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久丈には一華が何を喋っていたのかまるで頭に入ってこなかったが、わかったことが一つある。おそらく先のアレは『
クラス・トランスの影響と言っても、別に魔術を用いたわけじゃない。アレは――
「噂には聞いてたけど、すっごくエロかったね一華お姉さま! ボク、危うく惚れそうになっちゃったよ! 同じ女なのに!」
と、思考を中断させたのは、入学式で隣に座っていた久丈の幼馴染、
「一度も話したことが無いのに『一華お姉さま』なのか?」
「だって『お姉さま』って感じがしたじゃん!」
「まぁな」
入学式が終わって、最初のホームルームも終わって、「同じクラスになれた!」とジャンプ一番飛びついてきた瑛美をよしよしどうどうお座りとなだめすかすのも終わって、今は瑛美の付き添いで練習場へ行く道すがらである。校舎から離れた位置にある体育館――の更に奥に、練習場施設はあるはずだった。『
土をならしただけの広い道を歩きながら、幼馴染が口を開いた。
「ジョーくんは、
「いや、僕はもうやらないから……」
「はぁっ!? なんで!」
「いや、わかるだろ。中学最後の試合、お前だって見てたんだから。才能がないんだよ」
「なに言ってんだか。戦士系なら全国レベルだって、中学でもさんざん言われてたじゃん」
「覚えてないなー」
「この学園に来たってことは、てっきりもう一度やる気になったんだと思ってたよ」
「あーやっぱり。それでお前、あんだけうるさかったのに突然何も言わなくなったんだな。まぁ勘違いしてるんだろうなと思って、コレ幸いにと言わなかったけど」
「言ってよ! てっきりジョーくんがトラウマ払拭したのかと思ったじゃん!」
「トラウマじゃねぇよ。現実的かつ理性的な判断を下しただけ」
「現実的かつ理性的? ジョーくんが?」
「そう、やっても無駄なことはやらない。目指さない。僕はもう諦めたんだよ。『
「じゃあなんでここに来たのさ」
「そりゃお前、色々だよ……。人には言えないことの一つや二つ、」
「いくら食うため寝るためビュッフェのためとは言え、特待生で入ったんだから、ちゃんとやらないと追い出されるよ?」
「全部わかってんじゃねぇかよ。あとビュッフェってなに? バイキングじゃないの?」
「スパゲティとパスタみたいなものだよ。ほら、練習場着いたよ」
見ると、駅のプラットホームのような横に長い施設があった。細かく壁で区切られていて、カラオケボックスみたいに個室が連なっている。あの部屋に入り、転送魔術で各々の練習場へ飛ばされるのだ。この学園、敷地もアホみたいに広いので、物理的な方法では端っこの練習場へ辿り着くまでにえらく時間がかかる。よって魔術的な手段を用いる。
「ジョーくん、今日はボクに付き合ってもらうよ。『
「……はいはい」
瑛美がポケットから携帯デバイスを取り出して画面の上に手のひらをかざした。瑛美の魔力波紋を読み取ったデバイスが彼女を認証すると、瑛美の開いた手の中につるつるしたプラスチックのようなカードが現れる。高級なトランプみたいにぺらぺらしていて曲げやすいが、まず折れることも破けることも無い。コレ自体がひとつの魔術と認識されている。先ほどのホームルームでクラス全員、ひいては一年生全員に配られた『
「初心者向けだけど、最初だからこんなもんだね」
西洋の軽装歩兵をイメージしたイラストに『
「久しぶりだなー、この
「まぁね。早く新しいカード引きたいよ」
などと話しつつ歩き、プラットホームの中央へ到着。
中央には広い談話ルームがあって、いくつもある馬鹿でかいモニターで、各練習場の様子を映し出していた。訓練しているところもあれば、模擬試合をやっているところもある。さすがに新一年生は目に付かない。『
