第4話その4「おいしぃいですぅ……」
司のマンションは比較的いい立地条件が整っているため、学校やバイト先のコンビニ、司の毎日の食事の源であるスーパーは自転車で五分以内、加えてこれから二人が向かうファミリーレストランも徒歩約十分で着く。
駅も近いため家賃はもちろんそこそこな値段がするらしいのだが、司がこのマンションに住みたい旨を伝えると、祖父母たちは全く気にしなかったので自分も細かいことをあまり気にしていないのが実際である。
レストランへ向けて歩き初めてすぐに、片穂が司に話しかける。
「これから……ふぁみれす、というところに行くのですよね?」
「そうだけど、行ったことないの?」
司が不思議そうに質問を返すと、
「はい。見た事はあるのですが、実際に食べるのは初めてです!」
ファミリーレストランに行ったことがないということは金持ちのご令嬢様ってこともありえるのだろうか。その割には服装が質素すぎる上に手荷物無しは違和感があるか。
「ここでいいかな」
着いたのは当初の予定通り徒歩約十分のファミリーレストランである。開店時間を過ぎてからほとんど時間が経っていないので人はあまりいないのだが、いつも通りならあと一時間ほどで半分以上の席が埋まっているだろう。
「はい! 美味しい食べ物が食べられるなら何処だって構いません!」
片穂の輝く目を見て、司は少し可笑しくなって、
「すごくうきうきしてるように見えるけど、そんなに楽しみなの?」
「こっちでの外食は初めてなのでとても楽しみです!」
また『こっち』か。本当に一体どこから来たのだろうか。もうすぐ教えてもらえるなら、今はまだ気にしないでいいと司は判断した。
「そっか。高級なものは食べられないけど、勘弁な」
司の申し訳なさそうな笑顔に片穂は「はい!」とはきはきと返事をして司が店内に入っていった後について行く。二人は店員の誘導のまま席に座り、司はメニューを片穂に手渡す。
「あ、これ、メニューだから、これから選んで」
片穂はメニューを一通り見ると、悩むことなく一つの料理を指さす。
「あ! じゃあこのおむらいすにします!」
初めて来たと言っているのに選ぶ速さが司とほとんど変わらないというなんとも違和感のある状況。直接訊くとうやむやにされそうなので少し遠まわしに訊いてみる。
「オムライス、好きなの?」
「はい! 大好きです!」
「そうなんだ。俺もけっこう好きなんだよね」
好きで知っている食べ物だから選んだのならば特に変わったことはない自然な選択なのでこれに関して司はこれ以上触れないことにした。
まだ客足が多くない時間帯のなので五分も待たずに料理が運ばれてくる。運ばれてきたオムライスを見るや否や片穂は目を輝かせ、
「これです! これ! これが食べたかったんです!」
片穂は嬉しそうにオムライスを見ると、すぐにスプーンを掴み大目に一口分すくって、口へ運ぶ。もぐもぐと噛みしめながら、一口噛むごとに片穂の顔の力が抜けてくる。
「おいしぃいですぅ……ほっぺたがポロリと落ちてしまいそうですぅ……懐かしいこの味……やっぱりこっちに来てよかったですぅ」
片穂は自分の頬が落ちてしまわないように手で頬を押さえながらオムライスを噛み締める。
幸せという感情が溢れ出てこちらにまで幸福を感じさせるような表情であった。
「そんなに気に入ってくれたなら俺も嬉しいよ」
空腹が満たされたのなら、早速本題へ入りたいところなので話を切り出す。
「それで、本題に入りたいんだけど、いいかな?」
「はひ? はんへふは?」
きっと「はい?なんですか?」と言いたかったのだろうが、オムライスを頬張ったまま返事をしたので理解するまでに時間がかかる。色々振り回されて何も訊けないとなるとさすがに呆れてくる。
「いや……さっき言ってた訳ありについてなんだけど……」
片穂は思い出したようにオムライスを一気に飲み込む。
「はっ‼︎ そうでした! で、でも……他の人には聞かれたくないので出来れば人が少ない場所がいいんですが……」
もう、文句なんて言わない。片穂が話してくれるまで要求を素直に全て聞いてあげよう。
はぁ、と一回溜息をついてから司は再び心を決める。意地でも根掘り葉掘り全部訊いてやる。
人が比較的少ない場所で、ここからすぐ行ける所なら先ほど行ったばかりなので司はその場所を提案する。
「なら……さっきの公園が近くにあるからそこで話そうか」
「それなら助かります! 本当にありがとうございます!」
ここまで純粋なお礼をされてしまうと、司の性格では怒るに怒れなくなる。なんとも調子が狂う女の子だ。
「じゃあ……早速公園に行きましょうかね」
「はい!」
片穂がオムライスを食べ終わったのを確認すると会計へと向かう。
「やっぱり、金は俺持ちだよな」
苦笑いをしながら司はしっかりと二人分の支払いを済ませ、二人は公園へと歩き出した。
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