2-6
ずっと探していた。
自分を支配してくれる
鎖はいらない。ただ、首輪だけが欲しい。
自由に野を駆け回り、それでも誰かのものでいられる。そんな幸福と安心が欲しい。
やっと見つけた。
あの子が、私の――。
☆ ★ ◇ ◆
「それで、一華お姉さまとペアを組んだんだね、ジョーくんは」
翌日。
ホームルームだけの授業を終えて、昼前の放課後。
学園の地下にある『聖域』へ向かう道すがら、久丈は瑛美にコトの顛末を話していた。一華が残念美女だったのはなるべく伏せつつ。
「ま、そうなると思ってたよ。本当はボクがジョーくんと組みたかったけど」
「……悪いな」
「いいって。その方がジョーくんらしいし。またプレイヤーになってくれたしね!」
残念そうな顔から一変して、にっこり笑う瑛美。
つられて久丈も微笑んでしまう。
「ああ、ありがとうな」
何だかんだで、この小さな幼馴染は自分のことを良く理解してくれている。幼い頃から母親が仕事で外出することの多かった久丈には、いつも何かと気にかけてくれる瑛美の存在がとてもありがたかった。寂しい時は一緒にいてくれたし、辛い時は心の支えになってくれた。
久丈の母親が亡くなった時も、泣いてくれたのは瑛美だけだ。
だから例え、自分より遥かにクラス・トランスの才能に恵まれていたとしても。
永水瑛美は、最上久丈にとってかけがえの無い人であるし、今やただ一人の『家族』と言っていい存在だ。
想いは告げられなくても、とても大切に思っている。
瑛美が言う。
「それに一華お姉さまと組むのは、次のトーナメントが終わるまでなんでしょ?」
「いちおうその約束だけど」
毎回、学期末に行われる全生徒参加のトーナメント戦。この戦績で学園内序列が決まる。現在の一位は、あの王城ペア。『勇者』に最も近い男などと言われている。
葉桜学園は500人超の生徒がいるので、トーナメント全日程の消化には二週間ほどかかる。もちろん一回戦で負ければ一日で終わる。
「次のトーナメントは、ボクと組んでくれるよね?」
「それまで僕が学園にいられればな……」
「大丈夫だよー。いくら王城大志先輩だって、そこまで横暴じゃないって。実際、何もされてないんでしょ?」
「まぁ、そりゃそうなんだが」
「でも凄いよね、一華お姉さま」
「まぁ、いろいろ凄かったな」
「だって、勝つためにあんな恥ずかしい格好ができるんだもん。本気じゃないと無理だよ。裸よりえっちだもん、アレ」
いやそれたぶん勝つためじゃない。絶対ただの趣味だ。ただの痴女だ。と思わず言ってしまいそうになるのを全力で止める久丈。
「良いなぁ、ジョーくん。そんな一華お姉さまと一緒に、高校レベルのバトルができて」
「お前も今日カードを引けば、早速やるんだろ?」
「うん!
