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 敵が二人とも突っ込んでくることの意味を、『盗賊シーフ』の蘭子は冷静に判断する。


 定石ならばコスト1を前衛に出し、一度でも落とされれば敗北が確定するコスト5は後衛で援護と長距離攻撃をするものだ。事実、蘭子が先ほど死ぬまではそうだった。


 なぜ敵は戦術を変えたのか。


 そうしなければ勝てないからだ。


 長距離魔法攻撃で『大魔導師ソーサラー・キング』に勝るクラスはないし、シーフと新兵を真っ向からぶつければ、クラスの性能差でシーフが勝つ。


 『舞踏剣闘士ブレイド・ダンサー』と『新兵ルーキー』のペアが勝つためには、魔道士との接近戦に持ち込んで、護衛に入ったシーフもろとも乱戦で片付けるしかないだろう。敵の狙いは短期決戦だ。


――大志さまは、どうするおつもりか。


 ちらりと、頭上を浮遊する王城を見る蘭子。あるじは何の感情も出さずに彼女を見下ろすと、そのまま後退した。


 承りました。と蘭子は両手にナイフを携え敵二人を迎え撃つ。こちらはあくまで定石通り。弱った敵に付き合ってやることもない。迂闊にも前へ出て来た敵のコスト5を、こちらの魔道士たる主が狙撃して終いだ。


 相手は新兵を前衛に走りこんでくる。決して遠くない距離が瞬く間に溶けて、間合いに入る寸前で蘭子は動いた。斜め前に、そして後ろに、右に左に、不規則に。


 ダンス、ではないが似たようなステップだ。距離と体移動を撹乱する効果を狙う。先の新兵との攻防でも使用し、経験の浅い新入生が物の見事に引っかかっていた。高校入学おめでとう、これが最初の洗礼だ。対応するにはまだ時間がかかるだろうと、


「っ!?」


 『いきなり合わせられた』。扱いにくい両手剣を新兵が素早く振るった先に、蘭子が自分から飛び込んでいた。こちらの動きを予測して攻撃してきたのだ。ぎりぎりで受け止める。だが腕力と重量と硬度の差でナイフが折れた。敵の剣は止まらずに蘭子の腕を切り落とし、動揺と驚愕が思考を真っ白にすると同時に、桃の甘い香りがふわりと前から後ろへ抜けた。その香りに乗って歌が聞こえる。


――蝶のように、鳥のように、風になって、私達は・・・


 舞い歌いながら双剣を振るった一華が、蘭子の両足を薙いで追い越していく。激痛を覚え倒れつつ、敵二人が主の元へ飛ぶのだと知る。自分にとどめを刺さずに。


 そう、殺さずに置いて行かれれば、復活も出来ずパートナーを助けにも行けない。


 相手一人を行動不能の状態で放置する。これもまた定石であった。


「くっ!」


 両腕はない。両足は深く斬られて動かない。だが定石があるなら対策もある。痛覚値をゼロにした蘭子は地面を這いずり、転がる己のナイフを歯で噛んで、柄に仕込んである自害用の毒を躊躇なく飲み込んだ。


 死と復活の狭間の時間、眠りに落ちるような感覚のなかで、蘭子は新入生を思い出す。


――あの子、私の動きを読んでいたんじゃない。アレは……。




☆ ★ ◇ ◆




模倣コピーか」


 蘭子と久丈が鏡合わせのように同じ動きをしていたのを、王城は見逃さなかった。


 戦士系の視力を持ってすれば、相手の体捌きをそれなりに把握するのも可能だ。去年の全国大会でも、他校の戦士系クラスのプレイヤーが咄嗟に相手の動きをコピーして勝利した例もあった。だが、


――恐るべき精度だな。


 あの短時間でこうも完璧に模倣するプレイヤーは見たことが無い。


 名門校たる葉桜学園に入学してきただけはある。しかし腑に落ちない。あれほどのプレイヤーをなぜ自分が知らないのか。逆に言えば、あれだけの技量があって、どうして名が知られていないのか。


