文化祭(1)

「その幻想をぶち殺す!!」(上条当麻)


――『とある魔術の禁書目録』著:鎌池和馬(電撃文庫)より引用。



 ※※※※※※※※※※


「動いているじゃないか」

 放課後の教室に戻って来た俺はそう言った。世界が停止してしまった、というからどんなことになっているかと思えば、変わらずに生徒たちはみんな生きていて、楽しげに明日に迫った文化祭の準備にいそしんでいる。

「ひと晩経てばわかるわ」

 俺をここまで連れてきた死神のゴスロリ美少女は、ふわふわと浮かぶのをやめ、教室の床にすとっ、と降り立ってそう言った。

「要するにね……」

 死神が何かを口にしかけたところで、教室の扉が開き、誰かが喋りながら勢いよく教室に入って来た。

「ここかー!? もう前夜祭が始まっちゃうのに、アイツってば何やってんのよ!」

 黒髪の幼なじみだった。幼なじみは教室を見回し、俺と死神を見つけると、「あー!!」と指さして近付いてきた。

 まずい。俺が別の美少女といることに文句を付けてくるつもりだ。いつものように適当に受け流すか? いや待て、もう一人の俺のことを聞く良い機会かもしれない。そう思って俺から幼なじみに声をかけようとすると、彼女は俺をスルーして隣の死神に話しかけた。

「すごいね、その服めっちゃ可愛い! それとこれは……鎌? すっご、本物みたい! 何組の出し物なの? 見に行くから教えて!」

「え……いや、私は……」

「あ、前のめりに聞いちゃってごめんね? 明日、探しに行くよ~。あ、私、人を探してるんだった! ごめん、行くね!」

 そう言って、幼なじみは再び勢いよく教室を出ていった。

「ふ、ふう。人間の美少女って生気があって緊張するわね……」

「おい、もしかして……俺の存在は見えなくなっているのか?」

 俺が聞くと、死神は首を横に振って答えた。

「見えてはいるわ。ちゃんとあなたは生き返ったもの。だけどね、あなたはもう主人公じゃなくなってるの。今、この世界で主人公なのは、雲隠れしてしまったもう一人のあなた。あなたはヒロインたちにとって、もはや……モブキャラなのよ」

 モブキャラ。

「名前もなく、特徴もなく、なんなら顔がぼや~っとしているモブキャラよ。特に用事がなければまず話しかけられることのない、道端の石ころ以下の存在なの」

 理解したから、そこまで言わなくていい。

「せめて、モブ・キャラオとか、名前を付けてあげた方がいいかしら?」

 いらん。人を某芥川賞作家みたいに呼ぶな。

「それと、さっき言いかけたことだけど……、私が言った通り世界は停止してしまっているわ。一見動いているようだけど、ひと晩寝て朝になれば、また今日が繰り返される。もう一人のあなたが雲隠れしてしまってから、永遠にこの世界は文化祭前日を繰り返しているの」

「それ何て、ビューティフル・ドリ」

「それ以上いけない」

 死神が、定食屋の従業員のような顔をして言った。確かに、固有名詞は出さない方が賢明だな。

 つまり、俺がもう一人の俺を見つけ出して、なんとか物語を終わらせるよう説得するか、もしくは主人公の座を奪い返さないと、この世界はずっと同じ一日を繰り返すわけか。面倒だが、とにかくもう一人の俺を探すしかない。


 学校中を探し回ったが、もう一人の俺は見つからなかった。途中で何人かのヒロインに遭遇したが、ものの見事に無視された。なるほど、今の俺は本当に石ころ以下らしい。まあ俺の性格上、こちらの方が気楽で向いているような気はするが。それにしても、これだけの数のヒロインがいて、彼女たちももう一人の俺を探し回っているのに、見つかっていないのだ。簡単に見つかるようなところにはいないだろう。

「ところで、お前は何で俺がモブキャラに見えないんだ?」

 ふと気になって、死神に聞いてみた。

「私は、もう一人のあなたの物語に出てきていないでしょう。……それに、あなたの方がふさわしいって思ってるわ。だからよ」

 死神は表情を変えずに言ったが、顔は耳まで真っ赤になっていた。いかんいかん、うっかりフラグを立ててしまった。

 ……いや、待てよ。

「おい、もしも俺の方が主人公にふさわしいと思えば、そのヒロインは俺の物語に戻ってくる可能性があるのか?」

「そうよ。だから、私はあなたに、もう一人のあなたから主人公の座を奪い返してほしいって言ったの」

「つまり、ヒロインたちにフラグを立て直して、もう一人の俺の物語ではなく、俺の物語に巻き込めばいいってことか?」

「そういう方法もあるわ。でも残念ながら、それは実現不可能じゃないかしら。もう一人のあなたは、ヒロイン全員のフラグを残さず回収して、好感度をマックスまで持っていってしまった。悪いけど、モブキャラになってしまったあなたが、今からヒロインたちを振り向かせようとしたところで、なびいてはくれないわ。ヒロインが石ころ以下の存在に取られる物語なんて、聞いたことがないでしょう? あったとしても、作者の都合でヒロインをハーレムから脱退させたい時にこじつけで描かれるくらいよ。で、大抵炎上するわ」

 確かに。

「それに、あんなにみんなに冷たくしてたくせに、今さら都合でフラグを回収しようなんて甘いわよ。そんなの、女の子はすぐに見抜いてしまうわ。……えーと、だから、もしあなたが今からでも誰かを口説こうっていうなら、止めはしないけど、えっと、ほら、あのー、わ、私……が? いるじゃない? 世界を再生するのが無理だったら、最悪、私とあっちの世界で一緒に死神部に入るって手も……。ま、最悪の場合ね?」

