僕が僕に伝えたかったこと
小択出新都
テレポーターで兵士を敵船に送り込み修理妨害しながらそのまま味方ごとレーザーで打ち落とす。え?味方が死ぬ?でぇじょぶだ。クローンベイさえあれば生き返れる!
僕たちの国と、隣の国が戦争をはじめたのは3年ほど前のことだった。
原因は僕らの国の端っこにあった五つの恒星系(太陽とその周囲をまわる惑星のセット)。
そこを彼らが奪い取ったからだ。
その恒星系たちは全部で七つの居住可能惑星を持ち、有機資源に恵まれていた。
友好国で、長い付き合いだったはずの彼らは、いきなり艦隊を派遣して、その場所を奪い取った。
そして僕たちの国は同じように艦隊を派遣してそれを奪い返そうとした。
くだらない争いだとは思わない。
僕の父もその事件が理由で職を失ったのだから。その場所は、生きる人たちにとって大切なものだった。
そして僕らに攻撃をしかけた彼らにとっても、そこまでしたのにはそれなりの理由があったんだと思う。
そんなことではじまった僕らの戦争は、どちらかというとこちらの不利に進んでいた。
それは当たり前のことだったかもしれない。
戦争をしかけてきたのだ。彼らにはそれなりの自信があったのだろう。
シールド技術に優れる彼らの戦艦を、こちらはほとんど落とすことができず、僕らは押し負けていくばかりだった。
最初に奪われた五つの恒星系だけでなく、その周囲の恒星系もどんどん奪われていく中、ひとりの将校によって新しい作戦が立案された。
僕らの国のアドバンテージは、発展した医療分野におけるクローン技術と記憶保存技術。優れたレーダー技術による、敵の探知外からの超長距離射撃。それからこの作戦のために開発された片道強制転送の物質テレポーター。
作戦の概要はこうだ。
僕らの兵器では、超長距離射撃であっても、シールドを展開している敵船は落とせない。
そこでテレポーターにより、船員を相手の船へと送り込む。
船員は乗り込みにより相手の船のシールド発生装置を破壊する。
シールドが解除されたら、超長距離射撃でシールドを失った船を探知外から一気に沈める。
送った兵士は助からないが、クローン技術で体を作り直し、記憶を植えつけることで、ちゃんと復活することができる。
そんなテレポーターがあるなら爆弾を直接送ればいいのでは、と思うかもしれない。
残念ながらそれは無理だ。
このテレポート技術は受信においては相手のテレポートシステムを利用している。
これにはフィルタリングがあり、大型の兵器や自律兵器は消去されてしまう。
だから最小限の武装をした人間を送る。爆弾は古い心臓ペースメーカーに偽装する。
あくまで戦争時に投降する捕虜を保護するための生体保護システム――それは国際条約によりあらかじめ基幹システムに組み込まれてる――を利用した作戦だ。
問題点はふたつ。
このようなテレポーターの利用は国際条約違反だ。相手に知られ表ざたになれば、国際的な非難は免れない。
だから絶対にテレポートした相手の船は沈め、生存者を残してはならない。
それと送られた船員は、必ず死を味わうことになるということ。あとで復活できるとはいえ、考えようによっては残酷だ。
でも、非人道的というなかれ。
この作戦が考案されてから、僕たちの国の"戦死者"は10分の1にまで減ったのだから。
そして戦況は五分以上になり、いくつもの恒星系を僕たちの手に取り戻せた。
それは戦争で住む星を失った人たちが、飢餓や暴動、宇宙漂流の危機から救われたということになる。あくまでも僕たちの国の、と前置されるのだけど。
「本当にすまない……子供の君たちにこんな役目を負わせてしまって……」
敵船発見の合図とともに集合した僕らに、艦長は苦渋の表情で謝る。
その表情は本当に苦しそうで、いつかストレスで病気になってしまわないか、心配になる。
「気にしないでください。艦長たちにはこの船を動かすという大切な役目があるんですから。僕たちにそれはできません」
テレポーターで送られるのは、大抵15歳から18歳ぐらいの若い兵士たちだ。
理由は簡単だ。大人を送ってしまったら船の操縦ができなくなる。専門的な知識をもつ彼らは、艦にいてもらわなきゃ困るのだ。
逆に戦争がはじまって2年ほどがたち、戦況悪化により徴兵された僕らは銃の訓練ぐらいしかできていない。
母艦が手薄になり攻撃を受け破壊されれば、僕たちのデータが保存されたクローン装置も吹き飛ぶ。そうすればみんなが死ぬ。