 あるいは、なにか覆せないほどの欠陥があるのか。


「まぁ良い」


 飛翔魔法によって一華と久丈が眼前に現れる。すでに後ろ腰から右手で両刃剣を抜いており、左手には魔法障壁を展開している。難なく二人の攻撃を受け止めた。


 王城の持つ両刃剣エンハンサーは『追加武装』だ。装備しているだけで近接格闘能力が上がる。尚かつ補助魔法をかけ視力や素早さ、腕力の底上げを行えば、接近戦においても隙はない。


 コスト5最高コストはどのクラスも、結局のところ万能型に近付いて行く。長所を伸ばし短所を補うだけの余力コストがあるからだ。


 技能士系クラス最高の『舞踏剣闘士ブレイド・ダンサー』と、戦士系クラス最高相当にまで引き上げられた『新兵ルーキー』。近接系二つのクラスによる同時攻撃を、魔道士系の『大魔導師ソーサラー・キング』が捌いているのは少々おかしな光景だ。だが何も『大魔導師ソーサラー・キング』が理不尽に強力なわけではない。トランスしている王城が武術を得意としているわけでもない。実に簡単なことである。


 ずっと一人で戦ってきた『舞踏剣闘士ブレイド・ダンサー』の一華と、


 高校レベルの『新兵ルーキー』を使うのも、強力な身体強化魔法を掛けられたのも、どちらも初めての久丈は、


 連携がまるで、なっていないのであった。


「ふんっ」


 爆発系魔法で久丈の左半身を吹き飛ばした。よろけた身体が、反対側から攻撃を仕掛けようとしていた一華に当たって邪魔をする。そうなることを読んでいた王城は溜めていた魔力球の一つを解放し、黒い光の奔流が二人を丸ごと飲み込んだ。




☆ ★ ◇ ◆




 久丈は即死。復活の待機時間に入る。残コスト4。


 間一髪直撃を逃れた一華も右腕を失う。飛翔魔法の効果が切れた彼女は体勢を直して着地し、追撃魔法と復活したシーフの攻撃を避けるために距離を取る。


 王城は小型誘導魔法で『ダンス』を阻止しつつ、更に魔力球を溜めていく。


 シーフの蘭子が一華に執拗な攻撃を加える中、復活した久丈は一華の『舞踏』時間を稼ぐために二人の間に割って入る。そこに精度と威力の上がった王城の魔法が炸裂し、またも久丈は即死。残コスト3となり、そうしてそのままズルズルと、コストを削られていく。


 久丈が更にもう一度死んだところで、試合残り時間が二分を切った。このままでは残コスト差で負けてしまう。王城はおろか、シーフとして二人を相手取っている蘭子ですらほとんどダメージを負わなくなり、地力の差を見せられた一華に焦りの色が浮かぶ。だが、


「――ははっ!」


 すでに三度も殺された久丈が、実に楽しそうにシーフへ斬りかかる。決して舐めているわけではない。ヤケになったわけでもない。ただただ純粋に、高校レベルでの競技バトルを楽しんでいる。『複合歌詠唱舞踏ダンシング・オールマイト』による補助魔法はとっくに切れているから、模倣コピーだけでどうにか蘭子に勝とうと夢中になっている。


 その横顔が、表情が、一華にはとても眩しく見えた。


 忘れていた。そうだった。自分がこの競技をやる理由。王城の結婚を断って、圧力に屈したくないその一番の理由。


 楽しいから。


 大好きだから。 


――私はまだ、『冠装魔術武闘クラス・トランス』を辞めたくない!


