視覚的強迫観念

アスファルトに映る反射光について考えていた。ビルディングは様々な模様を作り出しているがその光源はどこから来て何処へ帰るのか。私はそれを見つけ出すためにじっと見つめている。アスファルトの照り返しも微妙に含まれるらしい。昨日染み込んだ雨水がアスファルトの割れ目から覗いていた。冬、初期の頃は表面が冷却され、より深い冬へと進行するうちに冷気は地中深くへと進行していくらしい。そして2月になると地中の芯が冷えて、体の芯も足から冷える。足が冷え、内臓が冷え、体の表面を温めてもなかなか温かくはならない。

今は夏だ。

不意に意識を取り戻す。真昼の真夏。ビルを見上げる。ここは何をしているビルなのだろう。ビルの窓ひとつひとつを見つめる。コピー機や書類、ブラインドがいろいろな空き方をしている。あの一枚ガラスになっている部分には何があるのだろう。刷りガラスのようになっている。あの中はひとつの部屋になっているのだろうか。巨大なホール?何をするところだろう。試写室か劇場か。建物の名称を見ると普通のオフィスが集まったもののようだ。

ビルのエントランスに入る。エントランスには飲食店が並んでいる。受付嬢が綺麗な笑顔で迎え入れる。

犬を連れたホームレスのような外見の女性が不意に入り込んできた

警備員が急いで女性に声をかける。

「どちらへ御用ですか?」

感じよく、しかし厳しい目で問いかけている。声はしわがれていて人柄の良さがにじみでるような、笑ったような声だ。何十年も堅い職業についてきたかのようなシャキッとした動きをしている。

「ここは公園の庭のようなものだから、散歩しようと思って。」

女性は無表情に答えた。

「散歩でしたら、エントランスの外に緑道がございます。そちらに涼める木陰のベンチもございますので、お休みになられては?近くにコンビニも自動販売機もございますし。」

何となく揉めそうな雰囲気だと周囲は気にしていた。私はと言えば、犬をこの建物で散歩させた場合の状況について想像していた。犬一匹くらいなら、糞をしても放尿しても問題はないだろう。すると突然女性がしゃがみこみ、要を足しだしたのである。

「お客様困ります。」

そういうと警備員は垂れ流す女性を垂れ流しのままで外へ強めの力で押し出していった。ヨロヨロと女性はよろめきながら、出て行った。犬がキャンキャン鳴いていた。点々と続く尿を見つめながら、私は何かを敷いてここでしてもらった方が余程汚れずに済んだかもしれない、そんなことを考えた。


ビルのエレベーターの前に立つ。何階に行けばいいのか。

私はこの建物に特に用はない。オフィスビルのなかがどうなってるのか少し気になり、覗いてみようと思ったのだ。屋上にレストランがあるのでその階へ行く事にした。


ああそうそう、あと10分でここを出ないと、会社に遅刻してしまうんだった。

気がついて私はあわててビルから外に出た。

真夏の日差しが顔の皮膚をコンロで焼くように直接的にヒリヒリと痛ませるので、どこかで日焼け止めを買おうかと思ったが時間がない。

私はとても焦った気持ちになり、コンビニを探した。

コンビニの近くにベンチがあり、そこはどことなく尿臭がするようだった。尿臭がすると景色が黄ばんで見える。そこにさっきの垂れ流していた女性がいた。犬は大人しく女性の側で舌を出して座っていた。犬の毛並みはつやつやとしていた。この女性は自分より犬に手を掛けているのだろうか。大体綺麗な犬を飼っている人は、自分も身ぎれいにしている。自己犠牲的なこの女性は、認知能力もあまりないように見受けられるのに犬の世話だけは完璧にこなしている。自己犠牲とは、自分の思いを他者にぶつけるのではなく、自分の事を忘れるほど相手に尽くす事でもなく、知らず知らず自分の事ではなくて他人の事ばかりやっているのとは違うと思うのだが。しかし犬に費やす時間が自分に費やす時間を犠牲にして成り立っている。それとも単に自分に興味がないのか。


尿臭の漂うベンチの側のコンビニへ寄って、日焼け止めを買おうとしたが種類が3つほどあり、私は血の気が引いていくのを感じた。

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