1-5
突如現れた敵の増援に、王城は舌打ちする。
――まさかまだ一華に手を貸す人間がいたとは……。事情を知らない新入生か……?
そうに違いないと王城は確信した。事情を知っているならば、二つの意味でありえない。
まず一つ。王城家に『
これは実は全くの事実無根で、王城家はおろか、王城大志自身ですらそんなことを言った覚えはない。それに現当主である祖父の力を借りるならともかく、自分の権限だけ追放なんて出来るはずが無い。王城自身としては、権力を振りかざしたつもりなど無いのだが、なまじ実家の力が強いだけに、噂が一人歩きをして大きくなってしまったのだ。
しかし、結果的に一華がペアを組めなくなったので、これ幸いにと噂を撤回しないで黙っており、消極的に妨害していることに違いはない。
だがそれも一華のためである。
二つ目の理由。事情を知っていれば、自分の邪魔をするはずが無いからだ。
自分はいずれ、王城家の家長となる人間である。
それは『
これを『王』と言わずして何と言おうか。
そんな自分の伴侶になること以上の幸せが、一華にあるだろうか。
あの斜陽の双刃家の長女として生まれ、『芸事』に特化した家柄のせいで稽古ばかりをさせられ、あげく『
あろうはずがないのだ。
彼女もいまは反抗しているが、そんなものは子供っぽい意地にすぎない。いずれ自分に感謝するときがくる。それはそう遠くない。
そう、あの美しい双刃一華が、王の寵愛を求めてやってくるのだ。
無垢で清楚で、可憐な華が。
王たる自分の元へ。
いつも通りの結論に至り、王城は改めて確信する。
あの乱入者は、事情を知らない。だが、この王城大志に刃向かった者は容赦しない。叩き潰す。二度と立ち直れないほどに。一華もろとも。
乱入者の元へ一華が駆け寄ったのを王城は見る。やはり新入生のようで、今日配布されたばかりであろう『
「――気を付けろ、蘭子。ダンスが来るぞ」
眼下の大地で指示を待っていた女シーフ、葉桜冠装学園三年の蛇空蘭子が頷いた。王城家に仕える蛇空家の娘だ。
「いかがなされますか?」
「ここで『覚醒』まで見せるわけにはいかん。通常通り、正面から行け。相手は死にかけのダンサーと新入生だ。即席のペアでは連携も取れまい。クラスの性能差もこちらが上となれば、負ける理由がなかろう」
「はっ」
了承し、即座に駆け出すシーフ《蘭子》。
「さて」
二対一から、二対二の戦術へ切り替え、シーフへ補助魔法をかけるべく呪文詠唱を開始する王城。だがその目に、淫らな姿で新兵の肩に手を置き、耳元で作戦を囁く一華の姿を写して、
「…………っ」
☆ ★ ◇ ◆
敵シーフが迫り来る。
背後から一華の指示を聞いた久丈は迎え撃つ姿勢だ。彼が両手剣を正眼に構えると、一華は後方へ退避して戦闘半径の外側へ移動し、その間にも女シーフは地面を舐めるように低く低く距離を縮めてきた。
握る柄から伝わるミスリル銀の硬さが頼もしい。会敵まであと十歩といった所で久丈はもう一度己の戦力を分析する。中学最後の試合で使用したクラスはコスト4・レア度C『
会敵まであと三歩。
が、消えた。
シーフがどこにもいなくなって、右に何か影が、
「うをっ!」
ぎりぎりで受け止める。女シーフのナイフだ。そう認識したときにはすでに、第二、第三の攻撃が繰り出されている。明らかに先ほどよりも動きが速い。かろうじて相手の剣撃を捌きながら久丈は敵が淡い光に包まれていることに気が付く。補助魔法。魔道士による素早さ強化呪文が、強クラスであるシーフの動きを更に引き上げていた。
魔術で強化された視力ですら敵の剣閃が見えない久丈は、切っ先ではなく相手の身体を見ることに集中する。視線、肩、腕、手首、腰、足、つま先、視界に入る情報で剣筋を読んでは半ば直感で攻撃を凌いでいく。重い両手剣だけでは間に合わず、肩や腰の甲冑を使ってあえてナイフを受け、浅い剣撃を貰いながらも致命傷だけは避ける。なんとかなるか、そう思った直後さらにシーフの速度が上がって今までで一番深い一撃を受けてたたらを踏むと、とんとん、と軽い音がして足に激痛が走り力が抜けた。
無造作に跪く過程で見えたのは両足つま先へ綺麗に刺さったナイフだ。しかもそれは大地にまで食い込んで身動きが取れず、シーフが両手に持ったナイフが数分前の焼き直しみたいに首を向かって一直線に向かってきて、
――これが高校レベル……!