 徐々に拮抗してきた久丈と蘭子。そこへ王城の魔法攻撃が迫る。蘭子は器用に立ち位置をずらして久丈に二択を選ばせる。魔法で死ぬかナイフで死ぬか。久丈が三つ目の選択肢を取れないのは力量と経験とクラス性能の差だ。せめて相打ちを狙おうと久丈が蘭子に迫り、あっさりとかわしたナイフが久丈のコストを奪う。そこへ魔法攻撃がやってきてシーフもろとも吹き飛ばすが、そのとき一華は遠く離れていた。王城の魔法をかわすためではない。ある賭けに出たのだ。


「……なんだ?」


 飛翔魔法を警戒した王城が一華を見る。『相手から視認されること』が発動条件の一華はそれを満たして『ダンス』を開始。飛翔の魔法ではない。補助魔法の一種のようだが、これまでとは少し違う。一華は踊りながら歌っていた。まるでミュージカルのように。


――さあ妖精さん。そんなところに隠れてないで、一緒に楽しみましょう? あなたは叩いて、あなたは弾いて、あなたが吹けば、私は歌うわ。


 それは客観的に見れば寂しい公演だったのだろう。


 舞台は荒野で、観客は蘭子と王城と――目の前アリーナ席で復活を待つ久丈だけだったのだから。


 復活リスポーン待機時間には二種類ある。自動復活の二十秒と、パートナーが触れている五秒間だ。


 一華は、久丈の復活場所をこれまでの傾向から勘で探り、『いつも何かとツイている』自分の運の良さに賭けて、久丈が死ぬ前から復活ポイントへ移動していたのだ。


 その賭けに勝った一華が、カード状態の久丈の周りを華麗に踊りながら歌う。遥かに短い時間で久丈が再び変貌トランスしたとき、二人の周囲に浮かび上がる無数の小さきものがあった。


 小さな人の姿をしたそれらは、各々にティンパニやトランペット、バイオリンにオーボエを携えて、装いも凛々しくタキシードに蝶ネクタイ。背中には透き通る翅が生えていた。


 複合歌詠唱舞踏によって召喚した一華が、彼らを紹介する。


「――『小人たちのサウンド・オブ・交響楽団ミュージック』」


 妖精の音楽隊だった。


 演奏が始まる。


 弦楽器からの静かな始まりから一転、木管楽器や打楽器も加わって徐々に盛り上がっていく壮大な楽曲は、妖精の魔力障壁によって敵魔法攻撃を打ち消し、攻撃的かつ堂々とした演奏による補助魔法で味方全員の戦闘力を大幅に上昇させていく。


 復活した久丈が、片膝をつき、敵を睨む。その後ろで彼の肩に手を置いた一華が言う。


「こちらの残りコストは1。言うまでもなく、これが最後の攻撃になるわ」


「はい。魔法効果が消える前に決着を付けます」


 久丈が戦士系である以上、一華との完璧な連携は望めない。ブレイド・ダンサーに合わせるには、せめて同じ技能士系であることが望ましい。これはその不利を覆す楽曲。


「――『大いなるバトル・オブ・序曲オーケストラ』。今の私にできる最高の魔法よ」


「光栄です。とても」


 演奏が始まる前から魔法を撃ちながらそのことごとくを防がれていた王城が、通常攻撃では埒が明かないと踏んだのか、溜めていた六つの魔力球から半分を前面に出した。その形状がぐにゃりと変わり、黒い渦となって回転する。それに合わせて周囲の風景までもが渦を巻いていく。空間を歪ませるほどの魔力が蓄積されていた。


 とんでもないのが来る。久丈は一華の飛翔魔法にいつでも対応できるよう、気を引き締めて両手剣を構えた。そんな彼に、一華は初めてそれを聞いた。


「ねぇ、あなた、名前は?」


 前を見据えて振り返らずに、久丈は答える。


「最上久丈です、双刃一華先輩」


「そう――最上くん。ありがとう、私に付き合ってくれて」


 お嬢様が素直にそんなことを言うものだから、久丈もつい、釣られたのだろう。


「いえ、自分のためですから」


「そうなの?」


「誰かの人生が、運命や他人の手によって決められようとしているなんて、僕には見過ごせないんです。そんなのは、絶対に許したくないんです」


 一華が息を呑むのを、久丈は肩越しに感じた。


「あなたは――」


「だから先輩。勝ちましょう、絶対に」


「……そうね」


 肩から一華が手を離す。「勝ちましょう」


 王城が魔法を解き放つ。火炎系と爆発系と風空系まで混ぜた黒渦状の魔力波が久丈と一華に迫る。一華は歌わない。ただ一言、


「斬って」


 と命じた。自分でも驚くほどすんなりと命令を受け入れた久丈がその通りに魔力波へ剣を振り下ろす。『大いなるバトル・オブ・序曲オーケストラ』による戦闘力強化の恩恵を受けた刃は物理的に触ることすら不可能なはずの黒渦を真っ向から受け止めた。『魔法剣』。複合歌詠唱舞踏の最高位魔法による補助は、ただの新兵をコスト4『魔法剣士ソーサリィ・ナイト』レベルにまで引き上げていた。


