第37話 第三話「開花」その1
狂気に染まる悪魔を見下ろしながら、導華は周囲の様子を確認する。
「まずは、あの悪魔の周りにいる奴らを助け出さんとな」
「でも、かなりの量ですよ。任せて平気ですか?」
司が確認できるだけでも、相当な人々が悪魔に取り憑かれていた。恐らく日曜の昼間に、この巨大な交差点を渡っていた人たちなのだろう。
本来ならば二人で手分けをして人々を助けなければならないのだが、前回同様、司と片穂の力では誤って必要以上の攻撃力で攻撃してしまう可能性がある。
それ故に再び導華に全てを任せてしまうことになるわけだが、今回はひたすらに量が多い。
「うむ。司はアスモデウスの相手を頼む。無理に攻撃する必要はない。ワシが片付け終わるまでは、時間稼ぎだと思ってよい」
「どれくらい、かかりますか?」
「二分で充分じゃ。それだけあれば、全てに手を回せる」
「じゃあ……アスモデウスに取り憑かれている人は、どうしますか」
司の役目は、導華が人々を助けている間、アスモデウスと戦い、時間を稼ぐこと。片穂の力が全快していない今、アスモデウスの盾を壊すためには導華との連携が必要不可欠である。
しかし、今回はアスモデウス自身も『強制契約』によって『器』を確保している。もちろん、アスモデウスに取り憑かれた人の命は今も削れている。
だが、導華はそれも理解している。それでも、現状選べる方法はこれしかない。
「今はとにかく最善を尽くすとしか言いようがないのぉ。何よりも時間との勝負じゃ。もう行くぞ」
話している時間も惜しいとばかりに、導華は一歩前へ進む。
そのうしろ姿を見て、司は信頼を込めて、言葉を導華へと放つ。
「はい。お気をつけて」
「うむ。お前もな」
導華は足を進めて、ビルの屋上から蹴り出し、美しい大翼を畳んで高速で落下していく。
それを見て、デーモンに取り憑かれた人々が導華へと手を伸ばし襲いかかる。
「遅いッ!」
自分の周りを囲む夥しい数の悪魔に、導華は絶妙な力加減で攻撃をする。後ろからの悪魔の振り下ろしを華麗に躱して首筋に手刀を一撃。
外傷を作らずに、導華は悪魔の意識を吹き飛ばす。他からの追撃も、導華には当たらない。避けた勢いで回転し、首筋に蹴りを入れる。
その力も絶妙で、すとんと、紐が切れたマリオネットのように悪魔の体から力が抜け、その体から少しずつ闇に染まる悪魔の瘴気が逃げていく。
次々と取り憑かれた人々の意識を落としていく導華を見て、アスモデウスは唇を噛みしめる。
「チィ! またちょこまかと僕の『駒』達を! ぶっ殺してやる!」
右手を正面に開き技の名を唱えようとしたアスモデウスの目の前に、純白の天使が舞い降りる。
「させないぞ! アスモデウス!」
「邪魔だァ! 【
目前の天使を気にすることなく、アスモデウスは技を唱え、漆黒の槍を顕現させる。その槍が狙うのは、司の奥にいる小さな天使。
しかし、黄金に輝く天使の剣が、その槍の進む道を断ち切った。
「【
「剣一本で『器』を確保した僕の槍を防げると思うなよ! このクソ天使がッ!」
たった一本の槍を落としただけでは、アスモデウスの攻撃の手は止まない。悪魔の手の動きに合わせて、無数の槍が司に襲いかかる。
司は槍を避けながら体に向かってくる槍を剣で弾き落とすが、全快していない片穂の力では、全ての槍を捌ききれる速さで動くことができない。そして躱しきれない数本の槍が、司の体を掠めた。
「くっ……!」
『司さん! 大丈夫ですか!?』
心の中で司を心配する声が響くが、深い傷ではないので自己再生ですぐに傷が閉じていく。治りかけの傷には今でも痛みを感じるので、その傷を手で押さえながら司は片穂に問いかける。
「悪い片穂。今、力はどれくらい残ってるんだ?」
『大剣はやはり厳しいです。太刀も、戦うために力を残すとなると三回が限界です』
アスモデウスの盾を壊せる可能性のある片穂の持つ最大威力の技を出せるほどの力は今は無い。そして、光による斬撃を飛ばし攻撃する天使の太刀も、使えるのはほんの数回。それを使うタイミングは言わずもがな重要になってくる。
「じゃあ、技は取っておかないとな」
「ほらほら! どうした! そんなことしてても時間が過ぎていくだけだぞ!」
「そんなの百も承知だっての! 余計な御世話だ!」
槍を回避することしかしない司に、アスモデウスは声を張り上げた。そして、悪魔は再び槍を放つために掌を司へと向ける。
「じゃあこれならどうだ?」
先ほどは違い、数本の槍が、司へと真っすぐ向かってくる。単純な槍の軌道なので、容易に司はその槍を避けるが、回避した瞬間に、司は振り返って声を上げる。
「マズいッ! 導華さん!」
司の横を通過した槍は、その後ろで戦闘を続けていた導華の元へと突き進む。しかし、その気配を導華は鋭敏に感じ取っていた。
「ワシを舐めるでないわ!」
導華は悪魔への攻撃の隙間で槍を手刀で弾き落とす。そして、司へと視線を移し、叫ぶ。
「これくらい気にするでない! お前は自分の戦いに集中せんか!」
