1-4


「現実的かつ理性的な判断はどこに行ったんだか……」


 談話ルームのドアが閉まるのを見ながら、小さな幼馴染はため息をつく。隣を見て、


「これって、計画通りなんですか?」


「ええ、そうね」


 しれっと悪びれることなく頷く学園長。


「他国に負けない、強いプレイヤーを育てること。それが私と、この学園の目的だもの」


「つまり、一華お姉さまを結婚させず、ジョーくんを再び戦わせることは……」


「客観的に見ても双刃一華は良いプレイヤーよ。けれど、王城に嫁げば『冠装魔術武闘クラス・トランス』も引退することになるわ。本人の意志に反してね。それは学園にとっても、クラス・トランスにとっても、ひいては帝国にとっても大きな損失なの。そこを無視して自己の利益だけを求めている人達が多いのだけれど」


永水家ウチもそうですけど、大人ってみんな保身しか考えてないように見えます」


「困ったものね」


「困ってますよ」


「良い大人はバランスを取るものだわ」


「その良い大人の学園長に聞きますけど、何でジョーくんをスカウトしたんですか?」


「簡単よ。彼をこのまま腐らせるには勿体無いわ。あなたもそう思うでしょ?」


「思います。でも、ボクが言うのも何ですけど、ジョーくんに才能はないですよ」


「あなたって、本当に可愛いのは『普段だけ』ね。そんなこと言ったら、彼泣くわよ?」


「クラス・トランスに関しては嘘つきたくないです。ジョーくんにはプレイヤーとして欠陥がある。覆せない欠点があるのに、それを直視できなかった。だから才能がない」


「さすが次期『勇者』候補だわ」


「そのために生きていますから」


「最上のことはどうでも良い?」


「そんなことないです。ボクはジョーくんとペアを組みたい。中学じゃ、永水家の都合でパートナーを決められちゃってましたし」


「じゃあどうして最上を行かせたのかしら。私の話を最上が聞いたら、双刃を助けに行くって、彼の性格を知っているあなたならわかったでしょう? 彼、たぶんこのまま双刃とペアを組むわよ? 一度申請したらその学期間は変更できないのは知っているわよね? それなのにあなたは私の話を邪魔しようとはしなかった。むしろ進んで話を聞かせたわ」


「それこそ、簡単です」


 永水瑛美は答える。愛おしそうに、誇らしそうに。


「だってボクは、誰かを助けるために頑張るお節介なジョーくんが、大好きなんです」


 そしてモニターの写す練習場に、才能がなく、プレイヤーとして欠陥がありながらそれを直視しない、それでも誰かを助けるために頑張るお節介な男は現れた。




☆ ★ ◇ ◆




 時間を数分巻き戻そう。


 各練習場へ飛ぶ転送室は二つある。対戦相手と別々の部屋から転送するためだ。談話ルームを真ん中に、東西で対称に別れている。『冠装魔術武闘クラス・トランス』は特定の区画でしか発動せず、ここ転送室と練習場は数少ないそれに該当する。


 東側の二一転送室に入った久丈は、床に描かれた魔法陣が二つあるのを見た。中学時代に使っていたタイプとほとんど変わらない。左側の魔法陣だけが赤く発光し、天井まで浮かび上がっている。こっちは一華先輩が使用中。発光していない魔法陣の上に立ち、『冠装魔術札カード』を手にしてこう唱えた。


冠装魔術クラス・トランス――再降臨リアドベンド!」


 カードが粒子となって崩れていく。その光の粒が久丈の胸に溶けるように入り込み、久丈は身体の中から『作り変えられる』感覚を味わう。久丈の中を流れ続ける魔力の流れにカードの粒子が干渉し、彼の心と身体を予め設定された『職業クラス』へ『変身トランス』させていく。


 刹那の後。


 インナースーツに簡素な胸当てと腰甲冑を纏い、左腰に両手剣を提げた、『新兵ルーキー』の姿となった久丈が現れた。


「ん」


 手を閉じて、開く。高校に上がって初のトランスに、久丈は自分に与えられた力が中学時代の『冠装魔術札カード』よりも強いことを悟る。球技に例えるなら軟式から硬式へ変わったとでも言おうか。『新兵ルーキー』はコスト1・Dレアというほぼ最弱なクラスだが、それでも中学時代のコスト3クラスに匹敵する。


 視界には本人にのみ見えるウィンドウが立ち上がっていて、自己クラスの能力値や現在の痛覚値、魔力探索図レーダー、使用可能魔法に特異能力などが表示されている。こういう風に情報が閲覧できる所は『兵器』っぽさが残ってるよな、などと思っていると、クラスの魔力を感知して魔法陣が発動した。光が描かれた紋様に沿って立ち上り、久丈の身体を飲み込んだ。


 視界が右に左にブレて歪んでいく。転送が始まった。久丈は目を閉じ、自分が戦場のどこに送られても動揺しないよう、心を落ち着かせる。やがて周囲の音が消え、立っていた床が無くなったように感じ、更には身に付けていた服や鎧の感触まで失せて、肉体までも喪ったかのように全ての感覚が得られなくなる。


 目を開けているのか、閉じているのか、それすらも定かでない暗黒のなか、体感にしてわずか三秒の後、唐突に全ての感覚が蘇った。


 びゅごう、と強い風の吹く音が聞こえ、足と膝で着いた大地から己がしゃがんでいることを知り、土っぽい匂いと、わずかに喉の渇き、そうして目を開けると――眼前にいる敵のシーフがナイフを薙ぎ払って、