死に物狂いで上半身を逸らして死を回避しつつ思考操作で痛覚値をゼロに設定。両手剣で自分のつま先を斬ると同時に感覚の失せた肉体に後ろジャンプを指示して、目と耳だけで身体を操作し追撃を捌こうと試みる。
『痛覚』とはすなわち『触覚』だ。肌に触れたものの感覚、それが強くなると『痒み』になり、さらに強くなると『痛み』になる。その値をゼロにするということは必然として剣を握る感覚はおろか『自分が踏みしめている地面』までも認識できなくなるということだ。かつてのFPSゲームのように、等身大の人形を目と耳と鼻から得られる情報だけで動かさなくてはならず、当然のごとく動きは鈍くなり、そして、
――!? 腕が!
剣の動きが遅くなったと右腕を見れば、深々と刺さったナイフによって力なく垂れ下がったところだった。
自分が斬られたことすら、『目で見ないと』わからない。痛みも何も、無いのだから。
ゆえに接近戦の多い戦士系で痛覚値をゼロにすることは、緩やかな自殺行為である。
だが、緩やかであればいい。今は、今だけは。
――十秒だけ保たせて。
そう一華から聞いている。この自殺が、十秒かかればそれでいい。
左手首の腱が斬られて両手剣が滑り落ちると同時に口が自動的に血を吐いた。視界の隅で胸にナイフが刺さっている。いま痛覚値を100%にでもしたら凄く痛いんだろうなそんなことするのはドMな人だろうけど、などと思いながら前のめりに倒れていく。シーフによってご丁寧にも添えられたナイフで頸動脈を斬られながら。
十秒。
経ったのだろう、それくらいは。
突然右腕が動いて身体を支えた。反射的に痛覚値を戻し、落ちた両手剣を拾ってそのままシーフに刺突を繰り出す。虚を突いた相手の心臓を貫くと、がっ、と血を吐いたシーフの身体が粒子へと変換していく。殺した。殺せた。これで1キル。敵の残コストは4。
シーフは、素早くナイフさばきは上手いが防御は弱い。コスト1ゆえの脆さであった。
一方、自分の身体から傷が消え、全快していることに久丈は気が付く。
「よく保たせてくれたわ」
立ち上がって振り返ると、先ほどまでは無かったショールと薄いマスクを着けた一華が、久丈の首に腕を回して抱き締めた。久丈の足に絡みつくように一華のそれが入り込み、まるで一緒にダンスを踊っているかのように身体が密着する。病み付きになりそうな桃の甘い匂いがして、大きな胸の柔らかさをみぞおちで感じ、至近距離で自分を覗く彼女の瞳が妖しく笑った。
やたらとエロい格好をした黒髪爆乳美女に突然抱きしめられて、久丈は声も出なかった。
「続きをしましょう?」
す、と体が離れるその時にまで、久丈の頬を撫でていく。
わずか十秒足らずで初期装備である『天の羽衣』と『カーテンマスク』を復元させ、更に久丈の傷を回復し自分の両手を再生させた一華。その特異能力は『
「敵はあちらよ? 新兵さん」
惚けて硬直していた久丈をからかうように言って、彼の背後を手で示した。
あなたが変なことをしたからでしょう、と少しだけムッとして、久丈は魔道士を振り返る。敵は空中に留まったままだが、その周囲に人間大サイズの魔力球が三つほど出来上がっていた。シーフに補助魔法をかけて戦わせている間、一華が再生と回復を行っている間、『戦闘中のありとあらゆる待機時間を使って』敵は大規模魔法の準備を進めているのだ。
だがシーフが死んだことにより、
――重ねた肌、交わした視線、私はあなた、あなたは私、二人はひとつ、ひとりで二人。
天の羽衣とカーテンマスクによって効果増幅された『
そして、水面に雫が落ちるかのように、胸に広がっていく言葉がある。
同じ言葉を、一華が紡いだ。
「――『
それは、『パートナーの身体能力を引き上げる』特異能力。
一華が囁く。
「さぁ、攻めるわよ」
武者震いがする。中学じゃもちろんあんなレベルの魔力球なんてお目にかかれないし、この身体に湧き上がる力もとてもコスト1とは思えない。帝国屈指の魔術名門校で高校でもトップレベルの魔道士が最大級の攻撃魔法を展開しており、残コストでは勝っているものの明らかに不利な状況は変わらないのに、顔が笑みの形を取るのをやめない。
――くっそ、めちゃくちゃ楽しい……!
もうやらないと決めたのに。
これで最後かも知れないのに。
いや、だからこそ、楽しくて仕方ない。
補助魔法をかけられた久丈は、復活したシーフが駆け寄っていく相手のリーダー、『
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