2-5


 こうして、最上久丈と双刃一華のペアは組まれた。


 お互いに半裸なわけだが。


 久丈はパンツ一丁で、一華はすけすけネグリジェなわけだが。


 そう、久丈は『冠装魔術武闘クラス・トランス』において、いや全てのチームスポーツにおいて、とても大切なことを忘れていた。


 『パートナーを知る』という、とても大切なことを。


 双刃一華という人間の、本質を。




 大きなベッドでお互いに向き合い、久丈は正座して、シーツで身体を隠して女の子座りをする一華を見る。これってなんだか結婚した男女が最初の夜に交わすナニカみたいだな、と思っちゃったりして、久丈は慌てて想像を打ち消した。


 なるべく一華を視界に収めないようにしながら彼は聞く。


「でも、どうして僕はこんな格好なんでしょうか……?」


 二度目となる質問に、やはり一華は顔を逸らした。


「先輩?」


「あなたのことは何て呼べばいいかしら? ジョーくんでいい?」


「スルーしましたか?」


「私も、夜伽はともかく平時に名前で呼ぶのは、ちょっと恥ずかしいのよ」


――夜伽? 夜伽って言った? 気のせいか? 気のせいだろうな。そうであってほしい。


「いや、苗字で呼べばいいじゃないですか」


「あら、それは困ってしまうわ。双刃ふたばって呼ばなくてはいけないじゃない?」


「いえ、僕の苗字は最上ですが」


「何を言っているのかしら? あなたは今から双刃久丈よ?」


「……どういうことでしょうか」


「あなたは私のお婿さんになるの」


「……どういうことでしょうか」


「今日から双刃性を名乗ると良いわ。安心して、由緒正しい歴史ある家柄よ」


「……どういうことでしょうか」


「困ったわ。ジョーくんが混乱して会話がループしてる。「はい」を選ばないと延々先に進めない昔のRPGみたいだわ。だからジョーくん、早く「はい」って言って? 私と結婚するわよね? はい? イエス?」


「NO《ノー》ーーーーーーーーー!」


「やっぱり混乱しているみたいね」


「誰のせいだと思ってますか!?」


「そうね、状況を整理しましょう」


「は、はぁ……。どうして先輩が仕切るんでしょうか……」


「まず、あなたは私と結婚するわ」


「そこからだああああ! ていうか、どうしたんですか先輩! そんな裸みたいな格好して、わけわかんないこと言い出して!」


「そんなに変かしら?」


 シーツを取る一華。ちょうどそのとき、月を隠していた雲が晴れて、月光が一華をまっすぐに照らした。小さな肩に、はちきれんばかりの豊乳。くびれた腰から奇跡のような曲線を描くヒップ。美しい肢体を覆い彩るピンク色の艶めかしいレースは透けて、赤ん坊じゃなくても吸い付きたくなるような淡い桜色の王台が、


「ちょっ! 見えっ! うわぁあああ!」


 はっきり確認できそうなところで久丈は背中を向けた。


「そんな態度を取られたら、傷付いてしまうわ」


 背中に二つの柔らかい何かが押し付けられたかと思えば、耳元で囁かれる。一華がしなだれかかってきた。その身体が軽いことにさえ、いけない感情が湧き上がってしまう。


「や、やめてください……!」


 あら、と一華が不思議そうに言った。


「さっきの威勢はどこへ行ったのかしら?」


「さ、さっき……?」


「あなたが目を覚ましたときのことよ。私みたいなエロい身体をした女が誘惑してきたら、後先考えずにとりあえず挿入するのが男って生き物じゃない? なのに拒絶したわ」


「え、エロい身体って、自分で言いますかそれ……」


 ていうか挿入って言った?


