第5話 雪の日の受付
雪の日には8人ぐらいしか患者が来ない日があった。
そんな時には受付で小さい声で雑談に花が咲いた。
「この上履き高いんんだよ!」
「何で、ですかか?」
「ディンギーシューズと言ってボートやヨットに乗る時に履く靴なんだ」
と言って豚平は、いきなり裏底を見せた。
「細かい曲線が平行に並んでいますね」
「そうだろう。普通の靴とは違うだろう」
「これによって、ボートやヨットなんどのような船の甲板で滑らない工夫をしてるんだよね」
「ヘェー、そんなこと知りませんでした」
「外国製でメーカーはトップサイダーというんだよね」
「外側は普通ですけども、裏底が確かに違いますね」
「そうだろう」
「これは布製だけど、皮だと2~3万円するんだよね」
「お高いですね」
「見た目にはそんなに高くみえないんだけれどね」
「その革製のディンギーシューズを家内が捨ててしまったんだよね。カビが生えているからと言ってね。この俺に黙って……」
「情けなかっよな」
「洗えば、カビなんて取れてしまうんだよな」
「それは勿体ないですね」
「俺も悲しくて涙が出たよな」
「今度、レンタルボートに乗ろうとしていたのに、履く靴がないんだよな」
「この時には、怒ってしまって、怒鳴ってしまったよね」
「俺の大事な靴を黙って捨てるなよってね」
「その後、仕方ないから、この布製の靴を買ったんだよね」
「アッハハ! そうだったんですか」
「その時は悔しかったけど、今でも悔しいよね」
「靴で2~3万出すのは勿体なくてね」
「それはそうですね。私なんか5千円までですよね」
「そうだよね。消耗品だからね。学生だしね」
「だけど、今でも夢にまで見るんだよね」
「そうなんですか」
「自分の趣味を邪魔されるのが厭なんだよな」
「それも大事に、仕舞ってあったものを、いきなり捨てるなんてね酷過ぎるよな。いくら何でも……」
「もう、高過ぎて、革製のは変えないんだよね」
「リタイア後だし、現役じゃないからね」
「それはお気の毒ですね」
「心にポッカリと穴が空いてしまったよね」
「この布製の靴を履くたんびに想い出すんだよね」
「それ程、入れ込んでいたんですね」
「好きな靴を無断で処分したら誰だって、怒りますわよね」
「そうだろう! 情けなくて、なさけなくてね」
「何でボート何か遣り出したんですか?」
「そうだね。仕事絡みだったんだよね」
「アッ!そうだったんですか」
「Y社の担当で、いつも浜名湖で撮影していたんだよな」
「ああ、そうですか」
「真夏など、2か月も家を空けているから家内は母子家庭と間違えられたんだよね」
「ウフフ、 そうだったんですか」
「何時も、合宿もたいなもんだったよね」
「働き盛りはお仕事は大変ですよね」
「東京駅の新幹線の中で兄貴にあったこともあるよね」
「お互いに出張なんだよね」
「兄貴は会社の人と待ち合わせているから、ちょっとした挨拶だけだったよな」
「でも、浜名湖でのお仕事はレジャーに近いから羨ましいですね」
「そうは言うけど、1か月以上、家を空けると辛いよ」
「必ず、2週間ぐらいするとスタッフは喧嘩がはじまるんだよな」
「イライラしてきてね」
「そうなんですか」
「不思議なんだよな」
「毎回、同じようなスタッフなのにね」
「疲れとセックス関係だよな」
「そうだったんですか」
「サイパン島での2週間のロケも酷かったよな」
「スタッフ同士がつまらないことで喧嘩し出すんだよね」
「だから、リーダーは何時も、冷静でなければならないんだよな」
「我が儘が出てきて、言いたい放題になるんだよね」
「グアムの時にはパンパン遣るよって現地のタクシーの運ちゃんと客が喧嘩してるんだね」
「恐くなってしまったよね」
「将来はニューカレドニアでフィッシングを遣りたいね」
「ニューカレドニアはどのくらいかかるんですか」
「オーストラリアの隣にある島だから。8時間ぐらいかかるけどね」
「結構、遠いんですね」
「サイパン、グアムは3時間だから、早いけどね」
「サイパン、グアムには何回ぐらい行っているんですか?」
「10回以上かな」
「随分、行ってるんですね」
「沖縄は春先、天気が悪いから、どうしてもサイパン、グアムになってしまうんだよね」
「でも、羨ましいお仕事ですね……」
「お魚は何を釣るんですか?」
「理想としてはカジキマグロだな」
「大きな魚でしょ!」
「ロケの時には遠州灘でトローリングしたんだけれど、日本国内じゃ、釣果としてはシイラぐらいしか釣れなかったんだよな」
「そうなんですか」
「顔が不格好な魚なんだけど、刺身にしたら、白身で結構旨かったよな」
「お刺身で食べっちゃったんですか」
「大きさは1メートル以上あってね。割合、大きかったよな。身がコリコリしていたものね」
「引きがいいから大物だと想ったんだけど、カジキじゃなかったね」
「それは残念でしたね」
「私も魚料理をしなければならないので、興味はありますね」
「ホテルの調理場も大変だと思うよな」
「そうなんでしょうね」
「学校給食のように沢山料理するんでしょね。多分……」
「男性的な仕事じゃないかな」
「魚も1メートル近いと重いよな」
「水分も多いですしね」
「包丁も大きいのでなければならないね」
「包丁も前に言ったように6本学校に預けていますけど、重いですね」
「6本じゃ、凄いよな」
「そうなんですよ」
「ゴミも多く出ますからね」
「後片づけが大変ですね」
「そうだろうよ」
「話は変わるんだけどね。小型船舶1級の免許を持っているんだね」
「凄いですね」
「まあ、自動車免許と変わらないけど、ブレーキがないに等しいからね」
「そうだったんですか。確かに、急ブレーキはかけられませんよね」
「そうなんだな。急ブレーキがかけられないから、見張りが重要なんだね」
「衝突などの事故が多いですね」
「海では海難事故も結構、多いからね」
「海には海流が流れていて、目には見えないけれど、いろいろな方向に流れているからね」
「船って海流にも影響され易いんだよな」
「そうなんですか>
「浜名湖で船を操縦してみたけど、船どおしが接近すると吸い込まれるように寄るから危険なんだ」
「とても、怖いよ!」
「自動車の運転と一番違うところなんだな」
「そうでしたか、私には分かりませんけどね」
「この寒い1~2月の日本ではロケは向いてないし、どうしても青空を求めて南洋諸島へ行くしかないんだよね」
「今の季節の日本は雪空だし、無理がありますね」
「だから、サイパン、グアムなんですね」
「そうなんだよ。さっき言ったように沖縄がダメだしね」
「真夏の太陽欲しさと天候の安定さを求めてね」
「だけど、1度だけディンギーの撮影の時に、ハワイの噴火によって、サイパンの空が曇り空になってるんだものね。吃驚したよね」
「ディンギーというのは小型のヨットのことだがね」
「撮影できないから、急に、ロケハンに変更したよね」
「驚きましたでしょ!」
「はじめてだよな曇り空のサイパンなんて……」
「もう泣けてきたよ」
「想いもしないことが起こりますね」
「ほんとうだよな」
「そりゃそうでしょう!」
「それに、サイパンに2週間いたけど、空撮の時にね。セスナを飛ばして、3艇走りをしていたら、1艘が沈んで行くんだよな。どうしてかというと、栓を閉め忘れたということだよね」
「下で見ていた我々は何が何だか分からなったけど、後で聞いてね。吃驚したよね」
「そんなことってあるんですか?」
「実際にあったんだよな」
「アクシデントさ」
「それで、どうなりましたか?」
「仕方ないあから2艘走りで撮ったんだよな」
「そうでしたか」
「でも、迫力はあったな」
「海外ロケは想ったようにいかないね」
「言葉の問題もあるしね」
「そうでしょうね」
「グアムで別の撮影の時にね。コーディネーターが買い物へ行ってしまっていないときに、ホテルで撮影していたんだが、腰に拳銃を持ったガードマンが来て、
何を遣っているんだ! 許可を取っているか?というんだね」
「俺も英語ペラペラじゃなかったけど、英語を聞いて応えたよな」
「地元のコーディネーターのネスが今、買い物に出かけてしるから、という内容を喋ってOKを取ったんだよな」
「凄いでうね! 英語でですね」
「そうなんだよな。一瞬、ドギマギしたけど、落ち着いてしゃべったら、通じたみたいだね」
「命がけですよね」
「ピストルが目にはいったんで、ビビったよな」
「海外ロケは飛び道具がありますから、怖いですね」
「そうなんだよな」
「撃たれたらお終いだからね」
「冗談だけど、やっぱり、違うね」
「想わぬトラブルに巻き込まれれからね」
「盗難なんかも多いし、スタッフの帰りの土産などを買っている時には見張り番だぜ。この俺が……」
「自分の土産も買えないんだよな」
「そうなんですか。それは大変ですね」
「レジャーではなく。ビジネスだから仕方ないね」
豚平は趣味の話に対しては、受付のことも忘れて駄弁り捲った。
「サイパンロケの時に活躍してくれたアイドルのH・Sちゃんは若くして亡くなってしまったんだよね。スキルス性の胃がんでね」
「そうですか。お気の毒にね」
「若くてボインちゃんでスタイリストのお母さんが手縫いでつくってくれたんだよね。真っ赤な水着をね。バストが大きすぎるからね」
「そうだったんですか」
「何時も、お盆時になると思い出すんだよね」
「初代のイエローキャブというプロダクションのN社長が自ら撮影に来てくれたんだよな。有名な映画監督の息子がつくったプロダクションから独立してね。彼女の売り込みには一生懸命だったね」
「今は有名ですよね。テレビなんかにも出ていますね」
「この頃はそうでもないけど、以前にはな……」
「そうね。今はまた、別のプロダクションを立ち上げたけどね」
「何か、精力的な社長だったよな」
「当時から凄かったけど、クリスマスのお疲れさんパーティーに呼んだら来てくれてね。ブルーの輝くドレスでね」
「そんなこと、あったんですか」
「普通は呼んでもなかなか来ないからね」
「当時から、その社長は伸びる思っていたよ」
「先見性がありますね」
「年に100人ぐらいのタレントを見てるとだいたいわかるよな」
「オーディションの時には無名だったけど、有名になった女優も大分知ってるよね」
「今は有名な女優も中学時代にオーディションで落としたことあるよな」
「そうですか」
「まあ、得意のイメージに合わなかったということだけどね。別に悪いということでもないんだ」
「オーディションは年間どのぐらいやるのですか」
「そうねえ、数えられないくらいやるねえ」
「コマーシャルから出た女優さんは必ずオーディションからはじまるんだよな」
「何回も受けるんですか」
「そうだね。新人の時には、特にね」
「それから徐々に花が咲く出すんだよな」
「てんから和尚にはなれないよな」
「最初はみんな同じさ」
「伸びる子は何か違うね」
「容姿だけ良くてもダメな奴はダメなんだな。厳しい世界だからね」
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