 だがまだ足りない。コスト5最高コストの魔道士が貴重な戦闘時間を使って溜めた三つの魔力球を、コスト4程度が防げるはずもない。一華は歌う。徐々に押されていく久丈に、一華は『歌唱』による援護と最後の反撃を行う。王城の魔法攻撃で死亡したシーフが復活したのを横目で見る。妖精たちの演奏が終焉に向かう。それは補助魔法の効果が切れることを意味し、簡略化された楽曲は最後の盛り上がりを見せ、そして一華は笑い、歌う。


 知っているかしら、この楽曲。最後に――大砲・・を撃つのよ。




――てんの中心、命の。我が両の手は小さいなれど、光、掴むを諦めはせず。




 もっとも、私の場合は太陽・・だけれど。


 一華が歌いながら差し出すように両手を掲げる。綺麗な手のひらに現れたのは光だ。たったいま生まれたばかりの小さな太陽と、遥か彼方に浮かぶ魔道士――王城を重ね合わせ、一華は優しく包むように掌を重ね閉じる。


 次の瞬間、王城大志は太陽の如き巨大な火炎球に飲み込まれていた。


 『小人たちのサウンド・オブ・交響楽団ミュージック』で妖精音楽隊を召喚したときのみ使用できるその複合歌詠唱舞踏は、対象を摂氏数千度の擬似太陽で容赦なく焼き殺す光熱系最大魔法サン・オブ・サンを発動させる。


 ナパーム弾など物理的な方法で同じ温度の攻撃を受けたとしたら、魔力障壁に守られているクラスプレイヤーはほとんど無傷で済むだろう。だが魔力を伴ったこの攻撃は障壁を貫いてプレイヤーを呑み込む。対魔法防御に優れた『大魔導師ソーサラー・キング』でも、サン・オブ・サンの直撃を喰らえば二秒と保たず死に至る。


 しかし一華は精神を集中させた。この火を消さないよう歌唱を続ける。両手は王城の姿を挟むように掲げたままだ。黒渦波は消え失せたが、眩い光の只中に王城の姿がうっすらと見える。まだ勝負は決していない。恐らく焼かれたはしから再生している。ならば、と一華は考える。その再生魔法は、いつまで保つのかしら、と。


――てんのはずれは、空のかげ。汝の両手は小さいなれど、光、輝くこと願う。


 試合残り時間が三十秒を切る。


 一華が魔法を強めていく。まるで天に向かって祈りの歌を唄う歌姫のように彼女の歌声は流れ続ける。試合の残り時間がゼロになるまでに王城の残存魔力量をゼロにすれば一華達の勝利だ。妖精音楽隊のトランペットが高らかに鳴り響き、どこから用意したのか弾の込められていない旧式の小さな大砲が発射されて演奏を彩った。


 火の玉に包まれて身動きが取れない王城だが痛覚値をゼロにしている彼に迷いはない。脱出に魔力を使うという誘惑が生まれることすら無く、残る三つの魔力球を演奏終了と同時に叩き込むつもりなのか、妙な動きを見せる。


 コスト1シーフの蘭子はもはや手が出せない。いま突っ込んでも『魔法剣士』となった久丈に倒されて無駄にコストを消費するだけだ。訪れるかもわからない不測の事態に備えて待機するのみ。


 残り時間が七秒を切る。そこで一華は動いた。このまま削り殺すなんて、そんなつもりは毛頭なかった。このまま押せば勝てるだなんて、そんなことは思っていなかった。


「最上くん!」


 歌を中断し、直接通信で久丈へ叫ぶ。


「アレを狙って!」


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