「私のような『ダンサー』系クラスプレイヤーにとって、エロさは強さでもあるのよ? 理解しているでしょう?」


「そ、そりゃわかりますが……そういうことじゃなくて……」


「まぁ、私もこういうことするのは初めてだったから、上手ではなかったけれど」


「とても上手だと思いましたが……そ、そうですね。慣れてはいないように見えました」


「あら、わかってたの。さっきも思ったけど、あなた鋭いのね。でも、それだけが理由じゃないわよね」


「先輩、その、離れて、」




「あなた、好きな人がいるでしょう?」



 不意打ちだった。


「……っ!」


 どうして身体が跳ねるのを止められなかったのだろうと、久丈は悔しく思う。これでは肯定したも同じだ。察した一華が寄りかかりながらため息をつく。


「やっぱり。あーあ、そりゃそうよね。恋人かしら?」


「いえ、その、片思いというか、もう失恋したというか……」


 失恋、なのだろう。想いを告げる前に、あっけなく終わってしまったけれど。


「あら……。そうだったの、ごめんなさい……」


 一華が少しだけ寂しそうな声を出した。


「でも、まだ好きなのね……。そう、大丈夫よ、ジョーくん。安心して」


 久丈の頬を、一華が優しく撫でた。ぞぞぞ、と良い意味でも悪い意味でも鳥肌が立つ。


「……な、何がですか?」


「私がいるじゃない。忘れさせて、あげるわ」


 かぷ、と耳を噛まれた。慌てて振りほどく久丈。


「ちょっ! いい加減にしてください!」


「刺激が強すぎた?」


 からかうように、にたり、と笑う一華に、久丈はちょっとムカついた。


「そんなこと頼んでません! 大体なんなんですか、この状況は! 先輩はもっと清楚な人だと思ってました!」


「表向きはそうよ。これでも『魔術名門家』の長女ですから。人が何かを演じるのは、なにも舞台の上と限ったことではないわ。でも、学園長から聞かなかったかしら?」


「学園長から……そんなことは……」


 試合の様子を見ていた談話ルームでの会話を思い出す。


――人は見かけによらない、ということだけは言っておきましょう。


「言っていたような気がします……。くそ、知ってたのか、あのひと! 双刃一華先輩が露出癖のある変態だって! 男と見れば見境なく誘惑するビッチな痴女だって!」


 怒りのあまり割と酷いことを口走ってしまう。だが一華は身体をびくびくさせていた。


「あん、ジョーくん。その嬲り方ゾクゾクするけど私が誘惑するのはジョーくんだけよ」


「そこ以外も訂正して欲しかったです」


「そうね、強いていうならマゾっ気もあるわ。追加してちょうだい」


 増やしやがった。


「痛めつけられたり罵られたりすると性的な快感を覚えるの」


「あのぅ……先輩って……」


「処女よ?」


「いやそういうことじゃなくて。ていうかそれ、他ではあんまり言わない方が良いですよ」


「もちろん。ジョーくんと私だけの秘密」


「そうですか……。墓場まで持っていきますね、先輩の」


「私、死ぬまで処女なの!?」


「頭が痛くなってきたのでちょっと喋らないでもらえます?」


「そう、そんな感じよ。グッドな罵りね。それで今日のバトルに話は変わるけれど、ジョーくんはコスト1最低コストで六回も死んだわよね? それってどんな気分なのかしら? ペアの総コストをコスト1最低コストの自分が食い潰すってどんな気分なのかしら? とっても気持ち良いんじゃない? 良かったら教えてくださる?」


「もう許してください……」


「あら、ジョーくん。許すだなんて心外だわ。私は羨ましがっているのよ? 情けなさと申し訳無さで死にそうな気分なんでしょう? 私もぜひ味わいたいわ」


「先輩、実はS《サド》なんじゃ……」


「いいえ、M《マゾ》よ。だから味わいたいの。痛覚値を100%にしてるのも、格闘戦に有利ってだけじゃなく、痛いのが大好きだからよ」


「近年稀に見る説得力です」


 この痴女ひと相手に容赦はいらないと久丈が判断した瞬間であった。手加減しては負ける。敗北の先にあるのは己が人間性の放棄と貞操の喪失であろう。童貞はじめてを捧げる相手は心に決めた人が良いと、まだ十五歳の久丈は固く思う。


 若人の苦悩をよそに、一華は語った。


「そうね、私が変態である理由をあえて探すなら、『双刃』が芸事に特化した家柄だから、かしら。『そういうこと』に触れる機会も自然と多くなる。それだけでは、ないけれどね」


 可能性の一つとして頭に浮かんでいたことを、久丈は呟いた。


「クラスの、『逆流』」


「それもあるかもしれないわね。プレイヤーである以上、影響は免れないから」


「……そうでしたか」


「でも、私は好んで受け入れるわ。まったく後悔していない。私は今の私が大好きよ」


「その台詞だけ聞くととても立派なのですが」


 なにせ変態である。


「ねぇ」


 と、再び久丈に近づいた一華が、


「どうして最後、私をかばったの?」


 王城とのバトルのことだろう。確かに久丈は一華をかばった。あのままだったらコスト5の一華が死んでいたが、残りコストが1しか無いのだから、久丈が死んでも負けは負けなのだ。勝敗の点だけで見るなら、かばう必要はなかった。痛覚値をゼロにしていたわけでもないのに、どうしてわざわざ自分から痛い思いをしたのか。


――それは。


 久丈は答えられない。考えはなかった。身体が勝手に動いていた。でも、じゃあどうしてこの肉体は、一華をかばったのか。


「ねぇ、どうして?」


「それは、」


 久丈が乱入する段階で、すでに一華はなぶり殺しにあっていたのだ。両腕を斬り落とされ、火炎や雷撃による火傷を負い、それはもう酷いありさまだった。それだけじゃない。誰も助けようとしなかったこの人を、一人でも戦っているこの人を、その心を傷付かせたくなかった――などと考えるのは、格好つけすぎだろうか。