「んなこと言っても……」
これでアスモデウスの槍は出来る限り避けずに剣で切り落さないといけなくなった。まだ導華が『強制契約』によって取り憑かれて悪魔化した人々を救助するには時間がかかりそうだ。
そう思ってふとアスモデウスを見た瞬間に、司はあることに気付いた。
「あいつ、まだ盾を張っていない?」
今まで司たちの足を止めていた盾が、張られていない。薄い墨を溶かしたような半透明の黒色をし、煙のように悪魔を球形に囲む悪魔の盾が、まだその姿を顕していなかった。
「串刺しにしてやるよォ!」
アスモデウスが再び槍を放ったタイミングで、司は身を屈めて一気に距離を詰めていく。直線しながら槍を剣で弾き、悪魔の懐へと入る。
「ここだッ!」
しかし、司が振りぬいた剣は、闇によって構成された盾に弾かれた。その球形の盾の中で、恍惚な笑みを浮かべて、
「隙を狙って攻撃してきたのはいいことだ。でも残念だ。残念だなぁ。なぁ?」
「なんで……ッ!」
動揺を露わにする司に、アスモデウスは説明するように話し始める。
「隠すつもりは無かったんだけどね。それで気分が悪くなってしまったのなら謝るよ。実はね『器』を持った僕の【
「自動……だと」
「言っただろ? 僕は盾だ。防御一点に関して、僕の右に出る悪魔はいないよ。この盾を破りたいなら、あのアザゼルの腕を落としたとかいう技を使えばいいさ」
『器』を手にすれば、天使も悪魔もその力を十全に使うことができる。それによって、アスモデウスの盾は強化され、さらに
「抜かしとけ! そんなの使わなくてもそんな盾、俺が壊してやる!」
「そうかい。やってごらん? 僕はここから動かないでいてあげるから」
「上等だ!」
ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべ続けるアスモデウスの正面へ、司はひたすらに剣撃を与え続ける。全力で剣を振っている分、弾かれる度に生じる振動が司の手を痺れされる。
しかし、アスモデウスを覆う鉄壁の盾は壊れるどころか傷が付く気配すらない。
「ヒャハハハ! 無意味! 無価値! 無意義! 実に馬鹿馬鹿しい攻撃だ! さっさと力を使い切って僕に殺されるがいいさ!」
アスモデウスが両手を振りかざすと、司の頭上に無数の槍が出現する。ふわふわと浮いたそれはアスモデウスが両手を勢いよく振り下ろすのと同時に、司へと降り注ぐ。
上から槍が降ってくるのを、司は体を捻りながら全力で回避し、再度アスモデウスに向かって無意味な攻撃を繰り返す。それでも、結果は変わらない。
「だから無駄って言ってんだろうが! 言い加減理解したらどうだ! このクソ天使!」
「確かに、意味なんてねぇさ。俺がやらなきゃいけないことは、お前の盾を壊すことなんかじゃねぇんだからな」
無意味にも関わらずひたすらに剣を振り、弾かれるのを繰り返し続ける司に苛立ちを覚えたアスモデウスは、罵声を司へとぶつける。
だが、アスモデウスへと言葉を放つ司の口元は笑っていた。
その表情に違和感を感じたアスモデウスは、動揺を見せる。
「何を言って――」
「横、気をつけてくれ。司よ」
戸惑う悪魔の声を遮る言葉が、司の後ろから静かに響いた。待ってましたと言わんばかりに、司は笑顔で返事をする。
「――はい!」
そして、司が横へずれたその瞬間に、アスモデウスの視界に映るのは自分に向かって弓を構えた、小さな天使。
「――――射砕け。【
光の矢は狙いすましたように司が攻撃を与え続けた一部分を見事に射抜き、その盾に再びヒビが入った。
その割れ目には目もくれず、悪魔はゆっくりと悔しそうに口を開く。
「……ずっと僕の前で無駄に大きな動きをしていたのは、このためか」
司と導華の最優先事項は、『強制契約』により取り憑かれた人々を一刻も早く救うこと、である。アスモデウスの盾など、今すぐ壊す必要などない。
それ故、司はアスモデウスの視界を覆うように、正面から攻撃を与え続けた。上手くいけばと思ってやったことだが、導華の察しの良さは司が良く知っている。
そして、司の思惑を敏感に感じ取った導華は、司の後ろを経由してアスモデウスの視界に入らないように悪魔化した人々を絶妙な力加減で攻撃した。
数が多い分、前回よりも時間が掛かったがアスモデウスからの妨害を司が抑えていてくれたお陰でスムーズに事を運ばせることができたのだ。
「あぁ。その通りだ。今のまま、一人でそのかってぇ盾を恐そうだなんて思ってないからな」
これが、必要不可欠な導華との連携を取るための、最速の一手であった。
「さぁ。お主の大好きな『駒』は全て救出させてもらったぞ」
堂々とした表情で胸を張る導華を見て、唇を噛み締め吐き捨てるようにアスモデウスは言う。
「……少しだけ、褒めてやるよ」
「第二ラウンドの始まりじゃ。次は逃さんぞ。この腐れ悪魔め」
天羽導華の参戦により、天使たちの反撃が始まる。
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