水曜日

「なめてみる? 電気の味がするよ」(伊里野加奈)


――『イリヤの空、UFOの夏』著:秋山瑞人(電撃文庫)より引用。



 ※※※※※※※※※※


 水曜日の朝のホームルームで担任が「転校生を紹介する」と言った。その言葉に続いて教室に入ってきたのは、眼鏡をかけたショートヘアの美少女だった。転校生は黒板に自分の名前を書くと、聞こえるか聞こえないかくらいの声で「よろしく」とだけ言って、俺の前の席についた。たまたまそこが空いていたからだろう。担任は、自分が促す前に転校生が席についてしまったので若干焦っていたが、ちょうどその席にしてもらおうと思っていた、というようなことを言い、歯切れ悪くその他の連絡事項へと移った。

(キミ、昨日一度、死んだひと)

 頭の中で声がした。どうやらテレパシーらしい。大方、前の席の転校生だろう。

(察しが良い。助かる)

 俺は普通の高校生なので、テレパシーのような超能力はもちろん持っていないが、今のように一方的に送り付けられた経験はある。初めの頃は、噂には聞いていたけどこんな感じか、電話と同じようにくぐもって聴こえるのだな、と感心した。まあ、それだけだ。

(昼休み。屋上。大事な話)

 それだけ言ってテレパシーは途絶えた。途絶える時は、電話が切れるように頭の中でプツッと回線が切れるような感じがする。電話と違って料金はかからないのだろうか。テレパシーもどこかにサーバーのようなものがあったり、時々メンテナンスが必要だったりするのだろうか。何にしても、一方的に直接脳内に語りかけられるのは気分の良いものではない。ブロック機能や未読スルーの方法、運営に通報する方法などがあれば教えてほしい。

(ない)

 再びテレパシーがつながり、それだけ言ってまた切れた。まったく、超能力者のこういうところが苦手だ。

 超能力者には超能力者なりの事情があるのかもしれないが、初対面で直接脳内に語りかけてきて呼び出すというのは明らかに強引で失礼だし、しかも大抵必要最低限のことしか言わない。「初対面なのに、いきなりテレパシーですみません! 昼休み、もし時間があったら屋上に来てくれませんか? 大事な話があります。よろしくお願いします!」とか、もう十六、七なのだから、それくらいのコミュニケーション能力は身に付いているのが普通ではないだろうか。顔文字やスタンプを送れとは言わないが、せめて丁寧語は使ってほしい。あくまで個人的な感想だが、超能力者は社会常識やコミュニケーション能力が欠けているタイプが多い気がする。この転校生も明らかにそんな感じだ。

 その後はテレパシーが送られることもなく昼休みになった。昼休みになった途端、前の席の転校生は立ち上がり、振り返って意味ありげに俺を見た後、教室を出ていった。おそらく今のアイコンタクトは、屋上で待ってる、という意味なのだろう。何故今はテレパシーを使わなかったのだろうか。こういう芝居がかったところも超能力者に多い気がする。

 とにかく、知らないアドレスからいきなりメールで呼び出されたようなものだし、言ってみればそれのさらに失礼なケースなのだから、当然行かない。それに相手は超能力者だし、殺されたりするかもしれない。何より、明らかに会話のキャッチボールができなさそうなところが怖い。俺は立ち上がって学食に向かった。

 学食でカレーを食べていると、(何故、来ない)と頭の中で声がした。しつこいな、と思って周りを見回すと、いつの間にか左隣の席に転校生が座っていた。隣にいるなら普通に話しかけてほしい。

(口は、食事に使用中)

 転校生は色物メニューとして有名な『本場四川の人も驚嘆ビックリアルヨ・超激辛麻婆豆腐』を、表情ひとつ変えず、汗ひとつかかずに食べていた。危険だ、こいつ、明らかにキャラを立てにきている。

(食べながら話す)

 テレパシーでもそれは行儀が悪い気がするのだが。

(キミ、昨日一度死んだ)

 確かに交通事故に遭って死んだが、その後霊界選手権で死神部を優勝させて生き返った。というか、生き返ったら事故が起きる数分前に戻っていたので、死んだこと自体がなかったことになっていた、という方が正しいだろう。ちなみに、ボールで遊んでいた子どもは車道に出る前に助けておいた。

(あれは、想定外)

 死んだことが、だろうか、それとも生き返ったことが、だろうか。

(死)

 その麻婆豆腐、辛くないのか?