 いきなりデレるな。そして人を殺そうとするな。あっちの世界って、まんまあの世のことだろう。

「分かった。だが、それは主人公として恋愛フラグを立て直そうとするなら、って話だろう?」

 死神は口をへの字にして、渾身のデレは無視かよ……というジト目を俺に投げた。無視だ。

「だったら多分、他に方法はある」

 俺がそう言うと、死神は眉根を寄せて首を傾げた。

「え? いや、だから……」

 俺はわざと不敵な笑いをしてから、こう言った。

「物語というものは、ラブコメだけじゃないだろう?」

 数秒の間があった後に、死神は「…………あ」と大きく口を開けた。俺の考えに気が付いたらしい。その顔を見て、俺は言った。


「ところで死神。お前、『特殊能力』とか持っているか?」



 ※※※



 ターゲットは、彼女しかいないだろう。


 俺の予想通り、彼女は屋上に一人でたたずんでいた。

 その彼女に、声をかける。

「なあ、ちょっと話があるんだけど」

「……何」

 憮然として答えた彼女は、ショートカットに眼鏡の美少女だった。俺は単刀直入に言う。

「お前、テレパシーを使える超能力者だろ」

 彼女は無表情のままじっと俺を見つめた後、「……中二病、乙」とだけ言って、屋上から出ようとした。

「待てよ。知っているんだぜ。お前は超能力者で、今テレパシーを使って、ある男を探している。でも全然見つからないから、途方に暮れているんだ」

 彼女は、そう言われて立ち止まった。そして振り返り、眼鏡の奥から俺を無言で睨みつける。かかった。俺は、さらに挑発する。

「探しているのは、色んな女子からモテまくっているアイツだろう? お前はテレパシーを使って、ライバルの女子を出し抜こうとしているんだろう? 知っているぞ。俺は全部知っている。お前がアイツを大好きなことも、激辛麻婆豆腐が大好きなことも、全部だ! 疑うなら、テレパシーで俺の心を読んでみたらいいんじゃないのか? 俺がどこまでお前のことを知っているのか、そうしたら分かるだろう?」

「…………」

 彼女は無言のまま、さらに険しい視線を俺に送った。

 おそらく、警戒してテレパシーを使うか迷っている。


 ――今だ。


「死神!!」

 俺が叫ぶと同時に、死神が上空から降りてきて、大鎌で眼鏡の美少女を貫いた!


「『ひとでなし天使エンジェル・ダスト』!!!!」


 ご丁寧に、死神は能力名まで叫んでくれた。親切でよろしい。

 そして着地し、大鎌をくるりと一回転させて肩に担ぎ直した。

「大丈夫、体にケガを負わせるようなものではないから安心して。『ひとでなし天使エンジェル・ダスト』は、本人が忘れているようなことまですべて走馬燈として見せる能力。本来は、これから死を迎える人を安らかに天国に送るために使うんだけどね。まだまだ寿命のある人間に使ったのははじめてだわ。ま、揺れている魂にしか効かないし、一日に一回しか使えないんだけどね」

 俺は、死神の持つこの能力を聞いた時、これを使えば「俺の物語世界での記憶」をヒロインたちに呼び起させることができるのでは、と考えた。

 ただし、懸念点が三つ。一つ目は単純に、思惑通り行くかどうか分からない点。すべての記憶を走馬燈として呼び起こすとしても、「俺の物語世界での記憶」が完全に無かったことにされていれば失敗だ。しかし、もし無理矢理封印されているような状態なら、可能性はある。

 二つ目は、一日に一度しか使えないという制約。文化祭前日がループするこの世界では、今日も明日も『同じ一日』としてカウントされる。つまり、チャンスは一度しかなく、仮に成功しても記憶を呼び起こせるヒロインは一人だけ。

 三つ目は、揺れている魂にしか効かないという制約。本来は死を迎える人に使用する能力だから、魂が動揺している状態でなければ能力自体が効かない可能性が高い、と死神が言っていた。そうなると、相手はモブキャラ状態の俺でも、何らかの発言で動揺を誘える相手でなくてはいけない。

 今の俺でも動揺させることができ、なおかつ、記憶を取り戻せば俺たちが優位になる能力を持っているヒロイン。そう考えると、ターゲットは超能力者の彼女しかいなかった。

 正直、強引でいやらしい手だとは思ったが、今の俺たちが選べる最善手だった。それに、失敗しても彼女の体を傷付けるわけではない。せいぜい俺が嫌われるくらいで済む。

 俺と死神が見守っていると、倒れ込んでいた超能力者が、ぴくりと指を動かし、そしてゆっくり起き上がった。

 起き上がった彼女は、眼鏡を直し、ぼうっとした顔で周りを見回した後、俺を見付けるとさきほどと同じ刺すような視線で睨んだ。カツカツと足音を立てて俺に近付き、思い切り振りかぶって俺の頬にビンタをした。

 パアァァァァン!!

 そして、返す手の甲でもう一発。

 ズッパアァァァァァァァァァン!!!!

 あまりの痛さにフラついた俺の頭に、声が響く。


(相変わらず、性格、最悪。もう少し、やり方、選べ)


 ……よし、成功だ。……にしても、めちゃくちゃ痛いな……やれやれ。

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