 びっ! とカードを示す瑛美。一華も応じてカードを出現させる。


「楽しみだわ。中学全一の実力が、どれほどのものか」


「ボクもです。高校レベル、喰わせて貰いますから」


「やる気満々ですね、お二人さん……」


 勢いに押されつつ、『道化師クラウン』のカードを出現させる久丈。瑛美に確認する。


「今回は僕と一華先輩がペアを組んで、瑛美がソロで戦うってことで、良いんだよな?」


 幼馴染がムスッとしたまま答えた。


「良くないけど良いよ!」


 どっちだよ。


「しょーがないじゃんもう組んじゃったんだから! ボクだって我慢するよ!」


 瑛美が転送室を出て行く。談話ルームを挟んだ反対側に、対戦相手用の部屋があるのだ。シャッと開かれた自動ドアの前で振り返って叫ぶ。


「その代わり、バトルで爆発しますからね、一華お姉さま!」


「ええ、良くってよ。私がジョーくんのパートナーに相応しいか、あなたもしっかり見極めるといいわ」


 言われなくても! とイーッと歯をむき出しにした瑛美を隠すようにドアが閉められた。


 子供か。


 一華がふふっと笑う。


「可愛い子ね」


「はい」


「即答しないでよ」


「あ、ごめんなさい」


「はぁ……手強そうだわ」


 やれやれ、と頭を押さえる一華。


「まぁ、今は練習に集中しましょう。行きましょうか」


「はい」


 カードを持って、二人が叫ぶ。


冠装魔術クラス・トランス――再降臨リアドベンド!」


 かつての魔術兵器を別の形で再降臨させ、肉体と精神を変身トランスさせると、二人のプレイヤーを魔法陣の光が包む。


 そして転送された。粒子の残滓が、ゆっくりと消え去った。




 剣戟の激しい音が響く。


 洗練された西洋甲冑と、目も覚めるほど見事な青いマントに身を包んだ騎士は『聖騎士パラディン』へと変身トランスした瑛美だ。彼女の振るう魔法を帯びた長剣を真っ向から受け止める双刃そうじんは、同じ苗字を持つ『舞踏剣闘士ブレイド・ダンサー』、やはりきわどい衣装を纏った一華のそれである。


 コスト5最高コスト同士の熾烈なバトルは互いの特徴や長所を存分に発揮しつつ続いていた。すでに学園で二年を過ごしている一華に比べ、プレイヤーとしての経験も劣り、ついさっき引いたばかりでクラス熟練値がゼロの瑛美は当然苦しい、はずなのだが、とてもそうは見えない。むしろ、近接格闘とタイマンにおいて分がある聖騎士のステータスを活かし、一華を押しているようにも思えた。


 つばぜり合いをしつつ、互いが同時に声を発する。


――燃えよ精霊サラマンドラよ。集え高まれ我が元に。その炎は我がつるぎ、我が剣は我が魂、我が魂は汝が炎と共に!


――燃ゆる心は恋心。あなたへ捧ぐ愛の火は、わたしを焦がして離れない。それでも歌うわこの空に。あなたにきっと、届くから。


 聖騎士による『呪文詠唱』と舞踏剣闘士による『歌詠唱』が二人の間に二つの巨大な火の玉を発生させて、直後それぞれを飲み込んで大爆発した。同系統の魔法フレア・ロールによる超至近距離での撃ち合いは威力を相殺されるどころか増幅させて両者に襲いかかる。爆炎が周囲を舐めるように広がり、その中心でしかし二人の魔術士は自動回復魔法で治癒しつつ二合、三合と切り結んでいた。


 その遥か後方で、コスト5同士の近距離戦に巻き込まれてうっかり死なないよう、久丈は待機していた。姿格好はタキシードにシルクハットでどちらも黒、手にはステッキを握り、『道化師クラウン』と言うよりはむしろ――。