絵理沙とは、久丈と瑛美のもう一人の幼馴染だ。
久丈の前には滅多に姿を現さないこの幼馴染は、瑛美とペアを組み、中学の全国大会で優勝したのだ。二人はいわば
久丈と瑛美は長い階段を降りていく。地下三階が最下層だ。ここまで来ると、壁や床、柱の意匠から普通の学校らしさが無くなって、西洋の歴史ある教会のような雰囲気に変貌する。『
通路は広くて明るい。照明は魔術によるものでいかにも『聖域』らしいが、行き交う生徒の数も多くて怖さや寂しさは感じない。大きな声で喋らないよう決められていたりして、広い図書館みたいだと久丈は思っている。
そんなところに、たくさんの学生がいったい何をしに来るのか。
すれ違う生徒たちの表情は悲喜こもごもだ。声を殺して喜びのダンスを踊りながら去っていく上級生もいれば、声も出ないくらい落ち込んだ様子の同級生もいた。
この先は、運否天賦の世界。
学生たちは、クラス・トランスで最も重要なアイテム――
『学力テストの点数』を、賭け金にして。
『
そのカードを入手する場所が『聖域』だ。カードは一人三枚まで所持することができて、バトルの際は自由に選べる。ただ、取得方法は少し変わっていた。
『聖域』の天井から光の射す中央の台座の上に手を掲げる。すると、『聖域』のシステムによって『ランダム』で選ばれたカードが、手の影に出現する。
この一連の流れを、正式には『
よって、使える職業は運頼み、完全な抽選である。
もちろん、何度でも引けるわけではない。対価が必要なのだが、払うのはお金ではない。
学力テストの点数だ。
年に六回、学期ごとに全国共通テストが実施されている。中間テストと期末テストだ。その点数がそのまま、カードを引く際のポイントになるのである。
現在は、テストの点数、100点で一枚、引ける設定がされている。
その理念は『文武両道』。
クラスを得るためにはテストの点数が必要で、
クラスを操るためには相応の運動能力が必要とされる。
その二つを兼ね備えていなければ、『
これが『葉桜冠装学園』を始めとした、多くの名門校のとる方針である。そしてまた、一見危険にも思えるこの競技を、世界が認めることになった要因の一つでもある。
なおカードの配布は、全国の学校を全てひっくるめて『
ちなみに、プロは戦績によって点数を獲得できる。国内で管理されているものと、全世界で管理されているものと二つあったりして、国内ライセンス、国際ライセンスで別れている。もちろんバトルの際は、それぞれで取得したカードしか使えない。
久丈達が辿り着いた最下層の最深部は、広いフロアになっていた。
奥には扉が三つある。扉の先の小さな部屋が『聖域』だ。一人ずつしか入れないから、フロアには順番待ちの生徒たちがかなり多い。
『聖域』は、学年ごとに部屋が分かれている。一年生部屋の順番待ちに並んでいる生徒がたくさんいるのは、時節柄、当然のことだ。
その最も長い列に並びながら、瑛美が尋ねた。
「ジョーくん、入試の総合点数、何点だった? ボクは457点」
「あー、僕は410点だった。ちょっと負けたな」
「ま、引ける回数は同じだけどね」
「まぁな」
入学したての一年生は特別に、入学試験時の点数をポイントとして与えられていた。五教科で全500点。
久丈も瑛美も、四回引いて、その中から良い物を三つ選ぶことになる。もちろん、最初の三回で辞めても良い。カードは三枚しか持てないが、ポイントの失効期限は無いからだ。卒業まではいくらでも貯められる。
カードごとにレア度が決められていて、D~S++までと幅が広い。当然レア度が高いカードほど枚数は少ない。『
ただ、レア度が高ければ強いというわけでもない。
強さを決めるのは、コストだ。
すでにご承知の通り、コストは1~5まで。1が弱くて5が強い。
『
コスト5でありながら、レア度がCだったりすることもあれば、
コスト1でありながら、レア度がSだったりすることもあるのだ。