と、ひときわギャラリーの多いモニターがある。何を映し出しているのかと瑛美と二人で見に行けば、
「――なんだよ、これ」
呟く久丈の視線の先には、半裸に近い姿で一方的に『攻撃』されている女子がいた。
魔術によって構築された戦闘ステージは『荒野』。設定時間は昼。天候は晴れ。
更に、モニターの情報欄にはこう記されている。
第二一練習場・ランキング戦・
先ほどの副会長が、凛々しくも妖艶な双刃一華が、二対一で、嬲り殺しにあっていた。
☆ ★ ◇ ◆
かつて大きな『魔術戦争』があった。
戦争で使用され、人類を滅ぼしかけたカード型魔術兵器『クラスウェポンシステム』。
それは、ただの人間を『魔術士』に変えるシステムだ。元々は一部の人間のみが密かに使用していた『魔術』を、誰もが使えるようにカードへ封じ込めたのである。
兵器が、その目的によって種類を変えるように、魔術士にも様々なクラスが存在する。
超人化、武術補正などを中心とした『
攻撃魔法、治癒魔法と言った魔法を武器とする『
隠密行動や歌唱、舞踏などの特殊な技能を持つ『
魔法剣、暗殺剣に代表される、各クラスの特徴を並立して扱う『
魔術による身体強化と攻撃魔法による大規模破壊能力、銃弾すら通さない
戦争が起きて、危うく滅びかけた。
さすがに人類も反省した。
そのときの教訓から、機能の大部分(宇宙空間での戦闘能力・亜光速による移動・大陸間長距離ワープ・地球を十回破壊できる程度の爆発魔術や、それを防げるバリア・フィールドなど)を封印し、『特定の区画』以外では使用できなくさせ、魔術そのものを弱体化させた。
そしてカード型魔術兵器はその名を『
☆ ★ ◇ ◆
敵の詠唱が始まった。
一華はボロボロになりながらも何とか致命傷をさけ、相手二人の行動を読もうと試みた。
かすかに届く詠唱の
相手ペアのリーダー、王城が使用するクラスはコスト5《最高コスト》、Sレアの『
一華のクラスもコスト5《最高コスト》だが、レア度は一段階上のS+。様々な系統がある『
マイクロビキニのような胸当ては豊満な胸を隠すには小さすぎて今にも桜色の突起物が見えそうだし、大事な所だけを最低限に隠したショーツでは太ももは勿論お尻まで丸見えだ。透け透けの布を腰から足にかけて巻いているが、むしろ余計に扇情的な雰囲気を出していて、隠すと言うより、より『魅せる』効果を期待している。
淡いピンク色でまとめられたその衣装は、しかしただの服ではない。魔術を介さない物質攻撃を跳ね返すフィールドを発生させ、かつ身体強化や能力強化など多様な付加価値をプレイヤーに与える。コスト5《最高コスト》のS+レアともなれば、その装備効果は絶大である。
それが無ければ、『本来ペアで戦うはず』のクラス・トランスに一人で参加し、二対一で五分以上も生き伸びることは不可能だ。現に一華の装備は、追加武装である『天の羽衣』や『カーテンマスク』を失い、胸当ての紐は片方ちぎられ、薄い腰巻きも大部分が破れている。
肉体に負った傷は『ダンス』の効果で常時回復中だが、それも追い付かなくなってきている。右腰や左太ももに走る裂傷から流れ出る血は止まらずにひどく痛むものの、感覚が鈍ることを嫌って痛覚値は100%のまま変えない。その身体を治癒するので精一杯で装備の復元にまで魔力が回らず衣装はきわどいままだ。戦闘の激しい動きで、紐のちぎれた胸当てがかろうじて乗っているだけの右の乳房は今にもぽろりと見えてしまいそうだが直さないし直せないし直す気もない。せっかく練り上げた魔力をそんなことに使うくらいなら、いっそ見せてやった方がいい。見られて魅せるのが『
魔力は、攻撃に。
相手ペアのもう片方、コスト1《最低コスト》の『
目の前で接近戦を仕掛けてくる女シーフは囮だ。相手にしてはいけない。コストの関係上、シーフを
かつての『
ペアの総コストが『6』。
先に相手ペアの残りコストをゼロにした方の勝利である。
コストが高ければ高いほど強力なクラスを使用できるが、その分ペアの総コストを圧迫する。
また、コストが残っている限り何度でも
今回の相手は、
コスト5《最高コスト》の『
コスト1《最低コスト》の『
合わせて総コスト『6』となる。
ゆえに、最も効率の良い勝ち方は二人を一度ずつ殺すことだが、そう簡単には行かない。
コスト5であるソーサラー・キングは攻撃を受けないよう後方から魔法攻撃を加えてくるし、コストの低いシーフは『五回死ぬつもり』で突っ込んできている。
現在、戦闘開始から六分十二秒が経過して、お互いにコストは『6』のまま。一華は敵ソーサラー・キングの呪文詠唱を止めるために開始から突撃したものの、シーフの巧みな護衛に阻まれ、詠唱を終えた魔道士の魔法攻撃を喰らって、装備と魔力の大半を失い防戦一方となっている。
そもそも、『
敵シーフがナイフで執拗に一華を攻め立てる。いかにシーフが最低コストにしては破格の強さを誇り、プレイヤーの腕と熟練値によってはコスト2のクラスすら軽く凌駕し、コスト1クラス使用率90%を誇る『強キャラ』な職業といえど、『
ナイフを躱すたび、一華の身体からオーロラのような光の帯が流れる。ブレイド・ダンサーの特異能力である『
一華は目の前のコスト1《最低コスト》を攻撃しない。敵のナイフを回避しつつ、魔力を練り上げ、一瞬の勝機に賭けている。敵もおそらく狙いはわかっているだろう。ならばこちらは更にその上を行くまで。
女シーフの刺突を一華がターンして躱す。オーロラが流れ、また少し一華の魔力が回復する。攻撃されないと高をくくったシーフの動きは攻撃一辺倒だ。反撃を計算に入れなくなったシーフがより大胆に斬撃を繰り出して、呪文詠唱も終盤に入っていた後方の魔道士が最後の一節を読み始め、そして一華は条件をクリアした。女シーフが思い切り踏み込んで突きを放つ。
「――はぁっ!」
裂帛の気合。この攻防で初めて使用した一華の双剣は女シーフのナイフを挟むように砕き、返す刀で相手の首を斬り飛ばす。自分が
二十秒。
それが一華に許された攻撃の時間。
コスト5《最高コスト》の『
動揺した魔道士の詠唱がわずかに乱れ、そして一華は唄を歌う。
――蝶のように、鳥のように、風になって。
それは詠唱ではなく『歌詠唱』。
『
シーフの『1』と、魔道士の『5』。合わせてコスト『6』。
二対一の劣勢を跳ね返し、『
「信じていた」
勝利を確信した一華が、両の手から剣を落とした。否、両手ごと斬り落とされていた。そのまま背中に衝撃を受け、吹っ飛ばされる。
――どうしてっ!?
受け身も取れず地面を転がり、何とか膝をついて、激痛に喘ぎながら相手を見た。
確かに斬った。即死だったはずだ。
それは間違いではなかった。痛覚値をゼロにでもしているのか、まるで痛がる様子もなく魔道士は全身から血を流したまま、ふわり、と一華の前に着地する。そして、骨すら見えるような深い傷の間に、光る無数の極小キューブが生まれ、淡く弾け、
「必ず勝負を掛けてくると、信じていた」
一瞬で完治した。
「それは……!」
「察しの通り、『
『瞬間自動再生』。一華が行っていた常時回復ではなく、『予め再生魔法を掛けておく』ことができる能力。
だが
「なぜこんな試合で見せたか、わかるか?」
魔道士の手には杖でなく、大振りの両刃剣『エンハンサー』が握られている。近接格闘能力を上昇させる効果を持った装備だ。一華の両手を斬り落としたそれが、彼女の胸に突き付けられる。そして魔術士は――葉桜冠装学園三年、学園ランキング一位の
「お前の心を折るためだ。そして、お前の幸せのためでもある」
自らが決めた婚約者、双刃一華へ、そう言った。
「くだらない意地を張っていないで、いい加減俺の元へ来い、一華」
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