第一話 兎の少年 03

 逃げる犯人の足音が聞こえた。

(ああ、もしもあいつを追えたなら)

 動かぬ体はこんなことを考え始めていた。

(あいつを追えたなら、あいつを絶対に許さない)

 仲間がやられた分も。ミキちゃんの分も。全て、仕返ししてやるんだ。

(この体が、自由に動くなら)

 そう、体が自由に動くなら。

 青く光る月をみて、こう思った。

(例えば、兎のように自由に駆け巡れるなら、あいつを捕まえてやるのに)


 ドクンッ


「…がっ…!?」


 突然、身体中に痛みが走る。

 心臓は跳ね上がるように脈を打ち、身体中が熱くなる。

 身体中が痛い。

「あグッ… がっ…はァ…っ!」

 身体の表面と言うべきだろうか、皮の部分から痺れるような痛みを感じる。特に、傷口の辺りから。

 痛みをこらえながら傷口を見ると、なんと白い毛が生えだしている。

「なんだコれ… グぁっ!!」

 声も変だ。声色が変わっている。


 バキバキバキっ!

 腹の部分から骨が軋む音がする、音がすると同時に激痛が走る。痛みで目を瞑る。

 どうやら、体が変形しているようだ。

 バキッ!ゴキベキィッ!!

 やがて軋む部分は足の方へ、そして胸の方へと広がっていく。


「グゥ… アアアアッ!」

 いよいよ顔の方まで変形しだした。

 首の方から激痛がどんどん上へ昇っていく。

 痛みが鼻や口に達すると、鼻が突き出すように変形するのを感じた。そして、耳は徐々に大きくなり、上に行く感覚。

 足は、脚が縮む代わりに、足が長くなる感じ。


 やがて、痛みが引いていく。目を開けると、


 自分の体が兎になっていた。

 前を見ると、男が立ち止まって、こちらを見ている。

 そうだ、あの男が。そう思った瞬間に、体は動いていた。


 あの男が憎い。あの男が憎い。憎い。憎い。

 許さない、絶対に。許してはならない。


「…ウガアアアァァァァァァッッ!!」

「う、うわあああああっっ!!」

 兎の足は、人の体の時よりも、圧倒的に早かった。

 すぐに捕まえる。男は仰向けに倒れた。

「こ、この、化け物ぉ!!」

 そう言うと、ナイフを斬りかかってきた。

 兎の体は動体視力が良いらしい。五回くらいは避けただろうか。

「やめろおおおお!!」

 6回目は、避けれなかった。突き出されたナイフは再び腹に刺さる。


 痛みは感じた。しかし、体が変形する痛みと比べると、全く痛みを感じなかった。

 しかし、僕は怯んだ。それと同時に男は逃げようとした。


 男は逃げれなかった。横から突然衝撃を食らい、飛んでいった。

 僕が横を見ると。

「はぁ、はぁ…」


 驚いたことに、イルカが立っている。

 自分は兎に。真横にはイルカ。訳がわからない。頭は追い付いていない。


 突然、イルカが崩れ落ちるようにその場に倒れた。


 そして、自分も同時に、意識が遠のいた。

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