 久丈は告げる。


「あなたがもう、痛い思いをしなくても良いように……」


「そう……」


 一華が微笑んだ。期待していた言葉を受け取って、安心したように。


「ありがとう」


「いえ……」


「あなたに伝えたいことがたくさんあるの。凄いわ、いくら言葉にしても足りないくらい。これが誰かに恋するって感情なのね。ぜんぶ言いたいけれど、一つだけにする」


 少しだけ頬を染めて、一華は嬉しそうに言った。


「あなたが好き」


 不覚にも。


 初めて久丈は、この先輩を可愛いと思ってしまった。


「……ありがとうございます」


 まっすぐ見られてそんなことを言われては、告白などされたことのない久丈は照れるしかない。たとえ相手がどうしようもない痴女でもだ。


「どういたしまして」


 その隙をついて、一華が久丈の頬にキスをする。そのまま抱きついてきた。


「…………っ!」


 くそ、油断した。一瞬でも可愛いと思ったのが間違いだった。どうも自分は誘惑してくるこういう女性は苦手らしい。いくらおっぱいが大きくてスタイルの良い超絶美人でも、自分の意思に反して身体を触られるのは、嫌だ。振りほどく。


「や、やめてください!」


「あら、つれないわね」


 つまらない、と言った素振りで嘆息する一華。それにしてもダメージが低いように見える。いちおう、彼女は久丈に振られたはずなのに。


「まぁ、チャンスはいつでもあるし、とりあえずは待つわ。ジョーくんが私を見てくれるまで。じっくりねっとり手取り足取り腰取り股取り私の身体の気持ちよさを教えてあげる」


「どういうことですか? いつでもある?」


 あと『私の身体の気持ちよさ』ってなんだ。


「だってそうでしょう? 私達、ペアなんだから。一緒にたくさん練習するわよ?」


 …………。


「そうだったぁああああ!」


 ペアを組むには学園に申請する必要がある。そして一度認められてしまえば、その学期間は解散できない。ただ、当然のことながら久丈はまだ申請をしていないが、


「いまさら辞めるだなんて、言わないわよね……? 私のこと、助けてくれるって……」


 芝居がかった口調で上目づかいになる一華。すげぇ、嘘泣きなのにちゃんと涙が出てる、と久丈は妙に感心した。


 観念もした。


「わかりましたよ。双刃先輩が王城先輩に夢を邪魔されてるってのは本当みたいですし、僕はそれを見過ごせない。それに……双刃先輩と一緒に戦うのは、楽しかったですから」


 それを聞いて満面の笑みを浮かべる一華。こういう表情はとても可愛らしいのに、と久丈はなぜか惜しいと思う。


「その『双刃先輩』というのをやめましょう、ジョーくん。『一華』って呼んで」


「え、無理ですよ恥ずかしい恋人でもあるまいし」


「呼んでくれないなら、これからジョーくんをところかまわず『ダーリン』って呼ぶから。語尾に『だっちゃ』って付けるから」


「古っ! キャラ付けが古いです!」


 そりゃ確かに似たような格好してるけど!


「そりゃ確かに似たような格好してるけど! って思ったわね、ダーリン」


「もう呼ばれてる!?」


「ほらほら良いのかしら? このままではあなた、『学園中の男子が組みたくても組めない副会長とペアを組んだ挙句、ダーリンって呼ばせてるいけ好かない新入生』と認識されてしまうわよ? だっちゃ」


「使い方わからないなら無理に付けないでください! わかりましたよもう!」


 満足そうに微笑んだ一華が、手のひらで久丈を指した。


「はい、どうぞ?」


「い、い、一華………………………………………………………………先輩」


「逃げたっちゃね、ダーリン」


「あ、口癖マスターした」


「まぁ今はこれで良いわ。私もまだ、恥ずかしくてあなたのこと名前で呼べないし……」


 急にもじもじする痴女。


「先輩にも恥じらいってあるんですね」


「違うでしょう? 間違っているわ、ジョーくん」


「……一華・・先輩の湧いた脳みそにも恥じらうって概念があったんですね信じられません」


完璧パーフェクトよ、ジョーくん。その調子でどんどん言葉攻めして。私のこと罵ってちょうだい」


「もうやだ……本当にMだこのひと……」


 パンツ一丁で、顔を両手で覆い悲しむ男がそこにいた。


 そんな彼に、黒髪ロング爆乳妖艶お嬢様がにっこり笑って、こう告げる。


「同じチーム同士、これからたくさん『セクロス練習』しましょうね?」


「あのいま、何か卑猥な単語にルビを振りませんでしたか?」


「そんなことないわ。私、こう見えて『ドM変態痴女頑張り屋さん』なの。『ご主人様ジョーくん』の立派な『性奴隷パートナー』になれるよう、全身全霊、誠心誠意、心を込めて『ご奉仕練習』するわ! わんええ!」


「違和感が拭えない!」




 兎にも角にもそんなこんなで、最上久丈と双刃一華のペアは組まれた。


 『勇者』を目指し、そして挫折した、魔法の使えないお節介な少年。


 『世界』を目指し、そして阻まれた、もう後が無い変態痴女な少女。


 魔法の才能が無い彼と、その美貌ゆえに未来を決められた彼女が、二人で一緒に運命へ立ち向かっていくためのチームは、こうして結成されたのであった。




「ひとまず、トーナメント戦が終わるまで、ですからね」


「わかっているわ、ジョーくん。王城を倒すのが私達の目標。それまでにジョーくんを籠絡させるのが私の命題ね」


「後半は無しでも良いですよ」




 トーナメント戦開始まで、あと三ヶ月。


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