つまりはこれはベストな人員配置ということだ。
「しかし、本当なら私たち大人の兵士たちでどうにかすべきことだったのだ……」
「不利な戦況を2年以上も戦ってきてくださったこと本当に感謝しています。突然起きたこの戦争で敵戦力に対応できなかったことは、艦長たち現場の方のせいではないと思います。それに――たとえ死んでも、クローン装置が無事ならちゃんと復活させてもらえます――だから本当に気に病まないでください」
僕はできるだけ微笑んで、艦長の心の重荷が少しでも軽くなるように努力した。
成果はあんまり芳しくはなかったけど。
実際、僕が例の作戦に従事したのは、もう8回ほどになるが、このとおり、今も僕は生きている。だから、気に病まないで欲しいと思う。
「よう、ひよっこども、準備はできたか。装備の点検はしっかりしておけよ。記憶と人格のバックアップは絶対に忘れるなよ。忘れた者はいまから行ってこい」
テレポーター室に入ると、顔に傷を負った壮年の兵長が、みんなに声をかける。
彼は僕らにわか育ちの若年の兵とは違い、この戦争をずっと戦い続けてきたプロの軍人だ。僕らテレポーターによる工作部隊の指揮をとってくれている。
本当はこの人の実績なら、艦の方に残ったり、最前線じゃない安全な場所で任務につくことも許されているのだ。
でも、この人は「こんな重要な任務、ひよっこの兵士だけに任せるわけにはいかない」といって、毎回の任務に参加してくれている。
本当は僕たちのことを心配して、僕たちだけがこの絶対の死が約束された任務に就くことを忌避して。
まるですべての大人たちの責任を取るかのように、この任務に従事してくれていることは、彼が何も言わなくても僕たちは察していた。
悲惨な作戦だと大人たちは言うけれど、周りはしっかりとフォローをしてくれて、クローン技術も確かなもので、僕たちは今も生きていることに違和感がない。
だからこの任務は、大人たちが気に病むような、そんなものではないと思ってる。
いや、そう思ってほしいと思っている。
一緒に過ごす大人たちの顔には、誰もいつも影が差していたから。
ただ、ひとつだけ気になることがある。
敵船内で行動する15分ほどの時間。その間だけは、記憶のバックアップが取れない。
生き返っても、その時間の記憶だけは僕たちの中に存在しない。
空白の時間だった。
作戦開始10分前、僕は一枚の写真を、胸ポケットから取り出して見つめた。
「ん、恋人か? それにしては若いな。妹? 家族か?」
横にいた兵長が、それを見て語りかけてくる。
「幼馴染です。向こう側の国の子なんです。幼いころ、父の仕事の関係で知り合って、よく一緒に遊びました。戦争がはじまる一ヶ月前にも、会って食事にいったんです」
もう3年前の写真だ。だから僕より若い。
「付き合ってたのか?」
「いえ――でもたぶん好きだったと思います。僕はこの子のことを……」
そんな僕らの関係も、戦争で裂かれてしまったけど。
「そうか……はやく戦争が終わるといいな……」
兵長は窓の向こうの宇宙を見つめながらそう言った。
僕もそう思う。どちらの勝利でもいい。早く戦争が終わって、今もどこかの星にいるこの子と会えたら……。
『超長距離荷電粒子砲の充填完了。敵戦艦はシールドを展開しながら静止中。こちらには気づいていません。テレポーターへの電力供給開始。敵シールド破壊作戦の準備をしてください』
アナウンスが聞こえる。
僕にとって9度目の乗り込み作戦がはじまりを告げた。
***
一瞬にして周囲の景色が変わる。
僕らが使うのとは違うデザインのテレポーター。敵船の中だ。
「勝手にテレポーターが起動したぞ!?」
「何だ!? お前たちは!」
驚いた顔の兵士たちを、僕の後ろにいるメンバーが撃ち殺す。
失敗は許されない任務だ。淡々とやるしかない。
「よし、内装はαタイプだな! A班は通路で足止めを、B班でシールド室を破壊しにいく!」
兵長の指示に従い、僕は廊下の適当な遮蔽物がある場所に陣取り、足止めする準備をする。
逆方向に行く兵長たちを見送りながら、銃を構える。
宇宙での戦争の時代。白兵戦はほとんど起こらないと言われていた。だからその戦いは、お互い不恰好だ。
ぱらぱらと異常に気づいた兵士が無防備にやってきては、僕たちの銃で撃ち殺されていく。
数分たって、相手がようやく組織だって反撃してくるようになった。
