第14話 前夜
夜の闇に焚き火の穂が揺れる。人里を離れ、川沿いを進んだ一行は日が暮れて山中での野営とする。目的地はすぐそこだ。しかし人ではないものとことを構える場合、可能な限り夜は避ける。それはこちら側の時間ではないからだった。
「お前は、あの娘に話したのか……馬鹿なことを」
「申し訳ありません」
ハツチはシトリとのやり取りを少し後悔していた。しかし、言葉を交わす過程がなければ分からなかったこともある。後悔はしてもやむを得ないことだとは思っていた。そんなハツチの心情を酌んでか、兄弟子の言葉からは強い非難の意図は感じられない。
野営の地に選んだ大洞の手前。日がが昇れば一行は今回の旅の目的を果たすために、主の住処に足を踏み入れる。
「捧げられるものになることは、あの娘の存在意義だ。覚悟などとうの昔に決めている。その覚悟を否定することは、娘自身のあり方を否定することだ。心情は理解できるが、間違いだと指摘したところで、娘が簡単に納得しないことはお前にも分かるだろう」
兄弟子アヤツチはハツチの葛藤を語ってみせる。およそその通りだとも思っている。それでも割り切れない、割り切ってしまいたくないのはハツチの見る理想だ。どんな思いがあろうと口にしたところで言い訳にしかならない。経験が足りないと評価を受けるだけ。また、実際にそうだということも知っている。
「……はい」
「話は全て終わってからでも、充分だろう」
ハツチたちが相手にするもの。それは「神の名」を持ち、人々を縛り利用して貪る存在。
本物の「神の名」は恐ろしい。数や戦術ではどうにもならない圧倒的な力を備えている。そんなものに抗う術など人にはなかった。しかし、実際に戦うのは「神の名」を騙るまがい物。守られてきた人の秩序を、人ではない力をもって破壊しようとする。人の営みに介入し干渉する。そんな存在をハツチたちは「神」とは呼ばない。
「神の名」を騙るものには、ハツチたちも与えられた「神の名」をもって戦う。そして打ち倒す。いわば正統かどうかは生き残れたかどうかで決まる。たくさんの仲間を失ってきたが、いかに相手が強力であろうとも、人の力に揺らぐなど、本物の「神」ではあり得ない。ハツチたちが向き合うのはただの「あやかし」で、「化け物」、「人ではないなにか」なのだ。
たくさんの人の命を奪い、苦しめて、生きることを脅かしたはずの存在なのに、人々はどうして戦うことを選べなかったのだろう。ハツチは考えてみてから気付く。簡単なことだった。人々はそれ以上に無力だったのだ。自らを苦しめる存在と、力を合わせて「戦う」ことを思いつくことができないほどに。
崇められる「神」などでは決してない相手に、戦う力を持っていながら引き下がる理由は、ハツチたちにはなかった。
翌日、太陽が昇り一行は大洞の山に入る。
準備に抜かりはない。別動隊が山に結界を用意して、広範囲に渡る異変を無力化している。事前の調査を上回る場合も考え、搦め手から攻める手段も用意してきていた。今まで向き合ってきた「神の名」とも比較にならないくらいの小さな相手だとしても手は抜かない。たとえ、一方的な蹂躙になったとしても、それがハツチたちに与えられた役割なのだから。
静かな森の中に洞窟がある。それが主の住処だった。ここまで辿ってきた道も踏み固められていたはずだ。今は草が茂り、半ば獣道のようになっていて、知らない者には途切れずに先に続いている道だと信じることは難しかっただろう。そのくらいには道を通う側が弱っている証拠だった。差し出せるものも、通える人間の数も用意することができないのだろう。
洞窟に入る一行。奥から感じる力はごく小さくて弱々しいままだった。確かに人の気配ではないことははっきりと分かったが、この程度では脅威としての役割も果たせないのではないかとさえ感じる。人に仇成す「神の名」が持つ力には、人に対しての負の感情が宿る。洞窟に漂う力からはほとんど感じられない。わずかに残っているそれも憎しみや怒り、なにかを渇望するような強欲さでもなく、追えないほどにあいまいだ。
道すがらアヤツチが言った。
「放っておいても滅んだのだろうな」
強大な力を持ち、「神」を騙り、長きに渡って人の脅威だった存在にも、いつか終わりのときはくる。しかし、アヤツチは歩みを止めなかった。ハツチも立ち止まりはしない。その「神」を騙るものの滅びが「今」でないのなら、ハツチたちのすべきことは同じなのだ。
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