第6話 第二話「俺と天使」その1
文字通り、開いた口が塞がらなかった。
驚きを隠すとか、隠さないとか、そういう次元の感覚とは違う心の動きを司は感じていた。テレビや漫画で『天使』という概念や言葉、姿は数多く見てきた。
第一、司も片穂を見た時に天使の様な美しさと形容した覚えもあるくらいだ。
それでも、やはり、『天使』という概念は神話などでしか存在しない空想のものと考えてきた。
実際に存在すると信じている人ももちろん数多くいるだろうが、日本国民兼無宗教者の佐種司にとって『天使』はこの世界には存在しないものなのである。
正直、今でも信じられていない。さっきまで話していた女の子が天使になって、そこにいるなんて。
いっそリアルな夢だと言われたのならなるほど、と清々しく目を覚ますことができるのに。
そんな司を気にもかけず、目の前に立つ天使は神々しさを纏ったまま公園を見渡す。
「まずは、この公園から人々を避難させなくてはいけませんね」
天使は両手を天にかざして、目を閉じる。
「【
その言葉と共に天使の集中力がそのまま形になるように掌に光が集まり続け、圧縮される。テニスボールほどの大きさになったと同時に天使が目を開くと圧縮された光が一気に広がり、瞬く間に公園を包み込む。
包み込んだ光はそのまま結界となり、公園を覆う。すると、公園の中にいた人々が次々に公園から立ち去って行く。
悪魔がそれを追おうとするが、光の結界に邪魔をされて近づけないまま、全員が公園からの避難を終える。
「こ、これは一体…」
「この公園一帯に人払いの呪文をかけ、結界を張りました。これでこの呪文を解くまで普通の人が中にいる場合は無意識に外に出て、そして一切の人がこの中へ入れなくなります。逆に悪魔はこの結界から出ることはできませんので、この中で全て終わらせます」
公園の中心に向かって天使はゆっくりと歩いていき、辺りを見回す。
「十五、いや、二十ですね」
呟くと司の方へ振り返り、
「この程度の悪魔ならすぐに終わります。少しだけ、待っていてくださいね」
天使が司に向かって微笑んだ。
違う。この笑顔は、この温かくて優しい笑顔は、天羽片穂だ。
司は今まで目の前の存在が理解できなかった。天使なんているわけがないという先入観と目の前で天羽片穂が天使になったという事実が、頭の中で噛み合わなかった。
夢を見ているのではないか、天羽片穂という女の子は実在してないのではないか、そんなことも考えた。
それでも、あの笑顔は、間違いない。 天羽片穂は実在していたのだ。
そしてこの天使も紛れもなく天羽片穂なのだ。
この姿も天羽片穂の一部に過ぎないのだ。
司の思考回路が、ようやく繋がる。
―――天羽片穂は天使なんだ。
片穂は悪魔に再び視線を移す。
そして、右手を開き、声を発する。その身に宿る力を、引き出すかのように。
「参ります――【
大きく開いた掌の中に、光が集まり始める。そしてその光が剣を形作るかのように凝縮していく。
数秒の内に、片穂の手中に黄金に輝く剣が出現する。その剣もこの世界の物とは異質であることを外見だけで示せるような神々しさ、そして輝き。
蠢く悪魔を見つめ、片穂は剣を握りしめる。
煌めく剣を携えながら、片穂は背に生えた美しい翼を大きく羽ばたかせて空中に飛び上がる。そして悪魔たちと同じ高さまで上がると光の剣を構えて握る手に力を入れる。
次の瞬間には悪魔と片穂の間合いは無くなっていた。
「はあぁぁあ!!」
一瞬の内に放たれた斬撃は、悪魔の体を二つに分ける。活動不能になった悪魔はそのまま跡形もなく消滅する。
力の差は圧倒的だった。悪魔が武器を振りかぶる時にはすでに片穂の剣は懐に振られており、攻撃をする暇与えない。別の場所からの攻撃も剣で往なし、剣が間に合わなくても体を捻り身軽に攻撃を避けていく。
縦横無尽に空中を飛びまわり、一体の悪魔を十秒もかけずに倒し、怒涛の速さで悪魔を斬っていく。そして片穂の隙のない動きは悪魔たちに不意打ちの機会すら与えず、一分も経たないうちにほとんどの悪魔を倒して残りはすでに一体になった。
「これで……最後ッ!」
振り下ろす光の剣は大きな斬撃となり、一瞬のうちに悪魔が消滅する。
全ての悪魔を倒すと片穂は司の前にゆったりと降りてくる。
「こんな感じ、ですかね」
緊張が解けたように息を吐くと、同時に片穂の体が弱く光り、翼や剣の形が曖昧になっていく。片穂の纏っていた神々しさが徐々に解かれていき、十秒も経たないうちに天使は人間に戻った。
少し不安そうな顔で片穂は司に問いかける。
「……驚きました……よね」
「そ、そりゃあ驚くでしょ! 急に天羽さんに翼が生えて光の剣で悪魔たちを切り倒していくんだからさ!」
今までの想像を絶する驚嘆によって言葉を失っていた司だったが、片穂が話しかけてくれたおかげで意識が体に戻ったように声が出る。
「そう、ですか。やっぱり全部見えているんですね」
「見えている、っていうと?」
また理解が出来ない言葉。しかし、悪魔たちを他の人たちが見えていなかったことと関係があるのではないかと司は考えた。
そんな司を気にせず、片穂は公園の出口を向く。
「詳しいことは、戻ってから全てお話します。今はとりあえず帰りましょう」
訊きたいことは山積みだが、色々なことが起こりすぎて疲れた。今はとりあえず帰りたい。
「あ、あぁ。帰ろうか」
「あと」
何歩か進んでから立ち止り、司に向かって振り返る。
「私のこと、片穂って呼んでもらって構わないですよ?」
天羽片穂を天羽片穂たらしめる温かく、優しい笑顔。自分の胸からドキッと鼓動の音が聞こえた。
人間に戻ったはずの片穂を天使と見間違えてしまう。
「そ、そうか。じゃあ…片穂、で」
赤面した顔を見られないように少し横を向いて答える。
「はい! よろしくお願いしますね。司さん」
どうも片穂の笑顔には調子が狂ってしまう。それが悟られないようにできる限り普通に見えるように司は歩き始める。
そして二人は司のワンルームへと帰っていった。
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