文化祭(2)
グラウンドは、ヒロインたちの怒りの炎で、さながらソドムとゴモラのようだった。
「許さぬ、許さぬぞ!! わらわの純情を弄んでいたのじゃな!? 隠れてないで出てこい!!!!」
召喚獣のドラゴンに乗った魔王が、深紅の髪を逆立てて叫んでいる。
「私はキープ扱いで、その上アイツ、何股してやがんのよマジで!!!!!! しかも、他の子たちと、あんないやらしいことをしてたなんて……許せない! ホンット、許さないから!!!!」
黒髪の幼なじみが、鉄拳でグラウンドに地割れを作った。今さら設定開示するが、幼なじみは古武術道場の跡取り娘で、体術レベルは全ヒロイン中最強だ。
「わ、私だけは、私だけはあなたを信じています……だから、全員殺して地獄に堕として、その後二人で一緒に天国に行きましょう……天国で結ばれましょう……」
異世界ヒロインが、完全にイッってしまった目つきでナイフ片手にブツブツ言っている。
「副会長! まさかあなたまで、私を裏切ってあの人と……!? あああ、あなただけは、あなただけは信じていたのに!」
「会長、誤解です! 正気に戻ってください!」
その横で、生徒会長と副会長が言い争っている。
「おにーちゃん!! 早く出てきて本当のことを言って! じゃないと私、この矢でおにーちゃんのハート射抜いちゃうから! 物理的に!」
「その心配はない、アイツは私が殺す! アイツの頭でドリブルした後、最後はゴールリンクで絞首刑だ!」
「よーし、レクイエムは作曲できたっと……。後は死体を用意するだけだなー……」
弓道部の後輩、バスケ部の先輩、軽音部の従姉妹がそれぞれに怒りに燃えている。
「ふふ……。そうだよなぁ、あの子にとってみれば私なんておばさんだもんな……。本気にした私が馬鹿だったんだな……」
「いいや。年齢など関係ないと思わないかね? 女に恥をかかせた男の子には、キツ~イお仕置きをしてやらなくちゃな。フフフ……久しぶりに私もはらわたが煮えくり返っているよ」
担任教師と、保健室教諭が血の涙を流しながら、拳をバキバキと鳴らしている。
屋上からその様子を見下ろしながら、俺と死神、超能力者は真っ青になっていた。
「お、思った以上に、効果抜群だったわね……」
(正直、やり過ぎちゃったかな、って)
「いや、俺もまさかこんなに上手くいくとは……」
俺たちが、この世界の主人公であるもう一人の俺を炙り出すためにとった方法。
それは、ハーレムの崩壊だった。
※※※
一時間ほど前。
俺は記憶が戻った超能力者に事の成り行きを説明し、そして、この停止した世界を再生するために俺が考えた策を伝えた。
「もう一人の俺が作った世界は『ラブコメ』だろう? だから、ヒロインたちはお互いに恋敵でありながらも、ドロドロとした生々しい本気の憎み合いまでは発展していない。あくまで優しい世界だからな」
ラブコメである限り、ヒロイン同士は誰も本気で憎み合わないし、主人公であるもう一人の俺に対しても、本気で殺したいほどの愛憎を抱いたりはしない。しかしそれでは、ヒロインたちに、雲隠れしたもう一人の俺を見つけることは永遠にできないだろう。イニアシチブがもう一人の俺にある状態なのだ。
「しかし、そこが狙い目でもある。もしも、本気でヒロインたちが憎み合ったり、主人公を恨んだりし始めれば、もう一人の俺は逃げきれなくなる」
そう、俺の考えた策は、世界観を破綻させることだった。
ハーレムラブコメの世界観で俺が主人公になろうとしても、とても恋愛フラグを立てることはできない。ならば、世界観を変えてしまえばいい。ヒロイン
「そのために、超能力者に頼みたいのが……あれだ」
そう言って俺は、死神が背負っているウサギのぬいぐるみ型リュックサックを指さした。その中には、『メインヒロインが多いのは仕様ですか?』(通称『メロン様』)が五巻まで入っている。
「もしできるなら、映像を送るようにして、テレパシーで本の内容をすべてヒロインたちに送ってほしい」
本の中には、主人公であるもう一人の俺が、それぞれのヒロインとイチャイチャしているエピソードが収められている。エピソードの多くはヒロイン誰かとの二人きりの出来事やラッキースケベで、いわば二人だけの秘密だ。だから、ヒロインはみんな「主人公は、他の女の子ともちょっとは仲良くしてるだろうけど、こんなに親しくて深い関係なのは私だけ」と思っているはずだ。なにせ、全員がメインヒロインなんだからな。しかし、他も全員そうだったと分かればどうなる? 憎み合ってハーレム崩壊、とまで都合よくはいかないかもしれないが、お互い疑心暗鬼になったり、主人公を恨んだりする可能性は高い。少なくとも、今までの「どこに行ったの? 会いたい~!」というゆるふわテンションでもう一人の俺を探すのではなく、「隠れてんじゃねえ! 出てきて詳しい話を聞かせろ!」という阿修羅のテンションでもう一人の俺を探すのではないだろうか。
そこまで説明して顔を上げると、死神と超能力者が汚物を見るような目つきで俺を見ていた。
「よくもまあ、そんなえげつないこと思い付くね……。今までのデレを返せって思うくらい、あなたへの好感度下がったわ……」
(正直、ドン引き)
おいこら、こちとら世界再生のためにやっているんだぞ。
(でも、策としては、アリ)
超能力者がテレパシーで言いながら、頷いた。
(ただ、君、最低。人間の屑)
うるせえよ。そんなことは百も承知だ。悪いが俺はラブコメの主人公にはなれない。その代わり、それを壊す容赦の無いラスボスにはなれる。自分で言うのも何だが、そっちの方が性格的に向いている。
