第一話 兎の少年 01


 ―3年前。


 それは、僕が中学2年生の夏の話だ。

 その時はまだ都会には住んでなくて、普通に友達はいるし、大体が普通だった。


 …あの日、あの月を見るまでは。

 その日は、土日でも祝日でもないのに、お祭りの日だった。

 いつも一緒にいる友達のキョウヤたちと、その日も皆で、昼から屋台を巡ったり、クラスメートや同学年を探して回ったりしていた。


 歩いてると、突然友達が言い出した。

「そういや、今日って満月らしいなぁ」

「へぇ、キョウヤって月に詳しいの?」

「いや、別に? なんかニュースで『今日は珍しい満月』とか何とか言ってたからさ」

「キョウヤって案外ニュース見るんだ」

「いつも社会科じゃ点数低いのになぁ」

「うっせうっせ、それは関係ねぇだろ!」

 そんなことで皆で笑いあった。


 ふと、皆で屋台を回っていると、見知った女の子とすれ違う。

「あ、三田さん」

「あれ、卯花くんじゃん。お祭り、来てたんだ」

 三田海貴みたみきさん。幼馴染で、クラスは違うけど、昔はよく遊んでいた仲の子だ。

「三田さん、こんちゃー」

「ユウキって三田さんとよく話すん?」

「ああ、まあね。家が隣で、幼馴染だから、さ」

「へー。女の子が幼馴染とか、今時のドラマでも見ないだろ」

「うっせうっせ、事実だから仕方ないだろ?」

「私は卯花くんみたいな女子っぽい男子とは付き合わないし」

「うわっ 10秒でフラレた」

「そもそも付き合ってないんだけど…」


 その時は気は無かったし、フラレたとかとか全く思ってなかったし。

 まあそんな感じで、友達とあることないこと言い合いながら歩いていたら、いつの間にか夕方になっていた。


「そろそろ晩飯買って花火のベストポジション取りに行こうぜー」

「そうだなぁ、皆は何買いに行く?」

「俺唐揚げ」「僕も」

「えー俺はフランクフルトかな、聞いてるユウキは何買うの?」

「えー? クレープ」

「「「クレープ!?」」」


 …まあ、これが三田さんに女子っぽいと言われた理由で。

 基本甘いものが好きだったり、動物が好きだったり、体育がそこまで得意じゃなかったり。

 それが、よく女子っぽいと言われてしまう。

「えー、いいじゃん別に」

「夕食甘いものって…」

「クレープはデザートだろ…」

「普通にそれでお腹いっぱいになるからいいかなぁーと」

「…お前がそれでいいならもういいや…」


「じゃあともかく、この後またこの場所で集合な!」

「オッケー、ひとまず解散でー」

 そうして、僕たちは一度バラバラになった。


 …もしも、ここでみんながバラついて行動しなければ。

 僕はきっと兎になんかなることは無かった、と思う。

 空にはもう月が上がり始めていて、きれいな満月だった。

 クレープを買いに、屋台があるお祭りの入り口近くに戻り、屋台で並んでいたとき、三田さんとすれ違った。


「あれ、ミキちゃん、また会ったね」

「あ、ユウキくん。今度は一人?」

 …いつもはこう呼び合ってるんだけど、他の友達がいたから、さっきはああ言い合っていた訳で。

「うん、飯買いに。そういや、ミキちゃんは?」

「あー、私は… 別に、気にしないで」

「ふーん、分かった」


 そう言うと、三田さんは入り口の方へ歩いていった。

 もう帰るのかな、とか思っていると、クレープの列はいつの間にか自分の番になっていた。

「カスタードバナナチョコひとつ!」

「はーい、30秒ほど待ってね」


 おいしそうな甘い香りに包まれながらクレープを待っていると。

 お祭り会場の奥の方で男の大きな声が聞こえた。


 辺りは騒然となる。そして、自分も駆け出していった。

「あれ、クレープはいらないのかい!?」

 屋台の店主がそう言っていたような気もしたけど、それに構っている暇がなかった。


 あの声の持ち主は、友達のキョウヤだとはっきりと分かった。

 あいつに何が起きたのか。


 イベント広場の方へ行くと、何が起きたのかがよく分かった。

 …いや、よく分かってしまった。


 刃物を持った高校生くらいの男。

 そして倒れている友達、それに付き添うキョウヤ。


 友達が、刺されていた。

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