「は?」


 最上久丈は死んだ。


 デフォルトの痛覚値10%による『首をかっ切られた痛み』は、久丈の高校デビュー戦で得た、しばらく忘れられない最初の死の感覚だった。




「……ありえねぇ」


 呆然と呟く久丈。


 いくら転送場所がランダムって言ったって、いきなり敵の目の前に送ることはないだろう。なんてタイミングの悪さだ。まったく自分はいつもこうだ。


 もちろん戦闘開始から参加していればこんな事故は無い。スタート地点はお互いに離れているからだ。途中参加ならではのアクシデントだが、それにしたって滅多に起こることではない。


 幼馴染の瑛美ならよく知っていることだが、最上久丈はツキが無い。通学バスはいつも目の前で行ってしまうし、携帯デバイスを新しくすれば初期不良品に引っかかるし、急いでいる時ほど電車が止まる。三ヶ月後にはトラックの暴走事故に巻き込まれることなど久丈は知る由もないが、まぁそのくらいのことは起きるよね、とは常に思っている。


 久丈は復活リスポーンの待機時間二十秒を過ごすカードの中で頭を押さえた。実体が無いので、正確には『頭を押さえたように感じた』だが。


 そのカード状態の久丈に、『直接通信』が届く。ペア同士でしか聞こえない通信で、相手はもちろん双刃一華だ。思い出したかのように緊張する久丈。あのお嬢様といきなり話をするだと? なんて言えばいいんだ。入学式のとき裸に見えました、って言っていいのか。いや、とりあえず挨拶から――などとテンパりながら思考による操作で『SOUND ONLY』(音声のみ)と表示された通信をオンにすると、


「どこのどなたかしら! いきなり参加して死ぬなんて!」


「ご、ごめんなさいっ!」


 いきなり怒鳴られた。お嬢様が激昂なされていた。


 当たり前である。誰だってそうなる。自分だってそうなる。


 久丈のせいで、一華は一度も死ねなくなってしまったのだ。


 先ほどまではコストが6まで《全部》あったから、コスト5の一華が一度死んでも、6ー《ひく》5で残コスト1となる。その場合、復活した一華は本来のコスト5クラスから、『残コスト相当』の能力(今回の場合は『コスト1相当』)のレベルまで能力が落ちてしまうが、それでも即負けにはならない。


 だが今、同じペアの久丈コスト1が死んだせいで、ペアの残コストは5に減り、一華が死ぬと負けてしまう。


 もし久丈が来なければ、例えば捨て身で特攻し、敵のコスト5と相打ちし、相手のコストをゼロに、こちらのコストを1だけ残して、勝利することもできたはずだ。


 そのチャンスを、面識も何もない、友人でも知り合いでもない、突然参加してきた名も知らぬ新入生の久丈が潰してしまった。


 そりゃあ怒る。


「まさか偽援!? わざと死んで私の足を引っ張るつもり? あんまり露骨だと成績に影響するのを知らないの!? あなたの為にもならないのよ!」


 偽援とは『相手を負かすために、援軍のふりをして参加して、わざと死んでコストを減らす』卑劣な行為のことである。一華は久丈が、相手の送り込んだスパイではないかと疑っているのだ。


 この状況では仕方のないことだし、久丈は知らないが一華はこの二年で何度もそのような目にあっている。王城に取り入ろうとした生徒が勝手にやったことだが、彼らはその後、王城に気に入られるどころか無視され、学園にも居づらくなったのか自発的に退校していった。


 最近ではそういう生徒もいなくなったため途中参加のペア枠を閉め忘れていた一華だが、今日から新入生が入ってくることもまた忘れていた。久丈は慌てて弁明する。


「ち、違います! 先輩の話を学園長から聞きました! 放っておけなかったというか、我慢できなくて参戦してたんです! でも足手まといになっちゃってごめんなさい!」


 一華の声が途絶えた。通信の向こうから思案する雰囲気が伝わってくる。カード状態では全く動けないが視覚はある。はるか遠くにいる一華たちが点にしか見えないが、敵二人は突然現れた久丈を警戒したのか一華から距離を取って動かない。


 その様子が、久丈が偽援スパイでないことの証明と受け取ったのだろう。一華は信じられないといった様子で呟いた。


「私の話を聞いたって、それだけで、そんな……簡単に……? ここから追放されてしまうかも知れないのに? そんなことって……」


「次はうまくやります! 信じてください!」


 もはや『助ける』などといった思い上がりを久丈は捨てた。一華のコストを減らし、チャンスを潰した責任を取るため、持てる力を全て使ってパートナーのために戦うと心を決める。


 死力を尽くす。


 そう、自分はあと『四回死ねる』のだ。


「それなら」と一華は告げる。「それならバトルで証明してみせて!」


 待機時間が終わる。カードが再び粒子となり、久丈は再び『新兵ルーキー』の姿へと変貌トランスする。


「わかりました」


 コスト5最高コストの恐るべき身体能力で久丈の元へ駆け付けた一華に、久丈は転送直後と同じ体勢で――膝を着いたままの姿勢で、お嬢様を見上げた。まるで騎士が姫君にかしずかえるように恭しく告げる。




「あなたのために、死にます」




 一華が一瞬、息を止めたのを久丈は見逃した。


「――よろしくお願いするわ、新兵さん」


 気を取り直した一華は久丈の背後に周り、久丈は一華を守るように立ち上がって剣を抜く。


 補足。


「あ、正確に言うと、あと四回まで死にます」


「まるで台無しだけど計算はできるみたいで嬉しいわ」


 一華&久丈ペア、残コスト5。


 王城&蛇空ペア、同じく残コスト5。


 試合残り時間――五分三十七秒。


 戦場の冠装魔術士クラス・プレイヤー四人が、一斉に動いた。



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