「どうしたものか」


 ガチでやりあっている女子二人を見て、ぼんやりと呟くタキシード男。


 とても割って入れない。どうやらあの二人は本気で、どちらが上か決めるつもりらしい。


 というか、瑛美が凄まじい。彼女は今回初めて高校レベルのクラスへ変身したはずである。それがあっという間に適応し、三年生の最高コストと渡り合っている。


「さずが中学全一チャンピオン……くそぅ……」


 同い歳の幼馴染にえらく先を行かれている焦りと悔しさが久方ぶりに久丈の胸に湧いた。こうしてはいられない。せっかくの練習の場なのだ。自分も早くこのS++レアのクラスを使いこなさなければ。


 まずはステータス確認だ。久丈はざっと『道化師クラウン』のウィンドウ表示を見る。身体能力は昨日使用したレア度Dの『新兵ルーキー』に劣り、武術補正も『新兵ルーキー』に劣り、初期装備の武器もステッキ(仕込み杖)が一本と、やはり『新兵ルーキー』に劣った。


 え……? ゴミ……?


 いやいや待て待て、と自分に言い聞かせる。これは戦士系ではない、技能士系だ。殴り合いで勝てなくても、技能で補えばいい。


 ウィンドウの技能欄を閲覧した。不可思議な文字列が並んでいた。


 そこへ一華が退いてくる。瑛美が追撃してこないのを見ると、互いに距離を取り合ったらしい。横目で尋ねられた。


「どう? ジョーくん。使いこなせそう?」


「えーと、その」


 技能欄には以下の文字が表示されていた。


 マジックLV.1


 ・鳩


 ・国旗


 ・花


「――とてつもなく嫌な予感がします!」


 戦慄を覚えた久丈がたまらず叫ぶ。


「そんな……ジョーくんでさえ躊躇うほどの技能なの!?」


「いえその! とにかくヤバイ感じです!」


 クラスの能力を使用する際に必要なのは、コマンド入力ではなく意識の集中だ。『これを使う』と強く念じさえすれば、クラスがそれを読み取ってプレイヤーに発動するためのキーを伝える。


 魔道士系の魔法の場合、最も多いのが「頭のなかに詠唱が浮かんでくる」だ。それが戦士系の武術であれば「身体が勝手に動く」し、吟遊詩人の脳裏には「歌詞」が現れる。


 あとはそれを、反復練習で自分のモノにするのだ。浮かんだ詠唱をただ詠むのではなく、魔法のイメージを乗せながら唱えるようにすれば威力は格段に上がっていく。詠唱呪文や詠唱歌詞のアレンジだって可能だ。武術なら、身体が勝手に動くのを邪魔しないよう筋力や柔軟性を上げたり、自己のアレンジを加えて決まりきった型から脱し、相手に動きを読ませないようすることだってできる。


 しかし、久丈はこのクラスを使うのが初めてである。練習も何も無い。


 躊躇っていると、瑛美が魔法剣を収めてテクテクと歩いてきた。


「ジョーくん、練習するの? じゃあ少し休憩ですね、お姉さま」


「ええ、そうしましょうか」


 女子二人から興味津々といった様子で見られては、さすがに試してみざるを得ない。


――とりあえずやってみるか。


 まずは『鳩』を使う、と意識する。鳩、鳩だ。


 かちり、とスイッチが入った気がした。道化師の身体が自動的に動く。かぶっていたシルクハットを取って、手にしたステッキでハットを叩いた。




 鳩がハットから飛んでいった。




 ばさばさばさと、ハトは何者にも縛られない自由な大空へ飛び去っていく。大地に残されたのは凍り付いたように固まって目が点になっている久丈と一華と瑛美だ。


「――ただの手品かよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 久丈は鳩を出したシルクハットを力いっぱい全力で地面に叩き付けた。


 残る二つもやってみた。


 『国旗』を試した。


 おや、何も持っていない手から国旗の着いた紐がするすると出て来たよ!


 『花』を試した。


 すごい、空っぽの手をひっくり返したら花が出たよ! 真っ赤な薔薇だよ良かったね!


