トッピングは華やかに
「……どこに行くんだい? マリー」
本を閉じ、歩き出すマリー。
「うふふ☆ もちろん、仕上げにいくのよぅ♪ 」
あれからどうなったか、ですってぇ? もちろん……、うふふ☆
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ねぇねぇ、奈緒子チャン♪ 」
放課後のチャイムとともに親しく話し掛けられ、面食らう。
「え、なに……? 」
昨日の今日なのに満面の笑顔のマリー。
「今日マリーはぁ、奈緒子チャンとデートしたいのぉ♪ 」
爆弾発言に周りがざわめいた。
「うふふ☆ 奈緒子チャンはぁ、マリーを置き去りにしないでくれるよねぇ? 」
皆の視線が一斉に集中する。……視線の先の張本人は上の空でそれどころではなかった。
マリーはなにかを含んだような笑みで彼を一瞥する。
「さぁ、奈緒子チャン♪ マリーとデートだよぅ☆ 」
わざとらしく再度言うと、奈緒子の手を取り、歩き出す。
「ちょ、ちょっと! マリー?! 」
教室を出て、廊下を進む。呼び掛けても歩みは弛まない。
「なぁにぃ? 」
瞳だけ後ろに向け、愉しそうに応える。
「い、一体、どこにいくの? 」
戸惑う奈緒子に、更に笑みを深くするマリー。
「デートはぁ、行き先を知らない方がぁ、ワクワクするじゃない♪ 」
◇◆◇◆◇◆◇◆
二人がやってきたのは、お洒落なお店が立ち並ぶ繁華街。マリーはそのひとつ、ブティックに奈緒子を誘(いざな)う。
「マ、マリー? 」
高校生が入るには高級感のあるお店。
「いらっしゃいませ」
マリーは気にも止めずに奥へと進む。足を止めたのは、淡い色合いのエリア。サテン生地にシースルー、シースルーに描かれた涼やかなピンクの花柄のワンピースを手に取る。ノースリーブのため、近くのエリアにある、白のレースカーディガンを手に取って合わせる。
「うん♪ 奈緒子チャンはこれが似合う~☆ これ試着してきてねぇ! 」
奈緒子に服とともに、笑顔のままで試着室に押し込める。
「待って! 私、こんな可愛い服似合わない! あっ……」
抗議するが、マリーの笑顔は崩れない。ローファを脱ぐ間もなく段差に足を取られ、試着室に尻餅をつく。
「たっ……! 」
そんな奈緒子に覆い被さるようにマリーが膝をつき、間近に迫る。
「……ねぇ、奈緒子チャン? 世界で一番可愛いのはマリーだけど、そんなマリーは奈緒子チャンを可愛いと思う。マリーの言うことは絶対だよ? 否定なんて認めないから」
吐息がかかりそうなくらい、更に近づいていく。女同士なのに、何故かマリーの色気にドキドキしてしまう。
「え、あ、あの……」
頭が働いてないのか、言葉を紡げない。
「奈緒子チャン、マリーが魔法をカケテアゲル☆ 最高に可愛くしてあげるわ♪ 」
奈緒子はクラクラしながら、着替え始める。マリーは満面の笑みで見届けると、試着室のカーテンを閉めた。
「マリーの魔法は絶対だよ☆ 」
そんなマリーの手にはスマホ。誰かにメールを送信した。
恐る恐る顔を出す奈緒子に何事もなかったかのように笑いかける。
「あは♪ マリー天才だねぇ! じゃぁ、仕上げをしなくちゃぁ……」
奈緒子の手を引く。よろめきつつ、バランスを何とか取ったところを、両手で頬を包む。
「マ、マリー? 」
綺麗な顔をまた近づけられ、慣れない。
「……瞳を閉じて、マリーの言葉だけ聞いていて。ただまっすぐ、マリーの導くままに。次に名前を呼ばれるまで瞳を開いちゃダメ☆ ……次に名前を呼ばれた瞬間に魔法が掛かるの。瞳を開いたら、奈緒子チャンは素直になってるわ」
瞳を閉じ、マリーに手を引かれながらゆっくりと歩く。ふわふわするような、閉じた目蓋が眩しい光を感じながら。
◇◆◇◆◇◆◇◆
『奈緒子チャン……』
いつの間にか香り始めた優しい香りに酔っていた奈緒子はハッとした。
(マリー? )
ゆっくりと瞳を開く。太陽の眩しさに中々開けない。少しして周りを見渡す。そこは駅前の時計柱。
「え? マリー? マリー?! 」
たった今までいたはずのマリーがいない。一気に不安でいっぱいになる。
「……奈緒子!! 」
名前を呼ばれて、ビクッと振り向く。
「た、拓也? 」
マリーがいないことで、半泣きの奈緒子。息を切らせながら、奈緒子から目を話せない拓也。
「マリーが……いないの」
「マ、マリー? "誰"だ? 」
言った瞬間、奈緒子にも疑問が生まれた。『マリーって誰? 』と。
「わかん……ない。でも、なんで拓也がここに? 」
少し赤くなりながら頭を掻きつつ、瞳を反らす拓也。
「あー、"『マリー』が奈緒子は預かった。返して欲しければ一人で駅前の時計柱まで来なさい"って田中がメール内容伝えてきて……マリー? 」
二人は首を傾げる。
「て、てか、おまえ、私服……いいな」
絞り出した言葉。奈緒子の中で何かが弾けた。
『魔法をカケテアゲル☆ 』
『次に名前を呼ばれた瞬間に魔法が掛かるの。瞳を開いたら、奈緒子チャンは素直になってるわ』
周りに二人を知っている人はいない。からかう人はいない。
「あ、ありがとう……」
毛嫌いしていたはずなのにドキドキが鳴りやまない。
「なぁ、奈緒子。よくわかんねぇけど……ちょっと付き合わねぇ? 」
初めて奈緒子は笑顔で頷いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……やっとお嬢さんは素直になったか。それにしても、マリー。君は魔法使いだったのかい? 」
後ろに向かって声を掛ける。
「恋のキューピッドはぁ、皆魔法使いなんだよぉ☆ 」
事も無げに変わらぬ笑顔で応えるサキュバス娘。
「……『誘いに断れない』のは『誘惑』の『誘爆』効果だけど、『言葉の魔法』は自己暗示みたいなものよ。そもそも奈緒子チャンは、恋愛自体が嫌な訳じゃなかった。いつも手にしている文庫本、ブックカバーで隠していたけど……あれ、『恋愛小説』だったの。だから、『憧れてはいても現実と切り離して考えていた』っていうのが正解。幼馴染みとの恋愛なんてベタ中のベタだから、一番あり得ないとでも思っていたんじゃない? でも、奥手だから彼しか好きになれるような人はいなくて葛藤していた感じかな」
フムフムと興味深げに聞く主。
「そこで仕上げに行ったわけか。"いつもと違う自分"になれば心情も変わると」
「そーそー☆ シチュエーションさえ揃ったらぁ、落ちるしかないよねぇ♪ 」
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