「それで、本の内容をテレパシーで映像のように送ることはできるのか?」
(可能。かなり、疲れるけど)
「無理させて悪いが……、俺の策に乗ってくれないか?」
疲労面だけでなく、それをやることを納得してくれるか、という気持ちを込めて俺は聞いた。
超能力者はいつもの通りの無表情をほんの数ミリ崩し、テレパシーでなく、声に出して言った。
「乗った。……後で、激辛麻婆、奢り。ね」
その数ミリ崩れた無表情は、笑っているように見えた。
死神も言う。
「本当、ひどいやり口だとは思うけど、あなたを生き返らせたのは私だしね。私も最後まで見届けてあげるわよ。最悪失敗してまた死んだら、責任もって地獄に堕としてあげるから安心しなさい」
よし。最悪でも地獄だ。
腹は決まった、ラスボスになってやろうじゃないか。
※※※
その後、超能力者は集中を高めてから、『メインヒロインが多いのは仕様ですか?』五冊を両手で空にかざし、目を閉じ小さな声で、しかし力強く、つぶやいた。
「…………『
その瞬間、彼女のテレパシーに乗って、『メインヒロインが多いのは仕様ですか?』の全内容がヒロインたちの脳内に直接送られ、地獄の業火が着火したのだった。
※※※
そして、ハーレムは予想を超える激しさとスピードで崩壊した。若干、取り返しのつかないことをしてしまったのでは……といううしろめたさはあったが、それだけ、もう一人の俺がどのヒロインにもいい顔をして、相当イチャついていたということだろう。自業自得だ。
ヒロインたちの怒声を聞いていると、背後で、屋上のドアが開く音がした。
どうやら、おいでなすったようだ。
「……君、なんてことをしてくれたんだよ……!!」
振り返ると、そこにはこの世界の主人公、もう一人の俺が顔をぐしゃぐしゃに歪めて立っていた。
「よう。あの時はよくもまあ、あんなにざくざくと刺してくれたな。死ぬほど痛かったぞ」
まあ、実際死んだんだけどな。
もう一人の俺が、さらに顔を歪ませて叫ぶ。
「僕の世界を! ハーレムを! ラブコメを! 正しいライトノベルをめちゃくちゃにしやがって!」
「知るか。お前は、青春に悩むフリをして、ただ可愛い女の子全員にいい顔をして、甘い言葉を吐いて、モラトリアムな恋愛を楽しんでいただけだろうが。何が正しいラブコメ、正しいライトノベルだ。そんな薄っぺらい話じゃあ、今日び誰も喜んでくれないぞ」
「分かった風なことを言うな! 君なんて、フラグ潰しまくりのやれやれ野郎だったじゃないか!? そんなの、一部のひねくれたプロ読者気取りにしか受けないんだよ! 最大公約数が喜ぶ記号的なキャラクター! 安心できるテンプレ展開! 感情移入しやすくて憧れを抱ける個性が薄いイケメン主人公! そういう優しい世界の方が需要があるんだ! そして、みんなが笑える優しい世界を作って何が悪い!」
「断言してやる。みんなが笑える優しい世界なんて、どこにもないぞ」
「だったら! だからこそ! 物語の中でくらい、そういう世界があったっていいだろう!?」
「まあ、そうだな」
「そうだろう!? だったら僕のハーレムラブコメを、ライトノベルを邪魔するな!」
「お前が、みんなが笑える優しい世界で生きていくのは構わない。だけどな、お前の作る優しい世界から排除された人間はどうなるんだ? お前に殺された俺は? お前が見殺しにしたあの子どもは? それがお前の言う、みんなが笑える優しい世界なのか?」
「くっ……!」
もう一人の俺が怯んだ。性格の悪い俺は、そのまま畳みかける。
「あとな、お前のラブコメ――、ぜんっぜん、面白くないぞ」
「うわああああああああああああああ!!!!!!!!」
もう一人の俺は、その場に膝をついた。
※※※
その後、もう一人の俺は、文化祭前夜のキャンプファイアーで、さながら火刑にあう魔女のようにつるし上げられ、ヒロインたちに散々詰められた挙句主人公の地位を追われた。明日からは、情けない三枚目キャラとしてやり直すそうだ。むしろ、若干おいしくないか? それ。
そして次の日の朝、ちゃんと世界は一日進み、文化祭がやってきた。
魔王は召喚獣でサーカスをやり、幼なじみは空手の演舞で瓦を千枚ほど割り、異世界ヒロインは異世界メイド喫茶で大人気を博し、弓道部の後輩は
それと、俺の勘違いかもしれないが、一般客の中に、見覚えのある母子がいたような気がする。死神にそれとなく聞いてみると、彼女は言葉を濁したが、顔が赤くなっていたから、そういうことなのだろう。
もう一人の俺にあんなことを言っておいてなんだが、これこそが、優しい世界というやつではないだろうか。
でも、俺は性格的にこういうのに向いていないから、イマイチ居場所がなかった。
もちろん、楽しくなかったわけではないんだけどな。
さて、文化祭が終わると、またいつもの一週間が始まる。
随分長い一週間だったような気がするが、時間が経てば、すぐに他の記憶と混ざっていくのだろう。
そんな毎日が、もしも物語と呼べるものであるのなら。
その物語が、ライトだろうが、heavyだろうが、leftだろうが、darkだろうが、falseだろうが、俺は何だってかまわない。面白くさえあれば、それでいい。
そんなことを考えて、俺はちょっぴり笑ってしまうのだった。
まったく、やれやれだ。
(「ラ・ラ・ライトノベル」了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます