第2話 新しい年にシンマイ受付
正月明けに受付は開始された。
妻門子は1ケ月後の国家試験の受験勉強で忙しい毎日を送っていた。豚平の存在すら忘れて受験勉強に集中していた。「今年は合格しそうだな」彼は内心そう思っていた。去年の落ちた翌日から受験勉強を開始していたので、栄光への道は近ずいてきているように感じた。
「今年は眼つきが違うな。集中している証拠だ」
豚平は雪がパラ付く中診療所へと向かった。
「今年は雪が多く。去年の12月にラジュアルタイアに替えて於いて正解だったな」車のビッツはワイパーが一つで大きくベンツのようで豚平は気に入っていた。
「こんな小型車でワイパーが1つであってしかも、ウインドもUV加工で黒めの窓で紫外線除けでカットする優れモノであり、ビッツは雪道でも運転し易かった。
早目に家を出て診療所の駐車場へは30分かかるが、気持良くスムーズに行けた。診療所に無事付いたがまだ、誰もいなかった。別室で白衣に着替えていたが鏡に映る自分の姿を見て歳相応の医者のように見えたので、不安が頭を過った。
「患者は俺のことを医者に見るのではないかな」
ただの受付のようには、どうしても見えなかった。
「大丈夫かな。医者に間違われないかな」
受付擬きが医者のように喋れば医薬事法違反になるから、患者の医療のことについては先生にいちいち確認してからでないと応えることはできないのだ。
コンタクトに関しては、毎年、コンタクトレンズ販売管理者研修を受けて、修了書を貰っているので、応えることが可能なのだ。目の病気や薬に関しては先生に確認する以外になかった。「難しい立場で受付を遣らなければならないな」
「どうすればいいのか」考え込んでしまった豚平だったが、ぶっつけ本番だから仕方なかった。「悩んでも仕方ない。出たとこ勝負だな」心もとない立場に内心ドキドキしていた。
その内にスタッフも集まってきて、簡単な朝礼がはじまった。院長はスタッフの総勢4人を並ばせて簡単な紹介と挨拶を行って、戦闘開始だ。まだ、正月明けだったので、患者はそれ程、多くなかったので、救われた。
「徐々に馴れれば受付は大丈夫さ」
息子の院長に励まされて老兵は受付の位置に座ったが外から見る受付とは大違いだった。椅子は肘掛もなくただの丸椅子であって、座りにくかった。クシュションも硬く座り心地の悪い会議室用の椅子だった。持ってきたカルテの位置のコピーを患者から見えないところに張り付けて、脳みそに叩き込んでから、カルテの位置を確認したが、古いカルテが何処にあるのか皆目分からなかった。それぞれのスタッフの頭の中には入っているのだが、新参者には全く分からなかった。
「コンビニのようにマニュアル化したらどうなのかな」「知恵がないな」
各人のスタッフの頭に頼る以外に道はなかった。せめてもの救いはこの配置図を記したコピーが頼りだった。それにしても心もとない作業であった。いちいちスタッフに訊きながらの作業であり、73歳の豚平にとっては不満な作業形態だった。それに輪をかけて「院長に間違えられたら、どうすりゃいいのさこの俺は……」不安の中でのスタートだったが、もう、すでに最初の患者様が表れたのだった。
「おめでとうございます!」はじめての声出しだったが、4日はまだ、松の内だったので「おはようございます」ではなく「おめでとうございます」に切り替えたのだった。何となく声も小さくぎごちなかった。「このままじゃ、行けないな」
慌てて複式呼吸してから「もっと、大きな声をださなければな」自分に言い聞かせてから「お・め・で・と・う・ご・ざ・い・ま・す」ゆっくりと明確に解り易く英語の発音をする時のように集中して繰り返し繰り返し心の中で繰り返した。
手は汗ばんでいて心臓もドキドキしていたのだった。2人目の患者様が来た。
「おめでとうございます!」今度は最初よるも良く声が出てきた。心も落ち着いてきて甦ってきた。「まだ、俺の作業は瑕疵だらけだな。挨拶1つもできないんだな」
リピーターの患者は診察券に健康保険証を貰う。新しい患者である新患はアンケートと病状具合と、何で知ってこの診療所へきたのか……。
① 知り合いの紹介、家族。
② 外の電飾看板。
③ 電柱広告。
④ その他
という項目に〇印をつける。というお決まりの文章ではあるが、新患さんのカルテを造り、パソコンに入力してから診察券にネームを入れる。読みずらい名前にはルビをふるという作業であり、混雑してくると忙しく振舞い。寒い冬なのに暖房が効き過ぎて汗が出る状態だった。
「これは想ったより大変だね」
「そうですね」
視能訓練士の乃木坂マリの妹エリもタマゲタ顔をしていた。エリは料理の専門の学校へ通っていて、まだ、冬休み中であって、アルバイトでここへ来ていた。2人とも受付ははじめてであって、寒い冬なのに汗の出る作業にテンテコマイマイの状態だった。若い彼女にパソコンと電卓での料金の計算を遣らせ。豚平は患者の名前をノートに書き入れ、終了したら料金を患者に請求する作業が中心だった。手分けした方が作業がスムーズになった。
集計が終わり会計になると計算して料金を貰うのだが、小銭が必要で引き出しに両替した10円玉の束と50円玉、100円玉、500円玉、1000円札、5000円札などをストックして釣り銭の対応をしていた。
「今日は1万円が多いなあ!」
「そうですね。コンタクトが多いと金額が張るのでどうしても1万円札が多くなるな」
「それに正月休み明けなので、コンタクトのストックが切れたから多いんですよね」
「それに、お年玉が多いから、子供でも最近は1万円貰いますからね」
「そうだよね。俺らの時代と違うしね」
両替担当の豚平にとっては気が気ではなかった。
「1000円札足りるかな?」
「大丈夫でしょ!」
ハラハラドキドキの馴れない状態での作業であったが徐々に馴れていった。
「慎重に、慎重に! ミスだけはしないぞ!」心に誓う豚平だった。
保険証のチェックも慎重にする心を配った。
お年寄りにはきつい13階段を上ってくる患者様に感謝しながら作業を続けた。
「君は何になりたいの?」
「ホテルの料理人です」
「へぇ~、男勝りだな」
「だから料理の専門校へ行ってんだ!」
「ホテルは寮が多いから大変だね」
「スピーディーにジャガイモの皮を剥かなければならないんです」
「包丁だけで、6本もあるんですよね」
「えっ! そんなにあるの?」
「管理が大変だね」
「学校で買わされて、学校のロッカーに締まってあるんですよ」
「危険だし、重いよな」
「いろんな料理に対応できるように和食、洋食、中華などの料理包丁があるんですよね」
「中華の料理包丁は大きいし、重いよな」
「受付の2人、煩いんだけどな」
息子の院長からのお叱りだった。
「喋りすぎたかな。雑談は止めよう」
エリも素直に頷いた。正月明けの初日には目薬を求めて患者は徐々に増えてきて雑談もできないぐらいに混み合ってきた。
「コピーから出てきた薬の会計と診断の会計を合わせて患者の名前を呼んでから、おつりを上げて「お大事にどうぞ!」の掛け声で患者はドアを開けて出て行くのだが、何人かを繰り返すと落ち着きが出てきた豚平だった。作業はスムースに流れ出していった。
馴れてくると楽しさが解るようになってきた。リタイア後の仕事にしては上出来だった。「想ったよりも、生き甲斐のある仕事だな」彼は深呼吸しながら一息を入れたのだった。
「おめでとうございます!!」
受付が新顔なので、ジロジロ視られたが、こちらは作業の煩雑さに任せて、そんな些細なことは忘れて作業に勤しんだ。
「混みだすとトイレにも行けないな」
豚平は独り言を言いながら忙しそうに走り廻っていた。
「カルテは必ず、受付を通してね! じゃないとここの診療所に来たという証拠がなくなってしまうからね」
マリさんはカルテを受付を通さず、院内に測定をはじめるので、困ってしまっていた。スピードで遣るのはいいが、ミスを犯されるとイライラが募る。短期決戦なので、時間との勝負であって、小さなミスでも大きくなる可能性を秘めているのであった。お金の計算も二重チェックにしてできるだけ間違わないように努めた。「それ、1円多いんじゃないの」
「ご免なさい! 間違えました!」エリはストックの箱の中に1円を入れた。
「結構、イージーミスがあるんだよな」
「暗算は間違え易いから計算機で遣った方がいいよ!」
そういう豚平は計算機での計算よりも暗算で遣っていたが、二重チェックなので返って良かったかもしれない。エリは理数系が強く計算は強かったが漢字が読めなかった。「これ何て読むんですか?」
「音読みと訓読みがあるんで、患者さんに訊いてみるね」
「失礼ですが、ルビを振りたいんですが、何とお読みになりますか」
「珍しい音読みなんだな」
「やっぱり、訊かないと危険だよな」
「名前は千差万別。読み方が難しいな」
「読めないのも仕方ないですね」
「日本語って難しいな。特に漢字がね」
「まさかと想ったが訊いて良かったね」
「普通は訓読みですよね」
「そうだよな。広辞苑で調べても次から次えと画数の多い漢字が出てくるから。一生かかっても覚えきれないよな」
「英語はシンプルですけどね」
「記号の羅列だからね」
氏名が確定しないと新患の場合パソコンの入力ができないので、失礼ではあるが、患者様に正確な氏名の呼び方を必ず確認したが、予想外の呼び方に戸惑っていた。自分は訓読みだと想っていたのに、想定外の音読みに日本文字の巾の大きさを感じていた。小さい子供の名前にも苦労する。愕かされる名前であったが、全てを飲み込んで黙って作業に打ち込んだ。
「失礼ですけど、お名前は何て、お読みになるんですか?」
という言葉に神経を使った。訊ねるのはエリには無理な相談だった。年長者の豚平の仕事であり、大和言葉のやさしさで勝負する以外に道はないなと感じていた。いぶしぎんの言葉で患者様にいい気分にさせる術を考えていた豚平だった。
「だから、ベテランが必要なんだ!」自分ひとりで力んでみてもしょうがなkった。心の中の雄叫びを上げながら作業をする気分は良くなっていた。
「大和言葉といったって若い人には分かるまい」
豚平はひとり悦に入っていた。受付でなければ、体験できないに段々とノメリ込んでいった。「たかが、受付だけど、奥が深いなあ」
はじめて仕事の悦びを噛みしめて感激という嵐が吹く抜けて身体にビームがハシル感じに受付の楽しさを発見していた。
文字は知らなければならず。
言葉は大和言葉のようにやさしく。
顔は明るく。元気に笑顔を絶やさず。
真面目さを表に出し
対患者に対しての接し方を学んだ豚平は受付の面白さが解ってきた。
ある時点で、想像していたように、院長先生に間違えられたが、質問が医療専門の内容であり、困り果ててしまったが、思い切って先生に訊きましょうと語り。院長ではなく。只の受付だということを間接的に患者に知らせた。この深い配慮が受付のプロなのだと自信を付けたが、一方では国家試験を受けなかった反省は浮かんできていた。白内障はヒアレインを差した後にカリーユニの薬を差すことは自分でも遣っているので、知っていたが、医療関係のサゼッションは出来ないことは薬事法違反であり、知っていても国家試験を通っていないモノにとっては口が裂けても言えない言葉だった。この時の心の葛藤は前に感じている時よりも無念さが込み上げてきた。
「今までに体験したことがないことが、次から、次へと起こったが、新鮮さに刺激を受けて、今までのサラリーマン時代では味わえなかった体験に戸惑いと同時に発見のような感じで、自分の概念が間違っていたのじゃないかと、畑違いの職業に付いてはじめての刺激になった。
想ったよりも煩雑な作業であった。細菌のテストの書類をストックすることや
新患のパソコンでの入力とカルテの作成。健康保険証のコピーとアンケートの集計など盛り沢山な作業に戸惑いながら、午前は直ぐに終了し、午後もスムーズに時は流れて行った。「流れを止めるようなことをしてはダメなんだな」
豚平は1週間、体験すると積み重ねで作業の流れのコツを掴み。繰り返しのパターンを脳に刻み込んで作業を行うようになった。
医療系で大切なのは個人情報の漏洩を防ぐことであった。
個人情報保護法案は情報化社会の展開に伴い。特に、医療系の個人情報に対する保護は重要な問題であり、行政法の中でパソコンはじめスマホという新しいツールによって簡単に漏洩してしまうために厳しい対応が望まれる。対象となる個人情報は「生存する個人に関する情報で、その情報で、その情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を認識できるものであって、これらの情報を管理することは受付の重要な仕事のひとつでであるが、患者名すら伏せて番号で呼ぶ大病院が増えてきている。病名に関しては個人のプライバシーであり、小さい声で他の患者に知れ渡らないように気を使うことも重要であろうし、細かい気配りが必要だ。
これらの困難の中での集中作業は普通の職業とは違った責任ある仕事であって、間違えが全てに渡って揺れされない職場という認識が豚平の頭の中に叩き込まれた。片時も気が抜けない責任のある作業の中で、昼食のひとときは少ない休憩の時間だった。
「日銭の商売だからね」
息子の院長先生が切り出した。
「受付であまり雑談しないでよね」
「こちらの説明が聞き取りにくいからね」
「ハイ! 分かる増した!!」
アルバイトのエリと豚平は同時に声を発した。
ささやかなコンビニおにぎりでの昼食であったが、おにぎりがこんなに旨いと想ったことは今までになかった。
十六茶のドリンクとコンビニおにぎりの昼食での食事も直ぐに終わって前半の会計を集計したが、間違いはなかった。
「患者が重なると計算が面倒だね」
「まずは、流れるように気を配らないとね」
「1週間経てば馴れるでしょ」
豚平はカルテの位置や全体の作業の流れが、まだ、掴みきれなかった。
「週によって患者の数も違ってくるからね」
「はじめと最後が混むが、中間は空くこともあるよ」
「ノートで過去のデータで見ると火曜日が少ないな」
「どうしても月曜日と土曜日が混むね」
「1年で一番混むのは5月の連休前だね」
「春はアレルギーで全体的に忙しいよね」
「秋から冬にかけては割と落ち着くね」
「学校検診のある春は混むね」
「目薬とコンタクトがなくなる休み明けがこむんだよな」
「会計は結構、細かいよな」
「健保だからね」
「1割か3割負担が多いからね」
「後は公的資金からだからね」
「しっかりと間違いのないように請求をしないといけないのも、そこに、理由があるんだよね」
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