第13話 使命 

一行が訪れた村。ハツチは師についてやってきた。

かつては大きな集落だったという。しかし、それも昔の話だった。

寂れた村に、身を寄せ合うように暮らす人々。

時間が流れ、世代を越えて、かつての姿は失われていく。そういうことはよくある話だと思う。


集落を見下ろす場所に立つ樹の影で、ハツチは時代を越える人の営みに思いをはせる。どうして自分がここにいるのか、その理由を確認する。


このままでは、村はなくなってしまうだろう。人がいた痕跡もやがて消え、自然に還っていく。いくらでもある話だ。

けれど、訪れる滅びが歪んだものならば、それは正さなければいけない。


ハツチたちが中央から派遣されたのはそのため。

人の営みを歪めている、人でも動物でもない意思を持ったなにか。その存在が人を滅ぼすというのなら、ハツチたちは対峙し退けなければいけない。そうできるだけの力を賜っているのだから。

それがハツチたちに与えられた使命。


「ハツチ様、こんなところにいらしたのですか」


ハツチが斜面の下に目をやるとそこに少女が立っていた。

澄んだ表情で、ハツチを見上げている。おそらく年の頃はハツチと変わらない。

村の巫女で、名はシトリといった。巫女といってもシトリは何の力も持たないただの人間。ただ指名されて与えられただけの役割。


「なにか用事でも?」


ハツチたちが村を出るのはもう少しの予定だったし、ここから見る限りでは騒ぎがあったふうでもない。急な変化でもあったのだろうか。


「用事ではありません。教えて頂きたいことがありましたので……」

「何をだ?」


それも用事だとは思うが。

シトリの澄んで綺麗な声。しかし、小さくて聞き取りにくい。

ハツチは身体を起こすと勢いのつくままきつい勾配の斜面を滑り降りる。

足に付いた土埃を簡単に払うと、シトリの側まで歩みよってもう一度聞いた。


「それで、わたしはがきみに何を教えるんだ?」


目の前に立っても、シトリを見下ろす形になるのは変わらない。

シトリがそんなことに不満をみせるはずもなく、ただ笑顔だった。

自分が置かれている状況を理解しているはずなのに、どうしてそんな表情でいられるのだろう。ハツチにはよく分からない。


「はい、教えてください。ハツチ様は、どうしてこんな遠くまでいらしたのですか?」


知らないのか。そんなことも教えられていないのか。

ハツチは自分が動揺していることを自覚した。もしかして自分の役割も……。


「邪悪な神……化け物を退治するためだよ」


苛立ちを隠しきれずにハツチは吐き捨てるように言った。

村が窮地に立たされていることは理解しているけれど、この娘はもう人として扱われていない。そんなふうに感じる。

しかし、それも状況が作り出した状況にすぎない。ハツチは自分にできることをするだけ。


シトリに視線を戻したハツチは、自分の言葉が失言だったと気付く。


「……なにを、おっしゃっているのですか? 神さまを倒す?」


青白いシトリの顔がわずかに紅潮した。


「そんな恐ろしいこと……お怒りになれば村は滅び、人も住めなくなってしまいます! どうか、お考え直しくださいっ!」


シトリは縋り寄って、苦悶の表情でハツチに迫った。

その態度の変化に戸惑いはする。しかし考え直すわけにはいかない。


「……このままでいいというのか? お前は、自分に与えられた役割も知らないのか?」


失言に重ねた失言だろうか。しかし構うものか。

ハツチの言葉に冷静さを取り戻したのだろうか。シトリはハツチの袖から手を離す。そして冷めた表情で答える。


「知っています。貧しい村でここまで大切にしてもらったわたしの大事な役目ですから」


ハツチは苛立ちを隠さずに言う。


「お前ひとり犠牲になったところで鎮まる保証なんてどこにもない!」


あちら側のものたちにとって、人は取引を行う相手などではない。ハツチはそれを知っている。だからこそ、自分たちがいることも。

お互いの存在理由が対立する。その悲しい衝突に悪意はなかった。

それでもハツチは説き伏せたくなってしまう。相手に抗えるだけの力がないのだとしても、それは間違いであると。


シトリは目を閉じ、口を結んでわずかに黙考する。

そして言葉を選びながら、ハツチに言う。


「……無茶は、おやめください。あなた様がたは、わたしたちとなんの縁もないはずです。どうか命を粗末にするようなことは」


シトリの要請。

それは、自らに仇成す存在であったとしても、信仰からは逃れられない人の宿命を表しているようだ。

ハツチは説得することを諦める。この巫女を救うためには、信仰されるものに取って代わる他にない。


シトリは何も知らなかった。

ハツチたちに討伐を要請してきたのはこの村のものたちだということを。

その心情をどう考慮し、理解できたところで、ハツチには応えることはできない。


事実、シトリの要請にはなんの強制力もなく、また応える必要もない。

ただ、シトリという存在の無力さを、ハツチが理解するためだけに行われたやり取りのようにも思える。


ハツチは無意識になにかを呟いていた。

自分でも何を言ったのか分からない。けれど、おそらくは……。


「むなしいな」と言ったのだと思う。





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