第一話 兎の少年 02

「コウタ、おい、しっかりしろよぉ!!」

「うあ、あ、あ…」

 キョウヤはコウタに向かって叫んでいるが、コウタは呻き声をだすことしかできなかったみたいだった。

「…お前、コウタに何したんだよ…」

 僕は声を震わせながら、ナイフを持った男に聞く。

「俺のせいじゃない… みんな寄って集って俺が勇気のない男とか言うんだ… 俺は勇気がある… そんな俺にそっちがぶつかってきたのが悪いんだ… 俺を無視するから悪いんだ!!」

 突然わめきだす男。

「ふざけんな!! どうしてくれるんだよ!!」

 僕は… 多分、初めてキレた…と思う。

「ああ…あ… うああああああっっ!!」

 男は逃げ出した。

「ああっ、待て!!」

 僕は男を追いかけることにした。

 コウタを刺した犯人を追いかける、追いかける。


 その時、後ろからもう一人ついてくる音に気づいていれば。


 ひたすら追いかけて、草むらの上、岩場、砂利道を、暗く足元も見えない中、必死で追いかけた。


 男は、近くの海まで逃げていた。さざなみの音が耳に流れ込む。

「ハァ、ハァ、もう、逃げられないぞ」

 僕は浜辺まで男を追い詰めた。

「なんだよ… 何しに来た!」

「お前、コウタの責任取れんのかよ! コウタにあんなことしといて、どうしてくれるんだよ!」

「俺は…俺は!! 俺は臆病な男じゃない!! だから…だから俺に立ち向かって来やがったやつに報復したたけだ!! 俺を散々コケにしたやつを見返してやるんだ!!」

「なにが報復だ、なにが見返すだ! お前がやってるのは人としてどうなんだよ! 見返すために人を刺すなんて、おかしいだろ! そっちの方が臆病じゃないか!」


「うるさいうるさい… 黙れぇぇぇ!!」

 男が襲いかかってきた。

 僕はなにもできず、目を瞑った。

 

 ビリビリッ

「…あああああっっっ!!」

 何か布が破けた音がしたと思うと、突然女の子の悲鳴が響く。

 …恐る恐る目を開ければ。


「ごめ…んね…ユウ…キく…」

 …ミキちゃんが倒れていた。

 腹を切り裂かれて倒れた身体は波に当たり、月明かりに照らされた波は朱色に染まっていた。

「えっ… なんで… なんでっ!!」

 

 この時僕はなにが起きていたか、全く理解できていなかった。

 ミキちゃんは、僕を庇ってくれたのだと、この時にはまだ分からなかった。


 いや、それを理解するよりも早く。

「次は、お前だああああ!!」


 ドスッ

「ぐあっ」

 腹をそのまま貫かれた。

 鈍い痛みが体の芯から沸き起こる。

「ごはぁっ…!」

 血を吐いた。痛いとかそういうレベルじゃない。

 気を抜いたら気を失いそうな、そんな感覚。

 膝から崩れ落ちた。力を振り絞って男を見上げると、男は何か口を動かしてから、浜辺をさらに向こう側へと逃げ出した。

 体はそのまま倒れる。朦朧とした意識の中で、倒れたミキちゃんを見る。

 ミキちゃんは空を見上げ、血はまだ吹き出していた。


 痛みは増す。ああ、このまま僕死ぬのかな… そう思いながら、空を見上げた。


 満月が、雲一つ隠れることなく輝いていて、


 一瞬月が青く光った気がした。

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