久丈がこの学園に入ってから確認した
『
『
『
『
Sレア以上は、見るのも奇跡と呼ばれるほど希少価値が高い。ほとんどの者が、三年間でA以上を一枚引けるかどうか、といった具合だからだ。
この学園にあるSレア以上のカードは七枚で、うち二つは一華と王城が持っている。
他のSレアカードは他校にあるか、大元の『
参考までにレア度がS以上のカードは、
戦士系ならコスト5『
魔道士系ならコスト5『
技能士系ならコスト5『
複合系ならコスト5『
カードの譲渡は基本的に認められていない。パートナー同士ならペアを組んでいる間だけ貸し借りができるが、解散する際には強制的に返却させられる。卒業生のカードは全て『
だから、プレイヤーの『カード運』が試される場でもある。
いつも何かと『ツイていない』久丈は、このカード運も悪かったりする。中学時代は昼食にとんかつを食べたり、星座占いによる今日のラッキーアイテム(青い紐)を持っていたりと、涙ぐましい努力もしてきた。いくらテストの点数が良くて、カードを引く回数が増えても、手に入れたカードが弱くては仕方ない。魔法が使えないのはともかく、こればかりは努力でどうにかなるものでもないのだが、
「お前に引いてもらえたらな……」
「それ、中学の時にさんざん聞いたよ」
ぼやく久丈に、やれやれと笑う瑛美。
瑛美はプレイヤーとしても強いが、カード運も強い。
中学最初の
ちなみに久丈が猛勉強と一年を費やしたカード引きの末、ようやく魔法を使える複合クラス『
高校に上がってもそんな気がする、と久丈は思っている。いや、もっと運が悪くなった気もする。三年間適当に過ごそうと思っていたのに、入学早々あんなことに巻き込まれているし。
――いや、ほとんど自分のせいか。
結局、何かとツイていないと知りつつ、困っている人を見過ごすと気分が悪くなる体質を治せない自分がいけないのか。
「はぁ……」
床を見ながら、ため息一つ。すると、横から声がした。
「ため息をつくと、幸せが逃げると言うわよ?」
瑛美だろう、とおざなりに返事をする久丈。
「そうは言ってもなぁ。お前と違ってカード運ないし……昨日もあんなことになったし」
「あら、後悔しているの?」
「してねーよ。してねーけどさ。もうちょっと考えて動けばよかったなぁ、ってさ」
「ふむ。双刃一華とペアを組むのは不満かしら?」
「そんなことねーよ。満足さ。身に余る光栄ってやつだよ。僕なんかをパートナーに選んでくれて、信じられねぇよ」
「そう! それなら良かったわ、これからもよろしくお願いするわね、ジョーくん!」
「はいはい、こちらこそよろしくってうえぇええええ!?」
やっと違和感を覚えた久丈が隣を見ると、彼のパートナーが優雅に微笑んでそこにいた。
「ごきげんよう、最上久丈くん。……本当に気付いてなかったの?」
双刃一華である。
当然だが。
「ごきげんようございます! 一華先輩! だとは思いませんでした!」
テンパった久丈が意味不明な返事をするも、『清楚な副会長』という仮面を着けた一華は一ミリも揺るがずに微笑むばかり。いとをかし。
学園一の(清楚系グラビア)アイドルと言っても過言ではなく、また王城との噂がまことしやかに囁かてれる話題の一華が現れた。この状況に、周囲の注目を浴びるのは必然だ。一年生から三年生まで関係なく、さざなみのごとくヒソヒソとした声が広がっていった。
「双刃先輩だ「エロい「美しい「エロい「綺麗な人「副会長だ「エロい「憧れちゃう「今日もエロい「エロい「エロい「制服なのに「それがまた「エロい」
話題のほとんどがエロいってどうなんだろう、と久丈は複雑な気持ちになりつつも尋ねた。
「一華先輩も、
「いいえ。私には『
「ですよね。じゃあどうして……?」
「他でもないわ。あなたに会いに来たのよ、ジョーくん」
言って、一華は久丈に身体を近付けた。彼の頬に手を添えて、下半身を密着させる。
「私の――愛するパートナーに」
ざわ……っ!
入学式のようなざわめきが、ここ『聖域』前のフロアに再現された。
「副会長のパートナー?「じゃああいつが?「昨日のランキング戦に乱入した「王城先輩に歯向かった「バカな新入生「羨ましい奴「あんなにくっついて「おのれ許すまじ「愛するって言った?「パートナーってまさかそっちも?「確か名前が「最上「そうだ最上、」
周りの視線が一華から久丈へ移り、それに好奇心や嫉妬心などが上乗せされ、さらに携帯デバイスでその様子を動画で撮り始めた者が現れたころ、一華は身体を離し、両手を大きく広げて、みなに聞こえるようその声を張り上げた。
「皆さん! どうか私の話を聞いてください!」
久丈には、まるで一華にスポットライトが当たったように見えた。そう錯覚した。そしてそれは、入学式のときと同じく、この場にいる全ての者がした錯覚でもあった。
ついには演歌が始まるようなナレーションまで聞こえ始める。
――古くは歌舞伎。日舞、演芸、ミュージカル。百年続く芸の道。見られて魅せて、おんなみち。魔術に浮かれたこの島で、芸能一家、双刃の長女が
「彼は、私のパートナーとなる男子です!」
双刃一華劇場、開幕である。
「私、双刃一華と王城大志の事情はご存知かと思います! 王城の求婚を、私が拒否していることも!」
稽古と舞台で培った発声が、混沌とする場によく通って響く。
一堂の視線を浴びて、一華は水を得た魚よろしく生き生きと振る舞う。
「しかしながら、次のトーナメント戦で私が王城より上位に入らねば、私が王城家に嫁がねばならないことも! けれど――」
まるで最愛の母親が死んだかのように悲しそうな表情を見せる一華。
息を呑む観衆と、訳がわからない久丈は、ただ沈黙するばかりだ。
「けれど、私と共に戦ってくれる方は一人もいませんでした。いえ、それを責めるつもりは無いのです! 王城家の影響力は絶大です。私が誰よりも身を持って知っています。私はもう、諦めていました……。戦うことも、世界へ行く夢も、『
「くっ……!「双刃先輩……!「俺達が「私達が「頼りないばかりに……!」
「え、なに、なんなの?」
学生たちは悔しそうだが久丈はやっぱり呆然としている。訳がわからない。
「ですが! そんな私に救いの手を伸ばしてくれた方がいました! そうそれが――」
一華が久丈を手の平で示した。
錯覚のはずのスポットライトが久丈を照らす!
「彼、最上久丈くんだったのです!」
「「おお!」」
「……はぁ」
すごい数のデバイスで写メられる久丈。
一華はテンションマックスでシメの台詞を叫んだ。
「王城家を恐れず、危険を顧みないで私を助けてくれた、この最上久丈くんと、私はペアを組むことに致しました! 皆さん、どうか応援してください! 私達二人を!」
「「おおおおお!」」
「そして帝国中に、いえ、世界中に示すのです! 『
「「「うおおおおおおお!!」」」
観衆たちが一斉に沸き立った!
「「いーちーか!」」
「「ふーたーば!」」
「「いーちーか!」」
「「もーがーみ!」」
一華は再び久丈に身体を寄せて、周囲の観客のコールに手を降って応えるのであった。
訳がわからないよ、と呆然とする久丈にだけ聞こえるよう、そっと一華が話す。
「やってしまったわ。はっきりと王城家に宣戦布告をしてしまった。これでもう後戻りはできないわ」
「いや、勝手にやりましたよね!」
「ジョーくんのおかげよ。あなたがいたから勇気をもらえた」
「あげたつもりは無いのですが」
「これで王城家は、あなたに手出しできないわ」
あ、なるほど。これだけの目撃者と支持を得られれば、あからさまな妨害はしてこないだろう。そもそも、そんなものが本当にあったのかは知らないが。
「それが目的でこんな演説を?」
「半分はね。後の半分は……」
ぴったりと身体を寄せて、久丈を見上げて微笑む一華。その胸に久丈の腕がぎゅっと引き寄せられた。犯罪的なまでに柔らかい双丘が形を変えて、その身体から甘い香りがした。
「ジョーくんを皆に見せたかったの。私の、自慢のパートナーだから」
どきり、とする。心臓が鷲掴みにされたみたいに驚いて、息が止まった。
「……ずるいですよ」
「ふふ、ごめんなさい。次からは、
そういうことじゃないです、とは言わないでおいた。
悔しいから。
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