1-7


 真意はすぐに伝わったはずだ。


 物心ついた頃から『冠装魔術武闘クラス・トランス』を続けている久丈は戦歴十年を越えるプレイヤーである。王城が何か仕掛けようとしていることも、蘭子が手を出さずに待機していることも、一華の叫んだその狙い――このままでは削り切れず、また王城の反撃でやられてしまうから、炎の中に一点だけ道を空けたそこに魔法を撃ちこめ――という意味も、全て把握していたはずである。


 『新兵ルーキー』に使用できる魔法はない。だが『魔法剣士ソーサリィ・ナイト』レベルに引き上げられている今なら魔法を撃てるのだ。実際、久丈のウィンドウには使用可能魔法が表示されていて、この風空系魔法で火の玉の中を荒れ狂わせるのが最も適切だろうな、とまで彼は考えた。考えてはいた。


 だが撃たなかった。


 一華には理解不能な躊躇を一瞬だけして、久丈は強化された身体能力でその手に持つ魔法剣を槍投げのように投擲した。


 恐るべき速度で放たれたその剣は大気と炎と魔力障壁を切り裂いて、魔道士の額を深々と貫く。衝撃でわずかに退がり、王城の頭が空を仰いだ。殺した。間違いなく。だがそれは、魔道士にとっては『数ある死』の一つに過ぎなかった。


 剣を生やしたまま上を向いた王城の頭がゆっくりと正面を向く。魔力球の一つを形状変化させ、器用にその剣を抜いた。傷が瞬時に塞がる。


 やはり、と王城が呟いたように一華には見えた。


 だから、それは一華のミスでもあったのだろう。王城はその可能性に至っていたのだから。あれだけの実力を備えたプレイヤーがなぜ無名なのか。何らかの欠陥があるのではないか。考えにくいことだが、可能性が無いとは言い切れない。


 よくある思い込みである。


 まさかこんなに強い人が『あれを一切使えない』なんて、そんなはずはないという、一華の思い込みが生んだミスでもあったのだ。


 王城を殺しきれないまま演奏は終了する。タキシードの妖精たちが一礼して消え去る。『大いなる序曲バトル・オブ・オーケストラ』の戦闘力上昇効果が切れたその時にはもう、風のように接近した蘭子が一華に向けてナイフを放っている。残り時間三秒。我に返った一華がナイフを腕で止め、その痛みに呻き声を上げると、久丈は彼女が痛覚値を高めに設定していることを思い出した。咄嗟の判断ではなかった。身体が勝手に動いていた。久丈は一華の前に立ちはだかり、斬りかかったシーフのナイフを胸で受け止めた。何度目かの激痛が走る。全身を嫌な感覚が駆け抜け、息苦しくなり、蘭子がナイフに力を込めたのが伝わって、


――ごーん、ごーん、ごーん……。


 ふっ、と全ての痛みが掻き消えた。胸に刺さったナイフが消えて、装備が開始時点に戻る。大きな鐘の音が三つ、どこからともなく響いていた。


 戦闘終了の合図だった。


 直後、戦場にいる四人のクラスプレイヤーの目の前にウィンドウが浮かび上がる。結果リザルトが表示されていた。残り時間は一秒のところで止まっていて、双方の残コストと勝敗が発表されている。



第二一練習場・ランキング戦。


 試合時間:九分五十九秒。


 一華&久丈ペア、残コスト0。


 王城&蛇空ペア、残コスト3――勝利。




 一華と久丈は、敗北した。


 久丈はこの試合で、六度、死んだ。


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