第2話 邂逅

岐阜県大垣市。

県庁所在地である岐阜市に隣接しており、人口も岐阜では二番を誇る市。松尾芭蕉ゆかりの地としての側面も持ち、名だたる俳人も足を運ぶ風流な地である。

しかし、市の端の方へ離れれば田舎の景観が顔をのぞかせ、そんな所に市川家の別荘は存在した。

「……本当にこんなところ生活するのか」

別荘は数年放置されていたのだが、まるでここだけ時の流れが遅くなっているように綺麗な外形を残していた。だが中に埃などが大量に溜まっているのだろう、新生活始めから大掃除と考えると友平は肩を落としたのだった。

中は部屋数が極端に少なく、その分リビングがとても広くくつろぐ事に全てを注いだようなデザインだ。定住に適しているとはいえないが、一人暮らしとなればそれなりに謳歌おうかできるだろう。

——そう、一人暮らし。

友平は3分ほどで掃除用具を入れた倉庫を見つけ、年季を感じさせる藁箒わらぼうきで手早く埃を集める。集めてみるとかなりの量があり、微かな達成感に思わず口角が緩んだ。

一人暮らしも悪くない。

いくら義足といえど友平は下腿切断。常人と比べれば劣ってしまうが、日常生活のほとんどは一人でこなすことができていた。激しい運動は無理だが自転車程度なら乗りこなせるし、いずれ取る自動車だろうと問題はないように思える。

友平は額に浮かべた汗を拭う、そんな時だった。

「市川さーん、いますー?」

妙齢の女性の声が、玄関前で響いた。敵意も全くない、親戚が訪れたような軽さで。そういえばここにはインターホンもなかった。

東京では一切経験しない事に面食らいつつも、友平はドアを開ける。

「あらこんにちわ。友平君ね、こないだ話聞いたよ」

「……こんにちわ」

そこには想像通りのおばさんと、友平と同い年くらいの女の子が佇んでいた。ショートに切りそろえられた黒髪に化粧っ気のない素肌。一目で運動系とわかる印象だ。

「よかったねぇ夏鈴かりん!やっぱり友平君イケメンよ!」

「普通じゃない?あたしは別にそう思わんけど」

夏鈴と呼ばれた娘がぶすっと答える。その言い草にカチンとくるが来て初日なので抑える。年齢も近くここで嫌われるのは得策ではない。

「隣に住んどる桑田です、娘の夏鈴。はいこれ、うちで採れたきゅうりとピーマンとトマト。今年は豊作でねぇ」

友平は差し出された、地元のスーパーの袋に入った野菜を受け取る。確かにそこには新鮮な野菜がごろんとたくさん入っていた。

「あ、ありがとうございます」

数にして20はくだらない野菜、これを買ったら一体いくらするのだろうかと損得勘定が先行する。いや、それよりも身知らずの自分に、嫌な顔1つせず野菜を届けてくれることに友平は驚いていた。

「なんでも、医者を目指してるんだって?すっごい大変だって、おばさん応援してるから。あともし暇だったら、夏鈴に勉強を教えてくれるとありがたいんだけど……」

「もう医者は……いや、なんでもないです。わかりました」

なるほどこの野菜たちはそんな役割を持っていたのだな、と友平は得心とくしんが行った。

その後、適当に会話をして桑田家とは別れた。

勉強が必要、となると夏鈴はさしずめ受験生である高3といったところだろう。

となると、先ほどは年下でありながら失礼な発言をされたことになる。別に自分のことを造形がいいとは思ったことはないが、あえて否定されて嬉しいものじゃない。

「次会った時覚えてろよな……」

しかし、その次は思っていたよりも早めに訪れるのだった。

「——みなもと軍突撃せよぉっ!」

「らじゃー!」

「は?」

けたたましい音と共に勢いよく扉が開かれ、小学生とおぼしき少年が上がり込んできた。彼はどたばたと家内を走り回る。それに続いて彼と同じぐらいの年齢の少女と、いたずらな笑みを浮かべた夏鈴が入ってきた。

「すげー!すげーすげーすげー!幽霊屋敷の中ってこうなってるのかー」

「源次くん……あんまりひとんちで……」

「やったれやったれ!友平なんか気にせず探索してやれ!」

夏鈴の後押しも効き、源次と呼ばれた少年は獣の如く駆け回る。その時に舞った埃が少女の気管支に入ったのか、へくちとくしゃみをした。

友平はなおも走り回る源次の首根っこを掴む。

「おい夏鈴……これなんだ」

これと呼ばれた源次は不服そうに頬を膨らます。離せ離せとジタバタ暴れた。

「何って、源次。こっちは花ちゃん。二人は家が空いてるの人生で一度も見たことないからね。探検」

「帰れ……」

友平は顔に手を当て心底呆れた。もはや失礼を通り越して親しみすら覚える。

源次を解放してやると、脱兎の如く夏鈴の元へ逃げた。しかし、友平の足に気付くや否や逃げた時と同じ速度で友平のもとへ戻る。

「うぉぉぉなんだこれ!すげぇメカメカしてる!なぁなぁこれって変身するんだろ!」

「ッ……」

源次は家を見たとき以上の興奮で友平の足を見つめ、触った。いつもなら触るな、と一蹴いっしゅうするところだが友平はたじろぐ。

思えば東京では哀れみの目しか向けられなかった。

——かわいそう——触れないでおこう——大変なんだろうな——

悪意はない、が他人にとって友平は人間自分たちと同じモノではなかった。友平と他の人との間には絶対的な柵が存在した。健常者と障害者という隔たり、それを実感しない日など一日たりともなかった。

新天地での憂鬱は奇異の目で見られること。

——だがそれは杞憂に終わったようだ。

「花も夏鈴も触ってみろよ!」

「呼ぶな」

「いてっ」

チョップが源次の脳天に炸裂する。源次は涙眼でいてーと頭を抑えた。

確かに純粋な興味をぶつけられた事には感動を覚えたが、それとこれとは話が別だ。しかしこのチョップの中に照れ隠しが入ってるのもまた事実だった。


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