第二章 最上久丈と双刃一華

2-1



 好きでこんな身体に生まれたわけではない。


☆ ★ ◇ ◆




――負けた。


 あれ、と久丈は不思議に思う。地面がゆっくりと近付いてくるのだ。


 自分の身体が倒れていくことに気が付かない。傷も痛みもない。ただ、高校初のバトルと、度重なる『死』の経験、何の訓練も無しにいきなり『ダンス』を使用されたおかげで、精神力が限界に来ていた。


 甘い桃の香りと、柔らかくて温かい何かに包まれて、身体の感覚が無くなっていくことを知る。双刃一華に抱かれているのも、転送が始まったことも、久丈にはわからなかった。




☆ ★ ◇ ◆



 世界中に嘲笑われている気がした。


 中学の地区予選。その第一回戦。


 久丈の通っていた中学校は『冠装魔術武闘クラス・トランス』に熱心だ。学校別の平均参加数の倍、二〇チームは出場していた。中学から始めたプレイヤーが多い中、小さい頃から続けていた久丈と、二人の幼馴染の実力は群を抜いていた。


 名家である王城家の分家筋にあたる永水瑛美は、才能にも恵まれていた。もう一人の幼馴染とペアを組んで、中学ではほぼ無敵の状態だった。


 一方、久丈は。


 クラスプレイヤーとして致命的な欠陥がありながらも、それを努力で覆そうとし、だが無理だった。どうしてもできなかった。


 結果として、中学三年間を棒に振った。


 彼のバトルスタイルに賛同してくれる者はおらず、中学最後の地区予選でも、誰も

パートナーになろうとはしなかった。


 圧倒的な実力を持ちながら、恐るべき精度の『模倣コピー』を持ちながら、久丈はそれに奢るどころか、ほとんど使わなかった。油断でもない、慢心でもない、それに頼ろうとしなかった。戦士系の技を戦術に組み込まなかった。


 最上久丈には才能がない、と幼馴染の瑛美は言った。


 それは正しい。



 最上久丈には『魔法』の才能がない。



 最上久丈は『魔法』が一切使えない。



 コントロールが悪いとか、狙いとは別の魔法が出たりとか、そういうレベルではない。


 何も出ない。


 冠装魔術における『魔法』とは、体内で練り上げた魔力を呪文詠唱によって地球ほしと接続し、肉の体を持たない存在――精霊や妖精から力を借りて発動する現象のことである。


 久丈は、魔力を練ることはできる。だが詠唱を終えて呪文を発しても、何も起こらないのだ。地球との魔術回線が繋がらないのである。


 ゆえに、最上久丈は才能がない。


 にも拘らず、久丈は魔法に拘った。戦士系ではなく複合系コスト4の『魔法剣士』で戦い続けた。魔法が使えない魔法剣士など、戦士系コスト1『新兵ルーキー』と良い勝負だ。いくらプレイヤーが強かろうが、いくら『模倣』ができようが、ペアとしてチームとして使いようがない。だから、誰からも組んでもらえない。


 普通、魔道士系クラスで一ヶ月も練習すれば、初歩的な魔法は使えるようになる。


 このとき、最上久丈は十四歳だった。『冠装魔術武闘クラス・トランス』をはじめて十一年が経っていた。 魔法は、一度も成功していなかった。


 それでも久丈は努力した。頑張った。魔法を使うための練習を、魔道士系クラスを使うプレイヤーの三倍は行った。同じカードを使うと『熟練値』というポイントが増えていき、それが上がれば上がるほどそのクラスの能力を引き出しやすくなるから、久丈は『魔法剣士』から一度も変えなかった。魔法の練習をたくさんすれば、熟練値を上げれば、いつか魔法が使えるようになるかもしれない、そう思って。


 そうするだけの夢が、久丈にはあったのだ。


 久丈は『勇者』になりたかった。


 かつて大戦を終息させた五人の魔術士、彼らが使っていた伝説のクラス。


 それが『勇者』。


 『カード型魔術兵器クラスウェポンシステム』から『冠装魔術武闘クラス・トランス』へ転換される際、『勇者』も無論、再現された。


 他のクラスと違い、『勇者』のカードを手にできるのは世界で五人のみ。毎年、プロの世界選手権でMVPを取った選手だけが対象となるそのクラスは、『魔法剣士』の上位互換と言われている。戦士系と遜色ない格闘能力、魔道士系と同等の魔法能力、更に『勇者』にしか使用できない魔法まである。


 全クラスプレイヤーの憧れなのだ。


 全世界で流行する競技。その選手の憧れということは、すなわち、全世界の憧れの存在とも言える。


 そんな『勇者』に久丈もなりたかった。死んだ母に誓った決意でもあった。例えどんな境遇に置かれようとも、父親と名乗る男性とその家族に疎まれても、「あなたは私の誇り」と言ってくれた母に、自分は『勇者』になれると証明したかった。この血は、穢れてなんてない、と。


 だから『魔法剣士』で戦い続けた。周りから教師から友人から幼馴染からプロのプレイヤーにまで、いくら無駄だと言われても、何度も無理だと言われても。


 全部、無視した。


 前例がないわけでもない。努力して魔法を使えるようになったプレイヤーはたくさんいるし、三代前の勇者、帝国代表・御剣一葉みつるぎ いちようも十三歳まで魔法が使えなかった。


 だから諦めなかった。『諦めなければ夢は必ず叶う』はずだって、信じていた。


 信じていたのに。


 中学三年の地区予選。その第一回戦。


 昨年は一人ソロで準決勝まで行った。相手が守りを固めて攻めきれず、時間切れのコスト差で負けた。でも今年は違う。戦士系として模倣は上達した。魔法はまだ一度も成功していないが、地区予選の公式戦で得られる熟練値は練習試合よりも多い。決勝、あるいは準決勝まで戦い続ければ、ひょっとして成功するのではないか。コスト4『魔法剣士』の、このウィンドウに表示されてる魔法の数々を使えるようになるのではないか。そして全国へ行き、そこでも優勝して、プロに認められれば、『勇者』に近づくことができる。


 そう思って闘いに臨んだ。


 相手は中学一年生のペアで、明らかに格下だった。


 一回戦だった。


 戦歴十一年の最上久丈は、はじめて三ヶ月の魔道士ペアに負けた。


 距離を取られて、遠距離攻撃を喰らい続けて、一度死んで時間切れとなった。


 魔法は一度も成功しなかった。


 公式戦は転送先の練習場ではなく、闘技場を力場フィールドで覆った会場で行われる。その客席から失笑が聞こえた。相手の一年生二人が申し訳なさそうに立ち去っていく。それを見た観客たちが声を押し殺して笑い始めた。公式戦だ。全力を尽くした選手を笑うなんてあり得ない。あり得ないのに、笑われ続けた。くすくす、くすくすと、どうしても堪え切れないかのような嘲笑が、中学三年間を棒に振って呆然としていた久丈を取り囲んだ。世界中に嘲笑われている気がした。


 情けなかった。


 どうしても魔法を使えない自分が、『勇者』になれない自分が、才能のない自分が、運命に選ばれなかった自分が、運命を覆せなかった自分が、情けなかった。


――やっぱり僕は、『一族の恥』なのか。


 悔しいとすら、そのときは思わなかった。途方も無い敗北感を抱えて闘技場を後にした。気が付けば会場の隅っこの男子トイレの個室に篭って手で顔を覆っていた。時折、わっと歓声が響いていくるのがひどく虚しかった。同じ学校のプレイヤーの試合も見に行かず、瑛美たちの試合も見に行けず、大会が終わるまで久丈はそこで魂が空っぽになったように佇んでいた。


 地区予選の優勝は、瑛美のペアだった。


 彼女たちはそのまま全国でも優勝して、久丈の世代で最も『勇者』に近いプレイヤーと認識された。


 それから久丈は決めたのだ。


 『冠装魔術武闘クラス・トランス』を辞めよう。


 もう二度と、夢を見るのは辞めよう。


 そう決めたのに。


――誰かの人生が、運命や他人の手によって決められようとしているなんて、僕には見過ごせないんです。そんなのは、絶対に許したくないんです。


 どうして自分は、あの先輩に、あんなことを言ってしまったんだろう。



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