2-4
少年の初々しい反応を見て、一華は主導権を奪った気になる。薄い寝間着で半裸だが、肌を見せることに抵抗なんて無い。
だがシーツを引っ張って身体をあえて隠す。恥じらいを見せた方が効果的だと計算した。
「どこから聞きたいのかしら?」
久丈がちらっと一華を見て、
「……最初からです」
「試合終了後にあなたが気絶して、私が介抱のために自宅へ連れてきた辺りから?」
「そうでしたか……それは、ありがとうございます。あの、なぜ保健室ではなく、先輩のご自宅なんですか?」
「私が孤立しているのは知っているでしょう? 王城の取り巻きに見つかったらどうなるか」
「なるほど。どころでどうして僕はパンツ一丁なんでしょうか?」
「…………」
「先輩? どうして黙るんですか? 先輩??」
「く、苦しそうだったからよ。別に添い寝してやろうだなんて思ってないわ。そんなことより最上くん! あなた一体何を考えているのかしら。いきなり途中参加するなんて」
「それは、その、試合中にも言いましたけど……」
直視しないようにちらちら見てくる久丈。その視線がたまらない。
「――『誰かの人生が、運命や他人の手によって決められようとしているなんて、僕には見過ごせないんです。そんなのは、絶対に許したくないんです。』……だったかしら? 私の人生よ。それこそ、あなたには関係のないことでしょう?」
などと言いながら、一華はおや、と思う。一字一句違わずに再現できたことに、実は彼女自身が一番驚いている。あなたには関係ないと言っておきながら、この言葉にどれだけ心を揺さぶられたのかを一華は身にしみて感じていた。ちょっとヤバイかも、とわずかに募る焦燥感。強気でいかないと流される。久丈が答えた。
「でも、」
かぶせていく。
「それにね、私に関わっていたらあなたまで孤立してしまうわ。プロになりたいのなら、私とは距離を取った方がいい。まぁ、そのつもりでしょうけれど」
「……それで、先輩はどうするんですか」
「今までどおりよ。一人で戦うわ」
「勝てませんよね」
「勝つわ」
「今日、勝てなかったじゃないですか」
「あなたがいたからね」
「嘘です。僕が行く前、先輩はもう諦めたでしょう?」
「いいえ」
「王城先輩は、あなたにトドメを刺そうとしなかった。僕が行く前はまだ本気じゃなかったんだ。相手が本気じゃないなら、あなた一人でもあの『妖精音楽隊』を出せたはずです。
なかなか鋭い。
「買いかぶりすぎよ」
「いいえ、あなたは諦めたんです。一人で戦うこと、『
「そんなことないわ」
「僕は、プロになるつもりはありません」
「――え?」
素で驚いた声が出た。
「僕は諦めたんです。中学最後の試合で、格下にあっけなく負けて。先輩も気付いたと思います。僕は魔法が使えないんです。でも、でも、僕は『勇者』になりたかった」
「勇者に……」
呟く一華に、久丈はまくし立てる。恥ずかしい過去を話すみたいに。
「無理だと思うでしょ? バカだって思うでしょ? 僕もそう思います。でもどうしてもなりたかった。三年間必死で頑張りました。でもダメだったんです。一度も魔法が成功しなかったんです。才能がなかったんです。だから辞めようと思ってました。クラス・トランスなんて」
「…………」
「でも今日、先輩と一緒に戦って、ペアを組んで、その……楽しかったです。久しぶりでした。僕は三年間ずっと一人だったから、すごく、すごくすごく楽しかったんです」
身体の芯から暖かいものが広がっていった。嬉しかった。同時に、この子が自分と似た境遇で戦っていたことを知って、
「……あなたも?」
つい、すがるような声を出してしまったことを一華は後悔した。
「学園長から聞きました。先輩も、ずっと一人でクラス・トランスを続けていたって」
触れられたくない場所に踏み込んでくる。その目がまっすぐ向けられた。心の距離を縮めようとする決意が見えた。こちらに拒絶されることを覚悟して、それでも一華に近付こうとする瞳だった。勇気と誠意が込められたそれに、まずい、と一華は思う。でも目を逸らせない。逸らしたくない。
「これは僕の我儘です。先輩を見過ごせないんです。一人で戦う辛さも、自分の夢が、才能とか運命とかで潰されちゃう辛さも、全部知ってるから。いまここで先輩を助けないと、僕は一生後悔します。先輩、お願いです、」
「も、最上くん、」
やめて、と言えない。
言いたくない。
これ以上聞いてはいけないと思うのに、止められない。
「僕を、あなたのパートナーにしてください」
それができたら、どれだけ幸せか。
それができないから、こんなに辛いのに。
「ダメだよ、最上くん……」
「僕は『勇者』にはなれません。プロになるつもりも無いんです。だからお願いします。『盾役』でいいんです。魔法が使えない僕を、勇者になれなかった僕を、『
「最上くん、最上くん……! ダメだったら。お願い、もう、」
「僕は先輩と一緒に戦いたいんです。あなたが許してくれるなら、僕は何度でも、」
「あなたのために、死にます」
涙がでてきた。
計算も何もなく、本当にただ隠れたくてシーツで顔を覆う。
もう無理だった。
「本当に良いの……?」
聞いてしまった。この瞬間に認めたようなものだ。
良いわけがない。ダメに決まっている。いくらプロになる気はないと本人が言っても、アレだけの腕前を持つプレイヤーを一華の問題で潰すことが、良いわけがない。
なのに久丈は即答した。
「良いです」
もう抗えない。だって初めてだったのだ。こんな風に言ってくれたのは、彼が初めてだったのだ。誰も助けてくれなかった。母親以外、家族にだって見離された。双刃に生まれたからには当然の義務だと言われて。それが宿命で、運命だと言われて。
――私はただ、クラス・トランスを続けたいだけなのに。
友達とペアを組むことすらできなくて、それでも諦めきれずに頑張って、やっと手を差し伸べてくれた相手が、最上久丈だったのだ。初めて好きになったひとなのだ。
「僕は、僕のために先輩を助けたいと思います。先輩は、どうしたいんですか?」
久丈が微笑む。全て見透かしたように尋ねてくる。一華はさっきの誘惑が失敗した本当の理由を悟った。
たぶん自分は、この子に勝てない。心と身体がそうできている。だから、久丈が話してくれたこと、それに釣り合うように、彼の勇気と誠意に応えるように、
「私は――私の夢は、」
言った。
「プロになって、世界大会――『
一華の全てを尊重するかのように、久丈は力強く頷いた。
「立派です、とても」
その言葉が何よりも嬉しくて、一華は続ける。
「だから私はあんな奴と結婚なんてしたくない。私はもっとクラス・トランスを続けたい。私は、あなたと、ペアを組みたい……! だからお願いします、最上くん」
本心を告げる。
「どうか私のパートナーに、なってください」
やはり久丈は即答した。
「僕で良ければ、喜んで」
微笑む久丈を見て、ああ、と一華は思う。
――白馬に乗った王子様って、ほんとうにいたんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます