第一章 『冠装魔術武闘《クラス・トランス》』
1-1
――自分は、何者にもなれないと思っていた。
☆ ★ ◇ ◆
かつて大きな『魔術戦争』があった。
魔術を兵器とし、魔術士を兵士としたその魔術大戦は、同盟国と枢軸国と共和国と連合国が入り乱れ、ご迷惑にも関係のない国はおろか全世界を巻き込んで、人類を滅ぼしかけたところでようやく終焉した。
それから百年と半年が過ぎた。
先の大戦で極東一番の激戦地となり、本州千葉県から分断され、一度はまるごと海に沈み、そして浮上し離島となった旧館山市は戦後、魔術の平和利用発展を図るスポーツ、『
一度は沈んで、魔術により浮かび上がったその経緯から、現在では『
その『
ここは養成校である。
『
それは魔術の平和利用を謳って作られたスポーツ。今や全世界で流行し、子供の憧れる職業NO.1に十年連続で君臨し、行き遅れた元女子が集う暗黒インターネット掲示板では『【急募】医者か弁護士か国際魔術士の彼氏【最低年収一千万】』とスレが立つほどトップレベルの
その一流プレイヤーになるために、才能と実績が認められた者のみが通うことを許された、『
その第九十回目の入学式に、
正直、うんざりしていた。
ここの教諭と思しきスーツの前ボタンがはち切れそうなほど立派なビール腹の男性が壇上で行っている演説が実に催眠術めいて、一つでも油断すれば夢の世界に誘われそうな久丈は、パイプ椅子をいかに鳴らさないで座る体勢を変えられるか挑戦を続けている。
すぐに飽きた。
チラリと周りを見渡せば、久丈と同い年の学生が大勢いる。自信満々な顔をした奴もいれば、気弱そうな奴もいる。さすがスポーツ名門校だけあって体格の良い奴も多いが、逆にびっくりするほど小さいのもいる。男もいれば女もいる。強そうな奴もいれば、弱そうな奴は――あまり見当たらない。
それはそうだ。
ここは名門校なのだ。
大勢の学生たちが、本気でプロを目指している。
例えプロを目指していなくても、『
だから、このときの久丈はひたすら居心地が悪かった。
だってもう、やる気なんて無かったから。
『
ほんの三ヶ月前だ。
中学最後の試合で、あの経験を経て、最上久丈は諦めると決めた。
『
だというのに、最上久丈はここにいる。
いつビール腹と交代したのか、頭の薄い
――早く終わらないかな。
いかんせん居心地が悪くて仕方ない。だんだんムカっ腹も立ってきた。どうして自分がここにいなければならないのだ。いくら中学を卒業して養護施設を追い出され、食うものも住む場所もなくしたからと言って、あんな意味不明な女の甘言に惑わされるんじゃなかった。何が学園長だ。何がスカウトだ。何が特待生だ。馬鹿にしやがって。自分程度の腕前なら全国にはゴロゴロいるし、何より自分には絶対に覆せなかった欠点があるのだ。馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって。そりゃ寮に住めるなら寝る場所には困らないし、特待生なら入学金も授業料も免除らしいし、朝食も昼食も夕食もバイキングで食べ放題だし、さすがは帝国一の養成校だと感心するが感謝なんてしないぞ。でも今日も朝ごはんが美味しかったです。ごちそうさまでした。
カレー鍋に五往復してやった。
今日の昼メシは何が出て来るかな……。麺類かな。パスタがいいな。
一流ホテルに匹敵するほど豪華な昼食を久丈が想像していたその時、妄想の中の久丈がバジルソースの絡まった茹でたて生パスタをくるりとフォークで巻いてあつあつの湯気と共に口に運ぼうとしたまさにその時、
ざわっ
と会場全体が『落ち着きを失った』。動揺にも似た何かがその場にいた全員に走った。
何事かと顔を上げる。
――うわ。
すぐに悟った。久丈もまた、胸が騒いだからだ。
壇上には女生徒がいた。
とてつもない美人だ。それは間違いない。だが、『それだけでこんなことは起きない』。
全裸だった。
って、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。
慌てて目をこする。頼むから違ってくれ、いや違わないでくれ。「全裸!」「着衣!」脳内で突如台頭する二台勢力が朝まで生テレビを開催した。「いや全裸!」「いや着衣!」「つまりこう言いたいんでしょ? おっぱいは尊いんでしょ?」「アンタはちゃんと話をまとめろよ!」「だから全裸だ!」「いいや着衣だ!」そんな相反する願いが生まれる。天使と悪魔が争う戦場こそ人の心であると言ったのは誰だったか。
意を決した。
もう一度見た。
とんでもない美人が――政府直下の学校らしい地味な制服に、長い黒髪を後ろにまとめていた。美人ではあるが化粧もしてないし、当然肌の露出だって無いに等しい。
服を着てた。
全裸じゃなかった。
なんだ……。びっくりしたよ……。損した気分に……いや、なってない。安心した。ホッとした。本当だよ? あー良かった、全裸じゃなくて!
それにしても、と久丈は思う。どうして『何も着ていない』ように見えたのだろう。自分でも知らない間に欲求不満にでもなっていたのだろうか。
そのとき久丈は気付かなかった。
会場にいるほとんどの人間が目をこすったり頭を振ったりしているのを。
見間違いだったと、誰もがそう思った。同時に、彼女から一瞬たりとも目が離せなくなった。壇上の女生徒はまるで見られるのが仕事とでも言わんばかりに会場中の視線を一身に浴びて微笑み、それでも気負った様子はなく、ただただ堂々としている。
そして淀みのない綺麗な動きでブレザーの内側に手を入れると、内ポケットに収められていた紙切れを抜き出した。若者には見るにも毒なほど大きな胸がほんのわずかばかり形を変える。ぴん、と大きく張り詰めた白いブラウスの向こう側は決して透けることのない彼岸だ。そうして、左手で大切な場所を隠すようにブレザーの襟を撫で直す。細く長い指が、三つ折にされた紙切れを丁寧にゆっくりと開いていった。
懐から原稿を取り出した、それだけだと言うのに。
その仕草がとても優雅なのにどこか妖艶で、久丈は気が付けばごくり、と喉を鳴らしていた。両隣の生徒と同じタイミングだった。右は男で左は女だ。
花の蕾が開くように女生徒の唇が動き、声を発しようとしたその直前、彼女は何かに気がついたように動きを止めた。そうして、会場を見渡すように微笑んで、一人ひとりに微笑みかけるように見渡して、
「申し遅れました。わたくし、生徒会副会長を務めております、」
低音なのに、どちらかと言えば『凛々しい』声質なのに、話し方それ自体はとても事務的なものなのに、耳が蕩けそうなほど甘い声で、言った。
「三年、
たぶん、この場にいた一年生は男も女も、全員すべからく彼女に恋をした。
一部の例外をのぞいて。
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