(辛)

 やっぱり辛いのか。俺は辛い物が苦手なので頼むことは無いだろう。

(続ける。想定外の死。因果律の乱れ)

 そんなに辛くて味は分かるのか?

(美味。……なめてみる? 四川の味がするよ)

 普通に会話できるんじゃないか。そしてやはりこいつ、キャラを立てにきている。

(ごほん……真面目に聞いて。想定外の死。因果律の乱れ。世界線跳躍。パラダイムシフト。特異点発生)

 真面目に聞く気が起きない単語のオンパレードだった。どれも意味が分からない。難しい言葉を並べれば良いというものではない。あと、テレパシーでわざとらしい咳払いをしないでほしい。

(私は警告)

 警告は、麻婆豆腐をぺろりと食べ終わっていた。食べ終わったなら喋れよ。

(分かりやすく言う。キミの死、世界変わる、結果、繰り返す無間地獄と螺旋階段、その果ての贖罪)

 全然分かりやすくなかった。ところで、無間地獄からのくだり、実際に口に出さないにしても言っていて恥ずかしくないのだろうか。

(照(;^ω^))

 恥ずかしいならやめてほしい。聞いているこっちがむず痒い。あと、お前絶対普通に話せるだろ。

(ところで)

 転校生が、俺の肩に手を置いてきた。

(激辛麻婆、食事中、平気。今、腹痛。保健室、何処)

 転校生は無表情を崩さずにテレパシーでそう言った。


 キャラを立てにきていた転校生を保健室に連れて行き、早々に立ち去ろうとしたが、今度は保健室教諭に捕まった。

「おいおい、そんな逃げるように帰らなくてもいいじゃないか。お茶でも飲んでいきたまえ」

 もうグラビアアイドルに転職してはどうだろうかと言いたくなるほどプロポーションの良い保健室教諭がそう言った。彼女は、そのスタイルを見せつけるように体にピッタリとした服を着ていて、その上から大きめの白衣を羽織っている。

「美味しい紅茶が入ったんだよ。変な薬は入れていないから、安心して一杯やっていきたまえ」

 突っ込むのも面倒になってきたので、午後の授業が始まってしまいますので失礼します、と言って強引にドアに向かったが、保健室教諭は素早くかつ優雅にティーカップを持ったまま回り込んできて、「つれないなあ。女に恥をかかせてはいけないよ? なに、午後の授業は体調が悪かったことにすればいい。それともなんだ、年上は嫌いかね?」と蠱惑的に含み笑いをした。これ、男女が逆だったら一発で事案だろうし、このままでもセクハラか児ポで訴えたら勝てるんじゃないだろうか。それにしても、今日は手強いというか、際立って面倒臭い相手ばかりで疲れる。

 ここは下手に逆らわない方がいいかもしれないと判断し、俺は座ってお茶を飲むことにした。確かに紅茶は美味かったし、私物化された保健室の棚から高級なクッキーまで出てきたが、一時間弱にわたって、保健室教諭の品のある下ネタと蠱惑的な含み笑いと意味深な足の組み替えと、ふう、今日は暑いな、と言って分かりやすくあおぐ胸元に彩られた雑談、そして時折挟まれるマッドサイエンティスト風アメリカンジョーク、からの最後はなんとなく他の教員とは違う自由人タイプの頼れる大人の意見へと集約されていく話を聞くのは、控えめに言って非常に疲れた。疲れることを見越してのクッキーだったのだろうか。糖分がないと地獄だっただろう。これが転校生の言っていた無間地獄のなんちゃらなのだろうか。

 六時間目が始まる前に、さすがにもう戻ると言うと、話し倒して満足したのか、保健室教諭は頷いた。そして、「ところで……あの子はまだ休ませておくよ。どうやら『能力ちから』を使い過ぎたみたいだね、フフ、未熟者ほど無茶をしたがる……そういうところが君たちは可愛いんだがね」と再びセクシーに笑った。ああ、転校生のことか。すっかり忘れていた。

 保健室を出て後ろ手に扉を閉じたタイミングで、頭の中で声が響いた。


(ねえねえ、何でエッチなことしなかったの? 童貞!? 童貞なの??www)


 六時間目が終わったら速やかに帰って今日は早く寝ようと心に決めた。

 やれやれ。

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