そうなると、さすがに多勢に無勢で厳しい。
経験はそんなに差がないとしても、僕たちの方が数は少ないのだから。
味方が一人二人、倒れていって、最後に残ったのは僕だった。
でも味方ががんばってくれたおかげか、相手の兵士の数も減っていた。
僕は少し迷ったが逃げることにした。
生き延びるためじゃない。このまま撃ち合うより、時間が稼げると思ったからだ。
こちらを追う兵士が多ければ、シールドを破壊にいった兵長たちが楽になる。
撃たれた左肩を押さえながら、敵船の中を走り回る。
何人かの敵兵と接触したが、呆然と見送る者、悲鳴を上げて逃げ出す者、こちらに攻撃してくる者、その反応はさまざまだった。
たまに追ってくる兵士と撃ちあいながら逃げていると、全面がガラスで覆われた通路にたどり着いた。
薄い緑色のシールドが邪魔だけど、漆黒の宇宙に輝く無数の星が見えて、その景色はとても美しかった。
ここで死ぬのも悪くない。そんな気にさせる。
「――君」
不意に背後から僕の名を呼ぶ声が聞こえた。
振り向いた僕の目に映ったのは、3年ぶりに会うあの子だった。
写真の面影を残しているけど、少し背が伸びて、僕が知る彼女よりずっときれいになっていた。
僕は目を見開く。
彼女が戸惑うように口を開いた。
「なんでここにいるの。そういえば船に侵入者が現れたっていってたけど……。いったい何が起きてるの……」
僕はかすれた声で訊ね返す。
「君こそなんでこんな場所に……」
彼女は富裕層の生まれのはずだ。まだ戦況に余裕があるあちらの国は、そういう層の人間はまだ戦争に参加しないでいいはずだった。
ましてやこんな最前線になんて。
「最前線で戦う船に乗ればあなたに会える気がしたの……3年前離れてから、ずっと会いたくて……」
ああ……、なんて馬鹿なことを……。
でもそんな無鉄砲でおてんばなところも好きだった気がする。
大きな爆発音がした。
シールド室の破壊が成功したのだ。
「なに。何の音」
この船を覆う薄い緑の壁が消失していく。
僕は彼女を抱きしめた。そして彼女と目と耳を僕の腕と胸で覆う。
「――君。どうしたの」
彼女のくぐもった声が聞こえる。
「ごめんよ……」
聞こえないだろうけど、僕は呟いた。
僕の視線の先、宇宙に真っ赤な輝きを放つ星が灯った。
僕らの船から放たれる超長距離荷電粒子砲の輝き。
シールドを失ったこの船は、もうそれから逃れる術はない。
わけも分からず戸惑う彼女を、僕は強く抱きしめ続けた。
彼女が最後に見る景色が、少しでも怖いものでないように。
***
暗い宇宙を僕は漂う。
どうやら生き残ってしまったらしい。荷電粒子砲の当たり所が悪かったのか。仲間たちみたいに一瞬で蒸発して死ぬことはできなかったらしい。
周囲にはさっきまでいた敵船の残骸が漂っている。
意識はどんどんと薄れていく。運悪く生き延びてしまったけど、僕ももうじき死ぬらしい。
そうでなきゃ困る。生き延びても仕方ないのだから。
でも、どうしても伝えたいことがあった、ひとつだけ。
それを伝える術は、僕にはないけれど。
ああ、30分後、あの船で復活する僕。
君の大好きだったあの子は死んだよ。
きっと何が起きたのかも分からず。この宇宙の塵になって。
それでも君はあの子を探し続けるのかい?
もういなくなってしまったあの子が、この宇宙に存在すると信じ続けて。
この戦争が終わるまでずっと……。
ずっと。
***
今日は敵船を発見し、10度目の乗り込み作戦が行われる日だ。
記憶のバックアップを取り終えて、僕はテレポーター室である女の子の写真を眺める。
それを横から見た兵長が尋ねてくる。
「恋人の写真か? それにしてはちょっと若いな」
「幼馴染なんです。あっちの国の人間ですから、もう3年も会ってないですけど」
この写真を見ると、この長い戦争を戦う勇気がでる気がする。
いつか会えるんじゃないか。そう思えるんだ。
「もしかして好きだったのか?」
「はい、そうだったと思います。今も――」
「そうか、さっさとこの戦争が終わって会えるといいな」
本当にそう思う。
この戦争が終わって、君に会えたら――。
そのときは君に――。
僕はその願いを胸に秘めながら、10度目の乗り込み作戦の開始を待った。
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