 良くねぇよ。


 シルクハットと国旗と薔薇の捨てられた大地で四つん這いになって落ち込むタキシード男がいた。最上久丈だった。


「S++レアなのに……きっと一生分のカード運を使い果たしたのに……」


 泣いてる。


 あまりのアレさに、さっきまでテンションマックスでガチの殺し合いをしていた女子二人も哀れんだ瞳で見ざるをえない。


「ジョーくん、その……強く生きて……」


「練習すれば、きっと……」


「そうだ、一華先輩!」がばり、と顔を上げる久丈。「『複合詠歌唱舞踏ダンシング・オールマイト』で僕を――道化師を強化してください! ひょっとしたら何か出来るようになるかも知れません!」


「そうね、わかったわ! やってみる!」


 心得た一華が咳払いを一つしてポーズを取った。芸事の名門でもある双刃家長女の、普段はS席¥18000~D席¥6000を支払わなければ鑑賞できない歌と踊りを目の前で体育座りして鑑賞する久丈と瑛美は完全にお客様VIP気分だ。わーい、と拍手までしている。


 魔法職をやらないひとたちにはなかなか理解しづらいが、『冠装魔術武闘クラス・トランス』における妖精だの精霊だのと言った存在は基本的に俗っぽい連中である。魔術士どもが芸を見せればゲームショーで新作ゼルダが発表されたときの外人四人組みたいにガッツポーズしながら喜んで現世にやってくるのだ。見られて魅せるのが『舞踏剣闘士ブレイド・ダンサー』の真骨頂。その本当の相手は、『肉の身体を持たない神秘なる彼ら』である。


 すぅ、と息を吸って、一華が華麗に舞い始めた。オーロラを描きながら、透き通るような美しい声で歌詠唱アリアを始める。


――さあ妖精さん。そんなところに隠れてないで、一緒に楽しみましょう? あなたは叩いて、あなたは弾いて、あなたが吹けば、私は歌うわ。


 歌われたのは、昨日の王城戦で使った最後の切札だ。一華の歌とダンスによってタキシードを着こなした妖精音楽隊が召喚され、奏でられる壮大な楽曲が呑気に座り込んでオーディエンスと化している久丈を最大限に強化した。妖精達も茶番だとわかってはいるが、演奏を聞いてくれる観客もいるし、対価の魔力も一華から貰っているので特にクレームもなく去っていった。プロの集団であった。


 プロフェッショナル《匠》の仕事は、道化師へ変化を与える。久丈が立ち上がって叫んだ。


「先輩すごいです! 技能欄に『瞬間移動』ってのが出ました!」


「やったじゃない! さっそく使ってみてジョーくん!」


「はいっ!」


 『瞬間移動』を発動させるよう意識を向ける。道化師となった肉体がゆっくりと自動的に動き、久丈はそれを邪魔しないよう注意した。


 道化師が両手を広げる。右手にトランプのカードが数十枚現れ、ぼっ、という音と共に焼き消えた。次の『瞬間』には、左手に『移動』している。


 トランプが、右手から左手に『瞬間移動』した。


「やっぱり手品かよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 瞬間移動したトランプを力いっぱい全力で地面に叩き付けた。「何なんだよ『鳩』とか!」かちり。その叫びが思考を伴って能力が発動し、


 ばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさばさ。


 とカード一枚一枚が夥しい数の鳩に変わって飛んで行く。


 まだ言葉を発する気力のあった瑛美と一華が呆然と呟いた。


「すごいよ、ジョーくん……。どこかの優勝パレードみたいだね……」


「独立記念日の宣誓とか始めそうね……。あ、映画にも使えるんじゃないかしら……?」


 聖騎士と舞踏剣闘士は、青空を埋め尽くさんばかりに飛び立っていくたくさんの鳩を眺めては有効活用策を検討した。道化師に変身した死んだ目をする男が心の内で囁く。


――世界に平和が訪れますように。


 その象徴とされる鳥は、やがて見えなくなった。


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